72・聖なる魔女はここにいる
「ん……」
気付いたら、私は知らない場所に立っていた。
「ここはどこ……? 確か……魔物の一斉討伐に参加して、終わったと思ったら体の力がぬけて……そのまま意識を失ってしまったのかしら?」
ということは、ここは夢の中?
でも夢とは思えないくらい、現実と同じような感覚だった。
そうやって混乱していると、
「あれ?」
突如、さっきまでなかったはずの大きな屋敷が目に入った。
──その屋敷には不思議なところがあった。
建物全体──そして門や中庭に至るまで、刺々しい荊が巻き付いていたのだ。
その荊はまるで、屋敷を縛って動けなくしているように見えた。そしてそれを屋敷自体も受け入れているような……そんな不思議な印象を抱いた。
「取りあえず、ここにいても仕方がないわね」
よし、中に入ってみよう。
そう決心して歩を進め、これまた大きな門を潜る。
荊を避けながら、奥に進んでいくと……。
「人?」
少し開けた場所。
そこに白いテーブルと椅子が不自然に置かれている。
そして……一人の可憐な女性が、椅子に腰を下ろしていた。
「あなた、誰なの?」
私が呼びかけると、彼女はようやくこちらを振り向いてくれた。
茶色の髪は長く、毛先がカールしている。驚くほど真っ白でキレイな肌をしていた。
絶世の美女──そんな言葉が頭に思い浮かんだ。
しかし彼女の姿からは生気が感じられない。
まるで散り際の花弁のような──儚い印象を受けた。
「…………」
女性は私の質問に答えない。
でも……その顔をじっと見ていると、私はこう言葉を紡いでいた。
「もしかしてあなたが──聖なる魔女?」
どうしてそれが分かったのか不明。
しかし彼女を見た途端、その言葉が頭の中に浮かんできたのだ。
彼女はそれを聞いて、ゆっくりと立ち上がって、私の顔を見つめた。
え……?
一瞬身構えるが、彼女はものすごい速度で何度も頭を下げ、
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
と謝ってきたのだった。
そして今──何故か私は彼女の対面に座って、言葉を交わしていた。
「それじゃあなに? ここは私とあなたの精神世界のような場所。あなたの力が異常な形で漏れてしまったため、私の意識がここに連れてこられた。しかも私を元の場所に戻そうにも、その方法が分からない……ってこと?」
そう問いかけると、彼女は申し訳なさそうに首を縦に振った。
「はい……本当は力なんて使いたくなかった。でも先日の一件から、わたしの力が少しずつ外に漏れてしまっていました」
「それは別にいいわ。そういえば、魔物が街を目指して急に移動を始めたんだけど──今思えば、それもあなたの力のせいだったのね」
「はい」
うーん……自分でも意外と驚いていないことにどうかと思ったけど、なんか実感が湧かないわ。
こんな精神世界とか魔女の力の本質とかいきなり聞かされても、どうしていいか分からないもの。
「えーっと、元々リクハルドさんから聞いてたことだけど──話を整理するわね。あなたは二つの力を有していた。それがあなたを聖なる魔女たらしめている所以」
その力の一つ目は──魔物や邪悪な魔力を制御し、かつ消滅させることが出来る力。これは魔神の時にも体感していたので、今更驚かない。
そして二つ目は──魔物を呼び寄せる力。
『女の魅力に取り憑かれたように──邪悪なる者たちは逃れることは出来ず、それどころか吸い寄せられるように、彼女へ集まっていったとも聞きます』
リクハルドさんの言葉を思い出す。
とはいっても、彼女から話を聞くに、そう便利なものでもないようだ。どちらかというと、自分では消せない香りのようなもの。
その力に釣られて、魔物が彼女に寄ってくる……と。
「魔物を集め、魔女の力で一気に薙ぎ払う。ほとんど無敵ね。だって魔物はあなたから逃げることも出来ないでしょうから」
「はい……でも半面、わたしが身を隠すことも困難になりました。隠れても、魔物が寄ってくるのですから。わたしは──この力を授かってから、一生戦うことを義務づけられたのです」
「不便ねえ。こんな力、手放してしまいたいと何度も思ったでしょ?」
魔女の身の上を嘆くと、彼女は首を横に振って。
「いえ──この力で大切な人を守ることが出来ると思えば、少々の不便さなど気になりませんでした。わたしがみんなのお役に立てると思えば、嬉しくて嬉しくて……」
「そう……優しいわね」
「優しい……?」
なにげなく呟いた一言だったが、彼女は目を丸くして首をかしげた。
「だって、そうじゃない。もっと他にやりたいこともあったでしょ? なのにそんな力があったばかりに、魔物を倒す使命を帯びるだなんて……私だったら、息苦しいったらありゃしない」
「……初めて言われました。わたしはこうすることが当たり前だと思っていましたから。それに他にやりたいことなんて……」
と儚げに彼女は言った。
「話を戻しましょ──まずあらためて、あなたに言いたいことがあるわ」
「い、言いたいこと?」
息を呑む彼女。
私はそんな彼女の両手を包み込むようにして握り。
「ありがとう」
「え……?」
「だって、あなたのおかげでライマーを助けることが出来たんだもの。お礼を言っちゃ、おかしい?」
「い、いえ。なんなら、あなたに恨まれていると思っていましたから」
「恨まれて? なんで?」
「そもそもこの力さえなければ、魔物が街に大移動してこなかったじゃないですか。そうすればあなたは街の中で、平和に過ごせていた。だから……」
「なに言ってるのよ。最終的には全部上手くいったじゃない。だったら、それで万事解決だわ」
「は、はあ」
「そもそもあなたは──って」
彼女にさらに顔をぐいっと寄せる。
「あなたあなたって呼ぶのも、なんか変ね。えーっと、あなた……名前はリアーヌって言ったかしら? リアーヌって呼び捨てにしてもいい?」
「え、ええ。それはもちろんです」
「ありがと」
礼を言ってから、彼女──リアーヌにこう続ける。
「聞きたいことは二つあるわ。まず一つ目は、どうしてあなたが私の中で眠っていたのか。そしてもう一つは──あなたって、魔神の元恋人だったのよね? それって本当?」
「え、ええ」
「じゃあ、魔神との馴れ初めを聞かせてちょうだい! 興味があるのよ!」
ワクワクしながら詰め寄ると、
「魔神……アーノルドのことですよね」
私とは反対に、リアーヌの表情は沈んでいた。
「アーノルドって名前が本当なの? もしかして、あんまり聞かれたくなかったかしら」
「いえ──」
彼女は覚悟を決めた顔つきで、
「あなたには知る権利があると思いますから。それにもう一つの質問に答えるためにも、彼の話を避けることは出来ません。思い出すのはちょっと辛いですが、お話しします」
と真っ直ぐ私を見つめた。




