54・失格王子と聖なる魔女
それからしばらく歩いた後、大きな屋敷の前でリクハルドさんは止まった。
「ここは?」
私が質問すると、リクハルドさんはこう答えた。
「私の家です。この中の書庫でお話ししましょう」
書庫? どうしてそこなのかしら?
疑問は膨らむばかりだったが、私たちに拒否権はない。彼の後を付いていき、書庫らしき場所に辿り着いた。
「わあ……すごいわ!」
私は書庫に着くなり、そう簡単の声を漏らす。
四方が本棚で囲まれている。
本棚は高く、天井まで届いているようだった。上に視線を移すと、なんと天井にも本棚がある。
でも本が落ちてこない。どういう仕組みなのかしら……エルフの村は不思議なことでいっぱいね。
「気に入っていただけたようでなによりです。ノーラさんは本が好きなのですか?」
「ええ! 特にロマンス小説が好きなのよ!」
「ノーラは意外と博識だからな。いつもの破天荒な行動で忘れがちになるが……」
テンションが上がっている私を見て、アシュトンがそう苦笑した。
「ここにはロマンス小説はあるのかしら?」
「いえ、ほとんどが歴史書や魔法書になります。小説のようなものは、あまり置かれていませんね」
「そう……」
がっくしと肩を落とす。
素敵なロマンス小説があったら、友達のセリアに聞かせてあげようと思ってたのに。
当たり前だけど──エルフの書いたロマン小説なんて、読んだことがない! というか、そんなものがあるとすら聞いたことないけど……。
きっと人間とはまた違った恋愛模様を繰り広げているんでしょ。
見てみたい……でも、ない……ともどかしい気持ちになった。
「うぅ……オレは本が嫌いだ。本を見ると眠くなってくる」
後ろを振り返ると、ライマーが大量の本を前にして目を回していた。
「あら、あなた。いっつも私のことをオークだとか、はしたないとかバカにするくせに、本の一つも読めないの?」
「バ、バカにするな! 文字は読める。だが……だからこそ眠くなるというか……」
まあ本を読んでるライマーなんて、想像しにくいからね。ある意味想像通りで安心した。
「それで話って?」
「まずはこちらをご覧ください」
リクハルドさんが指を鳴らすと、天井の本棚から一冊の本が飛び出した。
それはゆっくりと落ちてきて、やがて私の手元におさまる。
「『失格王子と聖なる魔女の悲恋』……?」
私は本のタイトルをそう読み上げる。
「ええ、そこには大昔の──この国で起こった、とある事件について書かれています。一から読むのも時間がかかるでしょう。そこに書かれていることは、掻い摘んで説明させてもらいますね」
そう言って、リクハルドさんはすらすらと語り始めた。
大昔──私が生まれるよりもずっとずっと前の話。
この国には七人の王子がいました。
その中で最も優秀だと言われていたのが第七王子。彼はとても聡明で剣の腕も一流だったそうです。
さらに民からの人気も非常に高く、第七という低い序列ながら、彼を時期国王にと推す声が多くありました。
そんな彼には結婚を誓い合った恋人がいました。
その恋人は宮廷魔導士として王宮に仕え、そこで第七王子と出会ったと聞きます。
彼女には不思議な力がありました。
魔物や邪悪な魔力を制御し、かつ消滅させることが出来るものです。そして不思議なことに──彼女の魅力に取り憑かれたように──邪悪なる者たちは逃れることは出来ず、それどころか吸い寄せられるように、彼女へ集まっていったとも聞きます。
そしてそんな彼女のことを、人々はこう言います。
聖なる魔女──と。
彼女は容姿も優れており、道を歩けば多くの男性の視線を彼女は集めていたと聞きます。
優秀な王子と可憐な魔女。
そんな二人の行く末は幸せで満ちている──はずでした。
しかしここで雲行きが怪しくなります。
第七王子の罪が、白日の元に晒されたのです。
彼は国家転覆を図り、国内の貴族たちを纏めあげて、革命を起こそうとしていたのです。
最初は誰も信じていませんでした。
次期国王がどうしてそんなことを──と。
しかし仮に国王の座についたとしても、今までの流れを踏襲するしかありません。国王でも好き勝手に出来ないのです。
第七王子はそれが気に入らず、自分の取り巻きだけを重宝し、都合のいいように国を動かそうとしていたのではないか……人々はそう噂しました。
他の王子たちが団結し、彼を断罪しようとします。ジワジワと第七王子は追い詰められていきます。
そして第七王子の抵抗虚しく、彼の死罪が決まってしまいます。
処刑台に登っても、彼は自らの無実を訴え──そして恋人である聖なる魔女の身を案じていました。
しかし無情にも第七王子の首は落とされます。
そして程なくして、聖なる魔女も姿を消しました。その後、彼女の姿を見たものは誰もいないと記録に残っています。
そんな第七王子のことを、後世の人々はこう呼びます。
失格王子──と。
さて、本来ならこれで物語は締め。
しかし第七王子はこれで終わりませんでした。
彼の怨念が魔神となり、世界を恐怖一色に染めあげたのです。
「ま、魔神!?」
リクハルドさんから衝撃の真実を聞かされ、私は前のめりになって問い詰める。
「はい。ノーラさんは魔神のことをご存知ですか?」
「知ってるもなにも……」
私は彼に説明する。
先日、とある伯爵令嬢の器を破って、魔神がこの世に顕現した。
しかし私たちが力を合わせ、なんとか魔神を消滅させてことなきを得た──と。
それを話すと、リクハルドさんは目を大きくした。
「そんなことが……でしたらやはり、こうして私たちが出会ったのは神の導きかもしれませんね」
「あなたの言っていることは本当なのか? 俺は昔から魔神伝承についても調べていた。かつての第七王子が魔神になったとは初めて聞くが……」
アシュトンがそう口を挟む。
彼も同じ第七王子。色々と思うところがあるのかもしれないわね。
アシュトンの追及に、リクハルドさんは首を縦に振る。
「はい。あなたがたが知らないのも無理はありません。なにせ、かつての王族が魔神になったというのは、国としても隠しておきたい事実なのでしょう。その記録は抹消され、不都合な事実は握り潰された」
「だが、何百年──時には何千年も生き、人間社会からは離れて暮らしているあなたたちエルフは、魔神伝承の真実を知っていた──ということか」
「その通りです」
とリクハルドさんは神妙な面持ちで頷く。
……なんだか信じられない。
でもリクハルドさんが嘘を言っているとは思いにくい。
「失格王子と聖なる魔女……ねえ」
どうして聖なる魔女は彼が死んでから姿を消したのかしら?
彼女は一体どこに?
それに魔神として復活した彼のことを、どう思っているんだろう。
疑問は深まるばかりである。
でも。
「どうして、私たちにこの話を聞かせたのかしら? 私たちが魔神に遭遇したことは、知らなかったのよね? それに私の魔力が気になるって言ってたけど……」
「お、おい、ノーラ。そんなに矢継ぎ早に質問するなよ。リクハルドさんが困るだろう」
ライマーが私をそう嗜めるが、リクハルドさんがそれをさっと手で制す。
「構いません。それに──その質問にはまとめて答えられます。ノーラさん──もう一度、あなたの魔力を見せてもらえますか?」
「分かったわ」
リクハルドさんが私の額に右手を近付ける。
私は目を瞑り集中して、魔力を外に放出した。
魔力の光が書庫を包む。
そして魔力の放出を止めて目を開けると──、
「やはり……」
リクハルドさんは腕を引っ込め、思案顔でこう続けた。
「あなたの魔力に聖なる魔女を感じます。きっとあなたの中に──聖なる魔女の魂が眠っている」
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