75・あなたはあなた
「私みたいになる必要はないのよ。あなたはあなたなんだから」
と真っ直ぐ彼女の顔を見て、告げた。
「あなたは……あなた?」
「うん。なんであなたがそんなことを言うのか、私には分からないくらい。あなたのことが好きって言ってくれる人もいたんでしょ? アーノルドがその典型だわ」
私だって、お淑やかな令嬢に一度も憧れたことがない……と言われると、実はそうでもない。
可憐に微笑み、優雅な仕草を見せる令嬢。
女性らしい彼女らに見惚れ、どうして私はああなれないのかしらと思ったこともある。
だけど。
「でも──悩むのなんて、すぐにやめた。だって私は私だもん。私以外の何者になる必要はないわ。まあ、レオナルトの時だけ、彼の前でお淑やかな令嬢を演じてみたけどね」
と小さく舌を出して、さらにこう続ける。
「自分のことを好きになること。あるがままの自分を受け入れること。きっとそうすれば、あなたはもっと輝くわ──って、ちょっと偉そうにし過ぎたわね。ごめん」
ライマーの時だって、同じようなことを思った。
彼は自信を喪失して、焦っていた。
悩み苦しんで──それでも生きていかなくちゃならない。
でも、そういう弱い自分から目を逸らさなくてもいいと思うのだ。
だって──そういうのも全部ひっくるめて今の私なのだ。
「あるがままの自分……」
リアーヌは私の言葉を反芻して。
「そうすれば本当にわたしはもっと輝きますか?」
「出来るわ。私を信じて」
「……はい!」
とリアーヌは力強く返事をした。
──次の瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴ──!
屋敷全体が震える。
「え、これは……?」
窓から外を見る。
すると──屋敷を囲っていた荊が急に震え出し、その数をさらに増やしていく光景が目に入ったのだ。
「どういうこと?」
「ノーラ! 後ろ!」
リアーヌに名前を呼ばれ、反射的に後ろを振り返った。
今まで建物の内部には、荊が入り込んでいなかった。
しかし不思議なことに、荊が部屋の中にまで伸びていき──私の首元目掛けて飛んできたのだ。
「……!」
今からじゃ避けることも出来ず、私は反射的に目を瞑ってしまう。
私──こんなところで死ぬの?
そして次に襲ってくるであろう痛みを待っていると……。
「……あれ?」
目を開ける。
そこには荊がまるで剣で斬られたように千切れ、私に辿り着くことなく、床に転がっていたのだ。
◆ ◆
「アシュトンさん! ネックレスが!」
ライマーの悲鳴のような声。
ネックレスが白く輝きを放ってからも、俺はずっとノーラの容態を見守っていた。
しかし輝いているだけで、ノーラ自身に変化が訪れない。そのことにやきもきしていたが──突如、ネックレスの光がさらに強くなったのだ。
「これは……!?」
白い光は部屋全体に満ちていき、目の前が見えなくなる。
だが。
「お前は俺が守る!」
俺はその光を掻き分けて、ノーラの両手を握る。
彼女の身になにが起こっているのか、分からない。
しかし明らかな異常事態であることは確かだ。
俺はノーラの手を強く握りしめながら、彼女にこう言葉を投げかける。
「戻ってきてくれ! もう二度と、お前を危険な目に遭わせない! お前の前になにが立ちはだかろうとも、俺が全て払い退けてやる!」
だが、その訴えも虚しく、光はさらに強くなっていくばかりである。
そのことに一瞬心が挫けそうになるが──彼女の手は離さない。
きっと彼女は戦っているのだ。
そして俺がこの手を離してしまったら、彼女は戦いに負けて二度と目を開けない。
何故だか、そんな気がした。
「ノーラ!」
何度も呼びかける。
そうすることが、今の俺とノーラが結びつく唯一の方法だと確信していたからだ。
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