61・到着
それからの道中は特になにもなく、ついに私たちは目的の街──クロコッズに辿り着いたのであった。
「やっと着いたわー!」
腰に手を当てて、街を眺める。
私たちが暮らす街──ジョレットに比べると人は少なめだけど、だからといって田舎というわけではない。
建物が多く立ち並んでいて、道の両隣には出店が並んでいる。出店から美味しそうな食べ物の匂いが漂ってきて、じゅるっと涎が口から零れ落ちてしまいそうになった。
「お腹が空いたわ。アシュトン、ライマー! まずは腹ごしらえをしましょう!」
「まあ待て」
走り出そうとする私の肩を、アシュトンが優しく掴む。
「その前にまずはギルドに行くぞ。今回の遠征の目的を忘れたのか?」
「忘れてないわよ。美味しいご飯を食べることでしょ?」
「…………」
「じょ、冗談だってば! 魔物の一斉討伐のためよね?」
「そうだ」
とアシュトンが短く答える。
「今回の任務はここ──クロゴッズのギルドから出ている。腹ごしらえの前に、俺たちがこの街に到着したことを伝えないとな。それに今回の魔物の一斉討伐について、打ち合わせしておきたい」
「うー……でもお腹が──」
「…………」
またもや口を閉じて、じーっと私の顔を見るアシュトン。
「わ、分かったわよ! 早く行きましょう。だからそんな目で見ないでちょうだい!」
「納得してもらえたようでなによりだ」
アシュトンはそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。
「本当にお前はなんというか……食い意地が張る女だな。呆れる」
一方のライマーは呆れ顔だった。
「なによ、ライマー。そんなこと言うなら、あなただけご飯抜きよ」
「り、理不尽なことを言うな! というか、どうしてお前にそんなことを言われなくちゃならない!?」
私に詰め寄って、そう非難の声を上げるライマー。
しかしアシュトンはライマーの肩をポンと叩いて、
「このパーティーの決定権は、ノーラが持っている。お前がノーラの機嫌を損ねたんだから仕方がない。諦めろ」
と首を左右に振った。
「アシュトンさんもなにを言ってるんですか!? 決定権を持っているのはもちろん、リーダーのアシュトンさんでしょ。しかもパーティーって……」
「なにを勘違いしているんだ? リーダーはノーラだ。それに──正式な冒険者パーティーではないかもしれないが、やっていることはそれと同じだ」
「パーティーうんぬんは良いとしましょう。でも──いつの間にノーラがオレたちのリーダーになったんですか!? オレは認めませんからね!」
とライマーは私を指差した。
「ライマー」
「な、なんだっ?」
「私、他人に指を差されるのが嫌いなの。やっぱりあなたはご飯抜きね」
「オ、オレをペットみたいに扱うな! ──って痛い! おい、やめろ! 指を折ろうとするな! 謝るから──」
楽しくお喋りしている私たちを、街の人々は不思議そうな目で眺めていた。
「アシュトン様! 遠いところからわざわざご足労、誠にありがとうございます!」
クロコッズの冒険者ギルドに着くと、ギルドマスターと名乗った男が奥から出てきた。
商人みたいな愛想たっぷりの笑顔を携え、手をにぎにぎしながら近寄ってくる。
周囲の冒険者らしき人たちも私たちに気付いて、遠巻きでひそひそと話をし始める。
「アシュトン様だ。第七王子でありながら、冒険者をしている変人王子……」
「おい、滅多なことを言うんじゃねえよ。お前、アシュトン様がなんて呼ばれているのか知らないのか?」
「そ、そうだったな。アシュトン様は冷酷無比という噂の王子。聞こえてなかったらいいんだが……」
……全部私たちに聞こえちゃってるんだけど?
アシュトンの反応が気になって、顔を見てみたが──彼はにやにやと愉快そうな笑みを浮かべていた。
「ほお、面白いことを言っているな」
ぎろっ。
アシュトンの眼光鋭い視線が、こそこそ話をしていた冒険者の方を向く。
「「ひ、ひいいいいい!」」
すると──二人組の冒険者は細い悲鳴を上げて、その場で腰を抜かしてしまった。
「はっはっは。可愛いヤツだ」
とアシュトンは上機嫌に笑って、彼らから顔を逸らした。
「アシュトン、やめておきなさいよ。可哀想じゃないの」
「まあ、いいじゃないか。冒険者というのは舐められたら終わりだ。ノーラもよく覚えておくといい」
アシュトンと出会ってから、結構な日にちが経っているから分かるけど──彼は特段、自分が変人と呼ばれていることを気にしていない。
だから特段、否定したりもしないのだ。
ジョレットだったら、アシュトンのことを変人だと言う人はいない。彼の人柄が知れ渡っているからだ。
だからジョレット以外では、こういう声を聞くのも仕方がなかった。
しかし。
「アシュトンさんのことを変人呼ばわりだなんて、とんでもない連中だ! オレが懲らしめて……」
「やめておけ」
剣を抜こうとするライマーの首根っこを、アシュトンが片手で掴む。
ライマーはアシュトンが悪く言われることが大嫌いなのだ。
「それにしても、あの隣にいるキレイな女とチビは誰だ?」
「さあ? チビの方は服装的に冒険者なんだろう。しかし女の方はなんだ? あんなキレイな女が冒険者とは思えないし……」
「すっげえ美人だ。アシュトン様が近くにいなければ、ナンパするのに……」
先ほどの二人組とは違う、他の冒険者もこそこそと話を始める。
私とライマーにも注目が集まってるみたい。
ライマーはチビと言われてまた怒っていたが、私が嗜めておいた。
お世辞だとは思うけど、キレイと言われて今日の私は機嫌がいいのだ。
「本題に入ろう。今回の作戦内容について、詳しく聞かせてもらいたい」
その間に、アシュトンとギルドマスターが打ち合わせをする。
「はい。事前に聞いていると思いますが、あらためて説明いたしましょう──まず、ことの発端は街の周辺にいる魔物の増加です」
大変なことだけど、これ自体はそこまで珍しいことではない。
魔物は人間の都合など、知ったことではない。それに人間のように計算高くもない。本能や欲望に従って繁殖し、数を増やす。
そして魔物が多いところは、それらにとって住みやすい空間になる。だから他の場所からも魔物が集まってくるのだ。
もちろん、そういうことにならないよう、魔物を定期的に狩る必要がある。その時に出番となってくるのが冒険者の人々だ。
しかし。
「ギルドの想定を超えて、魔物が数を増やしている……そういうことだな?」
「面目ない。これもギルドマスターである私の責任です」
とギルドマスターは肩を落とす。
「しかしまだなんとかなる数です。なのでこれ以上大ごとになる前に、各地から冒険者を結集して、魔物を一気に叩いてしまおうということです」
「なるほどな。作戦開始はいつになる?」
「明日を予定しています」
「明日か。そんなに悠長に構えていても大丈夫なのか? こうしている間にも、魔物が移動してしまう可能性があるじゃないか」
「それは心配いりません。今のところ、魔物はこの街の少し離れたところで巣を作っており、移動する気配もありません。しばらくは大丈夫でしょう」
「ならいいんだ」
とアシュトンが納得する。
「とはいえ──魔物の数もかなり多い。もしかしたらこの作戦が終わるまでには、二、三日かかってしまうかもしれませんが……アシュトン様のご予定は大丈夫ですか?」
「愚問だ。そのつもりで俺も来ているからな。魔物を根絶やしにするまで、作戦には協力しよう」
「助かります」
とギルドマスターが恭しく頭を下げる。
「アシュトン様は重々承知の上だと思いますが──今回の任務は大変危険なものになります。あなたがいても、死傷者が誰一人出ないということは考えられにくい」
「その通りだな。戦いは甘くない」
「はい。今回、作戦に参加する冒険者は百人を超えます。統率が取れなくなることもあるかもしれない。そこで今夜はギルドが主催して、冒険者たちの決起会をしようと思うのです。モチベーションは大事ですからね。そこでアシュトン様にも、決起会にぜひ参加していただきたいのですが……」
「ふむ……」
アシュトンは顎に手を置き、少し考えた後にこう結論を出す。
「そうだな、参加させてもらおう。なにせ、集まった冒険者の名前と顔を俺はほとんど知らん。明日の作戦中に、名前を呼ぶ必要が出るかもしれない。そういった意味でも、作戦の前に一度は顔合わせをして、全員の名前と顔を覚えることは必要だしな」
「ありがとうございます。ですが……参加する冒険者はかなりの人数です。さすがのアシュトン様でも全員は覚えられないでしょう……?」
「はっはっは」
アシュトンはそう快活に笑うだけで、ギルドマスターの質問に明確な答えを返さなかった。
でも私は知っている。
この男、他人の名前と顔を覚えるのがかなり得意なのだ。
その証拠に、アシュトンの頭の中にはジョレットの住民の名前と顔が全て入っている。一晩で百人程度の人を記憶することは朝飯前でしょ。
それからアシュトンたちは作戦の打ち合わせを続けていたが──その間、私は一切口を挟まなかった。
こういうことは、本職であるアシュトンに任せておいた方が無難だからね。
そしてそろそろ話もお開きになりそうな時。
「というわけで──だ。ノーラ」
不意に彼は、私に顔を向けた。
「明日こそ、お前はお留守番だ。俺が帰るまで宿屋でゆっくりするか、街中を観光しておけ」
「そうだぞ、ノーラ。今回の任務は危険なものになる。わざわざお前が来る必要はないんだからな」
ライマーもアシュトンの言ったことに「うんうん」と何度も頷いている。
「お前のことは俺が守る。その覚悟は変わらない。しかしこれだけ大規模な戦闘になると、お前から目を離すことも多くなってくる」
「ええ、分かったわ。街で待っておくわね」
「まあ、待て。お前の気持ちも分かる。わざわざここまで来たのに、肝心の作戦本番ではお役御免だなんて──って、え?」
アシュトンがきょとんとした顔になる。
彼のこんな表情が見られるなんて珍しいわね。




