37・憎悪の爆発(エリーザ視点)
【SIDE エリーザ】
上階で争う音が聞こえる。
エリーザはそれを聞いてもなお、「どうでもいい」という空っぽの感情しか浮かんでこなかった。
「あーあ。暇だな〜」
扉の外から声が聞こえる。
地下の一室に閉じ込められたエリーザに、見張りが付いているのだ。
アシュトンやノーラは、彼のことをライマーと呼んでいた。
「なにが起こっているのですか」
エリーザは椅子に座ったまま、扉の向こうに話しかける。
とはいえ、本当にどうなっているか気になったわけではない。
彼女にとって、この質問はただの暇潰しだ。
「お前に言う必要なんてない。お前はこのまま部屋の中でおとなしくしておけばいいんだ」
返事がくるとは思わなかったが、答えになっていない言葉が返ってきた。
(ああ……どうしてわたくしはこんなことに……)
ドタバタと騒がしい音を聞きながら、エリーザは思う。
始まりはノーラだった。
エリーザは昔から優れた令嬢であった。運動も勉学も人一倍出来て、社交界のマナーも習得している。
そんな彼女のことを家臣は「令嬢の中の令嬢」と絶賛したものだ。
しかし父親のダグラスだけはそうじゃなかった。
彼女がどんなに良い成績をおさめても、ダグラスは「そうか」と一言返すだけだった。
怒っているわけではない。
ただ彼にとってそんなことはどうでもいいのだ。
頭の良いエリーザはそのことを理解している。
さらにダグラスは何度も、エリーザにこう言っていた。
『いいか? お前は特別なんだ。ブノワーズ家の悲願を叶えるための容器となる。それまで、せめて死なないようにだけは気を付けてくれ』
当初、それはエリーザに対する不器用な愛情だと飲み込んでいた。
しかし彼がエリーザを一人の人間として見ていないと薄々感づくのに、そう時間はかからなかった。
(さながらわたくしは空っぽな人形だった)
それでも頑張っていたら、いつかお父様がわたくしに振り向いてくれると思ったから……。
だが、そんな彼女も学院に入学して風向きが変わる。
ノーラが現れたからだ。
彼女はなにをしてもエリーザの上をいった。
今までそんなことは一度もなかったので、エリーザは彼女のことを妬ましく思った。
──どうしてノーラばっかり!?
さらに決定づけたのはレオナルトとの婚約。
その男はエリーザが奪うことに成功し、唯一ノーラに勝利することが出来たが……それもまやかしだった。
レオナルトの真実を聞いて逆上し、エリーザは導かれるようにしてこの街に向かった。
しかし結果は惨敗。
(わたくしの魔力が暴走したせい……とノーラは言っていましたが、とてもそれだけとは思えません。だってそれだけなら、こんなところに厳重に監禁する必要が感じられませんもの)
しかし本当の理由を、今のエリーザが知る術はない。
憎い。
ノーラがアシュトンと仲睦まじく歩いているのを見た時、自分の中でなにかが弾けた。
(どうしていっつもわたくしばっかり!? わたくしがなにをしたっていうの? なんであの子ばっかり幸せになるの?)
ヒステリックな叫び。
徐々に心の中で憎悪が膨らんでいった。
〈ようやく鍵は揃ったみたいだな〉
頭痛と共に声が聞こえた。
エリーザはそれを聞いて立ち上がり、こう声を張り上げる。
「あなたは誰!? 先日からどうしてわたくしに話しかけるの? 一体なんのおつもりでしょうか?」
それは扉の向こうにも聞こえているだろう。
しかしエリーザはそれを意に介さない。
〈我か? 我は魔神だ〉
今までなにを聞いても答えてくれなかった声が、とうとう彼女の声に応える。
「魔神……?」
〈そうだ。そして貴様は我の忌々しい容れ物だった。もう……用済みだからな〉
「なにを言って……」
その時だった。
「きゃああああああ!」
室内に響き渡る悲鳴。
エリーザの体に、街中と同一の黒い魔力が纏わりつく。
「お、おい! お前、どうした! 変な真似は……」
異常を察知して、ライマーが廊下から入ってきた。
しかしもう遅い。
〈くくく。ようやく久しぶりの外の世界だ。とはいえ……もう少し王の血を継ぐ魔力を補給しなければ、満足に動き回ることも出来なさそうだな〉
それはエリーザから発せられているようで、また違う。まるで頭の中に直接語りかけてくるような声であった。
ライマーが剣を構える。
「お、お前がアシュトンさんの言っていた魔神か? どうして目覚め……」
〈うるさい。王ではない者には興味はない〉
黒い魔力の塊がライマーに襲いかかる。
彼は必死に剣を振り回し、魔力に対抗した。
だが、魔力はそれを嘲笑うようにするりと後ろに抜けていく。
「ぐあああああああ!」
その際にライマーの体に魔力が触れてしまった。
触れたところから火傷のように肌が爛れる。刺すような強烈な痛みによって、ライマーは気を失いそうになった。
「ま、待て……アシュトンさんのところには……」
彼は倒れながら、アシュトンたちがいる屋敷のホールへと向かっていく魔力に手を伸ばした。
なんとしてでもここで食い止めようとしたためだ。
しかしそれは叶わず、ライマーは目の前が真っ暗になりとうとう意識が完全に途切れた。
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