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話が違うと言われても、今更もう知りませんよ 〜婚約破棄された公爵令嬢は第七王子に溺愛される〜【書籍化】  作者: 鬱沢色素
本編

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55・私が説教してあげるんだから!

「あなたの魔力に聖なる魔女を感じます。きっとあなたの中に──聖なる魔女の魂が眠っている」



「ど、どうして私の中に聖なる魔女の魂が……?」


 思いもしないことを言われ、私は戸惑いを感じていた。


「理由は分かりません。しかしあなたの話を聞くに、失格王子──魔神の魂はブノワーズ伯爵家の子供へ。そして聖なる魔女の魂は、あなたの中へ──これには運命を感じざるを得ませんね」

「エリーザと一緒……ってことよね」


 あの時、魔神がなにかを言いかけてきたことを思い出す。



『我の邪念が通用しない? 貴様は一体何者なのだ! もしや聖──』



 今思えば、あれは聖なる魔女って言いたかったってこと?

 魔神にとって最愛の恋人。

 その恋人と同じ力があったから、私は魔神を消すことが出来たのかしら。


 そしてなにより。


「聖なる魔女はなにを考えているのかしら? あの時──私に力を貸してくれたのが聖なる魔女なら、彼女は自らの手で愛する人を葬ったということだわ。それに──」


 もし、聖なる魔女の力が悪きものなら?

 いつか『私』という容れ物を破って、大昔の魔神のように暴れ回るかもしれない。そうなったら世界は……。


 しかしリクハルドさんは私の懸念を否定するように、こう首を左右に振った。


「現段階では、私も聖なる魔女の目的が分かりません。そもそも彼女には既に意思が残っていない可能性もありますしね。ですが──あなたの不安も分かります。もしかしたら、大昔の魔神の恐怖を再来させてしまうのでは? ──と」

「そうね……」


 俯いて、私が考えを纏めていると──。


「ノーラ、大丈夫か?」

「お、おい。お前がそんな落ち込んでいるのは似合わない。元気出せよ……」


 とアシュトンとライマーが私のことを気遣ってくれる。


 大丈夫? 元気出せ?


 それは──。


「あなたが動揺するのも仕方がありません。しかし──答えはすぐの方がいい」


 一転。

 リクハルドさんは厳しい口調でこう続ける。


「あなたはこれから、どうするおつもりですか? 聖なる魔女の力を飼い慣らすか。それとも放棄しようとするのか──」

「答えは──どちらでもないわ」


 リクハルドさんは私が即答すると思わなかったのか、驚いたように目を見開く。


「私……こう考えるのよ。彼女は私の{相棒}だって」

「相棒……ですか?」

「うん。だって魔女が私の中に眠っていようがそうでなかろうが、私は私。なにも変わらないわ。でも──彼女の力がなかったら、魔神にアシュトンが完全に負けちゃってたかもしれない」


 アシュトンは一瞬、私の言ったことに不服そうな表情を見せたが、なにも声を発さなかった。


「私は私。だけど私の力だけではなどうしようもない時に、彼女は力を貸してくれる。だから怖がる必要なんてないと思うのよ」

「だから相棒……ですか」

「うん。相棒のことを飼い慣らすとか、放棄するとかって言うのも変な話でしょ」

「確かにそうです。しかしそれはあなたの思い込みかもしれません。もしかしたら彼女は、かつての失格王子と同じように世界に憎悪を抱いているかもしれません。その時、あなたに語りかけてくるかもしれません。世界を壊せ──と。そうなった場合──」


 リクハルドさんの纏っている空気が、険しいものとなる。


「いくらあなた相手でも、私はここの長として──聖なる魔女ごと、あなたを排除する必要がある」


 その瞬間──アシュトンとライマーが剣を構える。尋常ではない気を感じ取ったのだろう。


「大丈夫よ。やめて」


 だけど私は二人を止め、リクハルドさんに一歩近付く。

 身長差があるせいで、私はリクハルドさんを見上げるような形になる。しかし私は決して彼から視線を逸らさなかった。


「あなたの考えも一理あるわ。でも──」


 私は自分の胸を叩き、みんなにこう告げた。



「もし聖なる魔女が変なことを言ってきても、大丈夫よ。魔神みたいなことを考えてたら──私が説教してあげるんだから!」



 私の言葉を聞いて、リクハルドさんはきょとんとなる。

 それはアシュトンとライマーも同じだった。二人とも呆然としている。


「私はエリーザとは違うわ。だって、彼女みたいに他人や世界に憎しみを抱いている暇なんてないんだもの」


 私の考えは甘いかもしれない。

 しかし──何故だか、私は彼女のことを悪い人間だとは到底思えなかったのだ。


 それに。


「私──彼女と腹を割って、話す必要があるんだと思う」


 そうしたら、私は一歩前に進むことが出来る。

 それがなんなのかは分からない。しかしそんな確信があることも事実だった。


「だから……少し猶予をくれないかしら? リクハルドさんは心配でしょうけど──決してわたしは彼女に世界を焼かせない。私を信じて」


 とリクハルドさんの瞳を真っ直ぐ見て、そうお願いする。


 彼からすぐに答えは返ってこない。私の真意を計りかねているのだろうか?


 重苦しい雰囲気だったが。


「……くくく」


 あら? 

 どうしてアシュトンは笑っているのかしら。


「はあ……全くお前は……」


 ライマーにいたっては、呆れたように「やれやれ」と手で額を押さえている。

 どうしてそんな反応なのかしら。


 そしてそれは──アシュトンとライマーだけではなかった。



「ははは──! ノーラさん、やはりあなたは面白い女性です」



 とリクハルドさんは腹を抱え、楽しそうに笑った。


 え……? こんな風に笑うことも出来たのね。ちょっと意外。


 だけど。


「ちょっとー。私、なんか変なこと言ったかしら?」

「いえいえ、言ってませんよ。ですが──そういう言葉が返ってくるとは思っていなくって」


 リクハルドさんは一頻り笑った後、瞳にうっすらと浮かんだ涙を指で拭う。

 泣くくらいおかしかったってこと? ますます訳が分からないわ。


「あなたと話してみて確信しました。あなたと一緒なら、聖なる魔女もきっと大丈夫と」

「私を排除する……とか、そんなことはもう考えていないってこと?」

「ええ、もちろんです」


 とリクハルドさんが肯定する。


「……そもそもノーラを本気で処分しようとしていた場合、そいつはいつでもるチャンスがあった。それでも手を出さなかったのは、最初からそんなことをする気など毛頭なかったな?」


 アシュトンが腕を組んで、そう指摘する。


「あなたの言う通りです。そもそも処分するとしても、現実的ではありません。ノーラさんを処分すれば、王族であるあなたに恨まれる。そうなった場合、エルフと人間の全面戦争に発展する可能性もあります。まあ、それでも……ノーラさんが邪悪な心の持ち主でしたら、こちらも考えがありましたが──」


 そう言って、リクハルドさんは私に微笑みかける。


「あなたなら問題なさそうです。聖なる魔女の器があなたで本当によかった」

「そ、そう。褒めてくれた……のかしら? ありがとね」


 私はたじたじになるばかりである。


「時間を取らせて、すみませんでした。私の話はこれで終わりです。ですが、よければ今日のところはこの屋敷に泊まっていきませんか?」

「え? でも……」

「目的地までには三日後までに辿り着けばいいんでしょう? それに今日はもう外も暗くなってきた。どちらにせよ夜を過ごす必要があるんだったら、ふかふかのベッドで寝た方が体も休まるでしょう」

「うーん、そうね……」


 でも私の一存で決められない。


 私はアシュトンとライマーの顔を見て、


「ねえ、二人はどう思う?」


 と意見を求めた。


「俺は良いと思う。なにがあっても、俺がノーラを守ればいいだけだ。ノーラが決めてくれ」

「オレはアシュトンさんの指示に従う」


 どうやら二人も乗り気──とは言い難いが、否定的ではないみたいね。


「じゃあ……お言葉に甘えようかしら。でもいいのかしら? こんなに至れり尽くせりで」

「もちろんです。これくらいお安いご用ですよ」


 とリクハルドさんは優しげな笑みを浮かべた。


「エイノにあなたたちの部屋を案内させましょう。食事も用意します。今夜はゆっくりお休みくださいませ」

「ありがとね」


 そう会話を交わして、私たちは部屋を後にしようとした。


 しかし部屋から出ようとする前に。


「ああ、そうそう」


 とリクハルドさんが私たちを呼び止める。


「ノーラ。あなたの中に眠っている聖なる魔女の力は、彼女のおかげで、この国は発展し続けてきたと聞きます」

「そんなに……」

「だからそれを使いこなすことが出来れば、あなたはさらなる力を得ることが出来るでしょう」


 そう言われるものの──実感が湧かない。


 だって魔神との戦いが終わってからも、何度かあの魔力を出そうと試しそうとしてみたんだもん。でも一度たりとも上手くいかなかったからだ。

 まあでも……そんなことを言われて、嫌な気持ちにはならない。


「…………」

「ライマー? どうしたのかしら。暗い顔してるけど」

「な、なんでもない!」


 なにか考え込んでいる様子のライマーに声をかけると、彼はぷいっと顔を背けてしまった。


「まあ覚えとくわ。あっ──そうだ。その聖なる魔女の名前って記録に残っているのかしら? 気になるわ」

「ああ、それなら──」


 最後にリクハルドさんは、こう答えてくれるのであった。



「彼女の名は──リアーヌ。あなたが彼女のことを相棒と思っているなら、覚えておいて損はないでしょう」

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