69・討伐成功……?
「はああああっ!」
アシュトンが声を発し、魔物に斬りかかっていく。
両断され、血飛沫が上げて死ぬ魔物。
しかし次から次へと、次の魔物が目の前に現れる。アシュトンも緊張感を切らさず、魔物に立ち向かっていた。
──戦場は混戦状態。
戦場は街から少し離れた平原。
魔物の数は十や百ではおさまらない。正確に数えている暇はないけど……千体は超えてるんじゃないかしら?
だけど幸いなことに、私たちが来ると嘘のように魔物はこの場に留まって、戦闘を始めた。
街に移動している場合じゃなくなった? まずは邪魔者を排除しようと?
一見そう考えれば、辻褄が合うような気もするが……どうしても違和感を拭いきれない。
「まあ……今はゆっくり考えている場合でもないわね。ライマー! あなたも気を抜かないでよ!」
「言われなくても分かっている!」
ライマーもアシュトンに遅れを取らず、魔物を倒していく。
もちろん、私も負けてられない。
時には剣を振るい──時には魔法を放って、魔物と応戦した。
「昨日は楽しい決起会で踊ってたのに、今日は魔物相手と戦いで踊ることになるとはね。差の大きさにクラクラするわ」
「ノーラ! 無駄口をあまり叩くな。舌を噛むぞ!」
つい口から零れた言葉を拾われて、アシュトンが私を嗜める。
どれだけ魔物を倒しても、次から次へと湧くように出てくる。
だけどここにいる他の冒険者も必死に戦っているため、戦場はなんとか五分五分って感じ。
この調子なら、街に被害を出さずに魔物を全滅させられるかも──そんな希望が出てきた時であった。
──グオオオオオオ!
鼓膜が破れんばかりの大きな雄叫び声が、突如周囲に響き渡った。
「ノーラ、ライマー! あっちに行くぞ!」
「ええ!」
「分かりました!」
異様な雰囲気を感じ、私たちはすぐに声の上がった方角へと駆けていく。
嫌な予感がする……。
そしてそれは最悪なことに的中してしまったのだ。
「ドラゴンだと!?」
アシュトンが珍しく、声に焦りを滲ませていた。
見るだけで他者を圧倒させる威圧感。
体の鱗は血のように赤い。
見上げても、その全長は視界に入りきらない。それほどの巨体。
そう──その名はドラゴン。
最強とも称される種が、戦場を荒らしまくっていたのだ。
「ア、アアアアシュントンさん! どうしましょう? ドラゴンですよ? 一旦逃げますか!?」
これにはさすがのライマーも震えた声で言う。
しかしアシュトンはドラゴンから目の焦点を外さないまま、首を横に振った。
「そんなバカなことが出来るか! 俺たちがここで退避すれば、街にまで被害が出る! なんとしてでもここで食い止めるんだ!」
それは自らを奮い立たせるために言った言葉なのかもしれない。
無理もない。
こうしている間にも、周囲の冒険者がドラゴンに攻撃を浴びせているが──大したダメージは負わせられていないようだった。
ドラゴンが少し動くだけで暴風が発生するため、近付くことすらままならない。
口からは業炎を吐き、周囲のものを焼き払う。
まさに生きる災厄。
だけど。
「ゆっくり観察している場合じゃないわね……大丈夫! みんなで戦えばきっと勝てるわよ!」
私はみんなをそう鼓舞する。
そのおかげだったら嬉しいんだけど──俯き加減だった冒険者たちが、再び前を向く。
アシュトンとライマーも剣を振るい、ドラゴンに立ち向かっていく。
ドラゴンの固い鱗に阻まれようとも、諦めずに何度も……!
私は後方から魔法を放ち、みんなの支援に努めていた。
しかし──状況はさらに悪化を辿っていく。
「どうして、魔物共がこんなに集まってくるのよ!?」
周囲の魔物がまるで導かれるように、ここを目指して集結していった。
そのせいでドラゴンだけではなく、他の魔物の対処もする必要が出てくる。そのせいで、ドラゴンと戦うことに集中出来なかった。
どうして?
魔物が街を目指して、急に移動を始めたこともだ。
しかし私たちが来ると、途端に魔物の移動は停滞した。
まるで街を目指していたわけではなく、別のなにかが目的だったかのように──だ。
最初は街を目指している場合じゃなくなった──と魔物が判断したためだと思っていた。
でも、もしかしたらそれが理由じゃなくって──。
「アシュトンさんに……良いところを見せるんだ!」
ライマーの声で、ハッとそちらに意識がいく。
そこでは──ライマーが剣を振り上げ、ドラゴンに無謀な特攻を仕掛けているところだった。
「ダメ! ライマー!」
そう手を伸ばすが、もう遅い。
ドラゴンは完全にライマーに攻撃の焦点を合わせている。その大きな口がゆっくりと開く。
業炎の息だ!
ライマーもここでさすがに自分の失態に気付いた。でも、もう逃げるには間に合わない。
「ライマー!」
アシュトンがすぐに彼を助けにいこうとするが──やはり間に合わない。
やけに周囲に光景がゆっくり見えて、私はそれがはっきりと分かった。
ライマーが死ぬの?
私の嫌な予感がそれを告げる。
「ダメエエエエエエエエエエ!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
次の瞬間だった──。
体の内側から不思議な力が湧いてくる。
温かい。優しくてずっと身を委ねていたくなるような。
でも同時に──怖い。
この力を今すぐ手放さなければ、とんでもないことになる。
「ひ、光が!? ノーラ、待て。それは──」
アシュトンがなにかを言っているような声が聞こえたが、もう自分の意志では止められない。
私を中心として辺りに光が拡散していく──というのは分かった。
これはなんだろう?
いや……私は既にこの力を知っている。
あれは数ヶ月前……いえ、もっともっと前──私が生まれる前からこの力は存在していた。
正直──この時のことはほとんど覚えていない。
眩しくて前が見えなかったこともあるけど……それとは別に、意識がなにかに引っ張られていくような感覚があって、それに抗うので精一杯だったからだ。
そのせいで、なにが起こったのか分からなかった。
でも……光がおさまって、ようやく力が収束してから。
目の前の視界が開けると──あれだけ巨大だったドラゴンが、嘘のように消えていた。
ううん。変化はそれだけじゃない。
あれだけいた魔物の姿が──辺りから、全ていなくなっていたのだ。
「ノーラ! 大丈夫か!?」
「え、ええ。おかげさまで……ね」
とは言ってみるが、さっきから混乱しっぱなし。
一体──さっきの私になにが起こったの……?
ライマーが殺されそうになった瞬間、体の内側から力が爆発した。
そして意識がはっきりすると、こんな状態になっていたわけだ。
「ね、ねえ。アシュトン、ドラゴンと魔物はどうなったの?」
「分からない」
アシュトンが首を横に振る。
「俺もよく分からないんだ。急に辺りが光に包まれたかと思ったら──ドラゴンと魔物が消えていた。そして……」
アシュトンが一旦言葉を区切って、
「……やはりだ。戦いの音がやんでいる。おそらく、ここと同じようなことが、違う場所でも起こっているんだろう」
と口にした。
「それって……魔物が一斉にいなくなったってことかしら?」
「おそらくな」
朗報なことは確かなんだけど、それ以上に謎が多い。
そしてその謎を解く鍵となるのは……。
「さっきの……光よね」
と私は自分の掌を見た。
「ノーラもよく分からないのか?」
「ええ、分からないわ。でも……さっきのはきっと、魔力だったと思う。それがあまりに膨大な量だったため──まさに水が容器から零れるように──外に放出されてしまったんだと思う」
でもそれだけでは解決出来ない。
こんなことが出来ていれば、最初からそうしているからだ。
けど。
「アシュトンを助け出した時と、感覚が似ている気がするわ」
「というと──魔神の時か?」
アシュトンの問いかけに、私はすぐに頷く。
「そうね。でもやっぱり分からない。それに──あの時にはなかった、意識が引っ張られていく感覚もあったわ。まるで別の場所に連れていかれるような──」
「お、おい、ノーラ。大丈夫か?」
アシュトンと言葉を交わしていると、ライマーも恐る恐るといった感じで近寄ってきた。
「すまん。オレ、無茶して……」
「ライマー、無事だったのね。今度からはあんな無茶しちゃダメよ」
「ああ……本当にすまん。お前の声を聞いて、すぐに『やっちまった!』と思ったんだ。でも止まらなくって……」
しょんぼりと肩を落とすライマー。
そんな彼の頭を、私は優しく撫でてあげた。
「いいのよ。失敗は誰にでもあるわ。それに失敗を糧にして、人は成長するから。あんまり気にしちゃダメよ」
「あ、ああ」
とライマーは頷くものの、まだ落ち込んでいる様子である。
「まあここで色々言ってても仕方ないだろう。ノーラが無事なようだったら、すぐに他の場所を──ノーラ!?」
アシュトンが私に手を伸ばす。
あら?
どうしてそんなに驚いているのかしら?
それにどうしてアシュトンの顔があんなに遠くに──。
あれ? 今の私……地面で横になってるの?
どうして? さっきまで立っていたじゃない。
いや、これは倒れて──と思うのが最後だった。
私の意識は闇に沈んでいった。




