65・決起会
夜──明日の作戦を前に、決起会が行われることになった。
街の中央広場。
少し肌寒い夜。満天の星空の下で、私たちは焚き火を囲って思い思いに料理を食べたり、世間話に花を咲かせていた。
もちろん私は……。
「美味しいわね!」
お皿を片手に、決起会で出された料理に舌鼓を打っていた。
マール貝の蒸し焼き、パオン象のチーズハンバーグ、グパー魚のオリーブオイル鍋、海老とイカの赤色スパゲッティー、ミルゲ卵のあんかけ雑炊……。
どれも美味しくて、ついつい食べ過ぎちゃうくらい。
「楽しそうだな」
アシュトンは頬杖をついて、そんな私をニヤニヤしながら眺める。
「ええ。そういうあなたは、あんまり楽しそうじゃないじゃない。ダメよ。せっかくの決起会なんだから。楽しまなくっちゃ!」
「俺はお前の顔を見ているだけで十分楽しいよ」
「ふうん、変な男ね」
そして──とっても悪趣味だわ。
「そういえばライマーは?」
「他の冒険者と喋っているようだ。ヤツはああ見えて、勉強熱心だからな。色々と話を聞きたいことも多いんだろう」
「ライマーも変な子ね」
美味しい料理がいっぱいあるのに、そんなつまらなそうなことをしているなんて……まあ、そういう真面目なところも彼のいいところなんだけどね。
「そういえば……ノーラは料理が出来るのか?」
「ふぁふぁひ?」
もぐもぐ。
香ばしく焼かれたチキンを口に含みながら、そう聞き返す。
「……飲み込んでから喋れ」
ごっくん。
呆れたようにアシュトンが嗜めてきたので、急いで飲み込んだ。
「料理が出来るのか……って、どうしてそんなことを今更聞くのよ」
「いや、なに。お前が料理をしている姿を見たことがなかったからな。やはり食べる専門なのか……と」
「あら、バカにしないでよね。料理くらい、私にだって出来るわ」
……そういえば、ここに来るまで。
道中で立ち寄った村の宿屋で主に食事を取っていた。夜更けまでに街に辿り着けず野宿になった時も、料理はアシュトンやライマーが担当していた。
彼らは冒険者になってから、結構な時が経っている。
だから彼らに任せておいた方が美味しく出来ると思って、私はあえて手を出さなかったわけ。
でも。
「そのせいで私が食べる専門だと思われていたわけね……丁度良い機会だわ」
腕まくりをして、私はアシュトンにこう言い放つ。
「あなたのために料理を作ってあげる。少し待ってて!」
「相変わらず自由な女だな。しかし……俺もお前の手作り料理を食べてみたくなった。楽しみに待っているぞ」
アシュトンがそう声を弾ませた。
──一方の私は彼に手作り料理を披露するため、近くの調理場まで駆けていった。
今日の決起会は、街中の至る所にある飲食店が協力して、料理を提供してくれている。
もちろん、冒険者ギルドからは一括で料金は支払っているらしい。
そういうこともあって、飲食店の店員さんたちは「稼ぎ時だ!」といつもより張り切って、料理を作っているらしい。
というわけで──中央広場から一番近いところにある居酒屋に行くと……。
「あっ、ノーラさん。どうかされましたか?」
と白のコックコートを着た男の子が右手でフライパンを持って、私の方に顔を向けた。
「リック……なのよね?」
「そうっすよ? なにか変ですか?」
男の子──リックが首をかしげる。
昼間の彼は、ただの元気な少年というような風貌だった。
だけど今は細縁の眼鏡をかけて、落ち着いた大人の男性という印象を醸し出している。意外と細い指をしていることも分かって、昼間とのギャップに驚いた。
「いえ──ごめんなさい。ここで料理を作っているのよね? あんまり料理を作るイメージがなかったから……」
「ははは。なんっすか、それは」
快活に笑うリック。話しながらも、両手では魚を捌いていた。
「俺、こう見えて意外と料理が得意なんっす。グパー魚の鍋、会場で出てませんでしたか? あれ、俺が作ったんすよ」
「ええ、もちろん食べたわ。香辛料がよく効いていて美味しかった!」
まさかリックが料理男子だったとは。
彼の意外な一面を見れて、なんだか得した気分。
「まあ、今はそんなことより──白玉粉ってあるかしら? ちょっと厨房の一部をお借りしたいの」
「ノーラさんがですか? ライマーから聞きましたが、ノーラさんって公爵家のご令嬢なんですよね。料理なんて出来るんっすか?」
「なによー。変?」
「いえいえ、そんなことは──」
と首を横に振るリック。
「とにかく、ノーラさんなら大歓迎っす。それにここは料理をしたいヤツが勝手に集まって、料理を作ってるだけっすからね。お店の人は場所だけ提供してくれているという形っす。自由に使ってください」
「ありがと!」
そう言って、手を洗ってから──私は早速調理を始める。
まずはあらかじめ持参していたイノチ草を、塩水で茹でておく。
「イノチ草……疲労回復の薬としてよく使われるものっすよね? そんなもの、使うんっすか?」
「うん」
リックの言ったことに、私は自信満々に頷く。
彼の言った通り、イノチ草は薬草の一種。料理にはあまり使われることはない。
長旅のお供として、いくつか持ってきていたけど……こんなところで役に立つとはね。
イノチ草を茹でている間、銀色のボウルに白玉粉を投入。
さらに少しずつ水を加えながら、白玉粉をこねていき、最終的には何個かに分けて丸めていった。
「団子──っすね?」
「そうよ」
リックと会話を交わしながら、白玉団子をせっせと作っていく。
出来上がった団子は、とりあえず一旦置いておいて……今度は湯掻いたイノチ草が粉末状になるまで、すり鉢で潰していく。
「さらにこれをこっちの団子にかけて……っと。出来上がり!」
「は、早いっすね!」
リックが目を見開く。
「うん、お手軽に作れるのよ。それに……味も結構いけるのよ。リックも食べてみる?」
「じゃあお言葉に甘えて……」
リックはそう言って、団子を一つ摘み上げて口の中に放り込む。
もぐもぐ……。
そして彼は親指をグッと突き立てた。
「お、美味しいっす! イノチ草っていったら独特の苦味があったと思いますが、団子にかけて食べると甘く感じるんですね!」
「ふふ、そうでしょ? イノチ草って、こういう使い方もあるのよ。名付けて、イノチ団子ってところかしら」
ドヤー。
腰に手を当てて、えっへんと胸を張る。
「しかも薬としての効能も残ったままなのよ、これ。明日は魔物の一斉討伐が待ってるんだし……美味しく食べて、疲れを取れたらお得でしょ?」
「そうっすね! さすがっす、ノーラさん! キレイだけじゃなく、料理も出来るなんて……」
「あなたはなかなかお口がお上手ね」
こういうところは、ライマーに見習って欲しいところだ。
「じゃあ、持っていってくるわ。アシュトンを驚かせてあげるんだから!」
「アシュトン様もきっと気にいってくれますよ!」
リックの太鼓判も貰った!
そのことにさらに自信を付けた私は、意気揚々と先ほどの場所まで戻った。
「どう? 美味しいでしょ?」
「…………」
あれ?
早速、アシュトンにイノチ団子を食べさせたけど……彼はもぐもぐと口を動かすばかりで、喋ろうとしない。
だけど彼のイノチ団子を食べる手は止まらなかった。
次から次へと、イノチ団子を口に放り込んでいく。
「もしかして気にいらなかった……? と思ったけど、そうでもないようね」
「あ、ああ。驚いてたんだ。まさかノーラが、こんなに美味しいものを作れると思ってなくてな」
パクパク。
アシュトンはそう喋りながらも、次のイノチ団子に手を伸ばす。
「その割には表情が変わってないけど?」
「驚きすぎて、どういう顔をすればいいのか分からんだけだ」
「ぷっ……なによそれ」
つい笑いを吹き出してしまう。
「まあ、アシュトンが気にいってくれたならよかったわ。そうだ──私、他の人にも食べてもらってくるわ」
そう言って、私は立ち上がって焚き火を囲っている冒険者の人たちのところまで歩いていった。
そしてイノチ団子をお裾分け。
すると……。
「う、旨い! これは本当にイノチ草が使われているのか?」
「ええ」
「イノチ草なんて苦くて食えたもんじゃないと思っていたが……まさかこんなに美味しくなるなんてな。どんな魔法を使ったんだ?」
「ふふ、秘密よ。強いて言うなら、愛情──が魔法かしらね」
ちょっとドヤ顔で言ってみる。
みんなに美味しいと言ってもらいたい──そんな愛情。それをふんだんに盛り込んでみたのだ。
そして私たちが喋っているのが聞こえてきたのか、
「なんだなんだ? 随分、美味しそうなものを食べてるじゃねえか」
「イノチ草? そんなん、本当に旨いのか?」
「なあなあ、オレも一つくれないか?」
周りからも人が徐々に集まってきた!
「もちろんよ。でも数は限られてくるから──ああ、もう! まだイノチ草は残ってるから、もう一回作ってくるわ! 今あるイノチ団子は置いておくから、それを食べながら待ってて!」
私はその場を離れ、先ほどの厨房まで駆け足で向かう。
いきなりこんな大忙しになるなんて!
でも──楽しい!
食後の運動にもなるしね!
途中、アシュトンの前を通ったけど、彼も楽しそうに笑みを浮かべていた。




