36・愛なんて必要なかった
勝負はあっけなく終わった。
「もう少し手応えがあると思っていたわ」
私はそう口にする。
エリーザを閉じ込めてからアシュトンは、何者かによって襲撃があることを事前に予想していた。
無論、理由はエリーザにある。
エリーザは貴重な魔神の依り代だ。
私たちがエリーザの身柄を拘束していることを、ブノワーズ伯爵家が掴んでいないとは考えられない。
『だったらブノワーズ伯爵家が、エリーザを取り戻しにくると?』
アシュトンとの会話を思い出す。
『それも有り得る。しかし……俺には兄上──レオナルトがこのまま終わるとは思えなくてな』
『レオナルトが?』
『ヤツは諦めの悪さだけは一流だった。そしてとんでもなくバカだ。だからブノワーズ公爵家になにか唆されて、エリーザを取り戻しにくる可能性がある』
正直、私は信じられなかった。レオナルトはそんな殊勝な男ではなかったからだ。
だけどエリーザの話を信じると、今のレオナルトは追い詰められている。王族から追放されて、どうしようもない状況。
こんな状況だったら、一発逆転の手を打ってくるかもしれないわね。
私は最終的にアシュトンの意見に賛同する。
そしてアシュトンの予想は大当たり。
カスペルさんが調査すると、どうやらレオナルトが何人かの兵を引き連れてジョレットに向かっていることが判明した。
まるでこうなることが最初から分かっていたかのような行動だ。
それを受けて、私たちは作戦を練ることになった。
とはいっても、そんなに大袈裟なものじゃないけどね。
この家にはアシュトンもいるし、そんじょそこらの私兵や冒険者じゃ、どうしようも出来ないと思っていたから。
いくつかのシミュレーションをしていたが……まさか真っ正面から乗り込んできて、しかも大声を上げるだなんてね。
アシュトンも言ってたけど、レオナルトのバカさ加減が斜め上すぎて呆れるわ。
「ア、アシュトンっ!! 離せ! そして僕をエリーザのところへ連れて行くんだ! 僕をこんな目に遭わせて、どうなるか分かっているよな?」
今、レオナルトはカスペルさんによって縄でぐるぐる巻きにされている。
ちなみに彼が連れてきた、エリーザの父ダグラスの私兵や冒険者も同様にして、床で転がっている。
「はあ……このごに及んで、まだそんなことを言うのか……」
疲れたようにアシュトンが溜め息を吐いた。
「それに……私兵を抱え込んでいるなんて卑怯だぞ! お前は家臣の何人かでこの屋敷に住んでいるんじゃなかったのか?」
「なにが卑怯なのか分からない。それに俺には私兵なんて、大層なものはいないぞ」
「な、なにを言っている! だったら僕の連れてきた者たちは誰に……」
レオナルトが怒声を飛ばす。
私は近くで成り行きを黙って見守っている、カスペルさんに視線を移した。
まさかカスペルさんがこんなに強いだなんてね……。
いや、強いことは分かっていたけど、まさかここまでとは思っていなかったのだ。
カスペルさんは闇夜に乗じて、レオナルトが連れてきた者たちのほとんどを倒してしまった。
私でもちょっと怖かったくらい。まるで暗殺者みたいだったわ。
私といったら、せいぜいアシュトンに襲い掛かろうとした冒険者風情の男を氷魔法で攻撃したくらい。
今度からカスペルさんだけは怒らせないようにしよう……。
そんな気持ちが伝わったのか。
「心配しないでください。これくらい、執事の嗜みなので」
とカスペルさんは私に向けて、ニッコリを笑みを浮かべた。
そんな執事はあなた以外にいない。
「さて、兄上よ。聞きたいことがある」
「ぐはっ!」
アシュトンがレオナルトの腹に足を乗せる。
「お、お前! 僕は王族だぞ! 王族からほとんど見放されているお前と違って、僕には地位がある!」
「お前が王族から追放されていることは、とっくに知ってんだよ。無駄なことを言うな」
「……っ」
レオナルトは悔しそうに顔を歪めたが、アシュトンに殺意の込もった視線を向けられて口を閉じるしかない。
「お前はエリーザのことについて知っているな?」
「な、なんのことだ?」
「しらばっくれるな。お前がわざわざエリーザを取り戻しにきているんだ。しかもブノワーズ伯爵家の私兵まで借りてな。それくらいは推測出来る」
アシュトンは続ける。
「ならばエリーザという殻を破り、魔神が復活する鍵は知っているか? 一つはなんとなく推測出来ているが……」
「し、知らない! 僕はそんな……」
レオナルトがそう言葉を続けようとした時であった。
いつの間にか、カスペルさんがレオナルトの傍に立つ。
そして小剣を取り出し、それを彼の目元に近付けたのだ。
「目に剣が突き刺さる感覚って、どんなものなんですかねえ?」
カスペルさんが穏やかな口調で続ける。
「アシュトン様はお困りのようです。そして私たちには時間もありません。まだ光を失いたくなければ、さっさと吐いてもらえますか? じゃないと、もしかしたら私も手元が覚束なくなってしまうかもしれません」
「ひ、ひっ!」
……怖っ!
近くで見ているだけでも鳥肌が立ったわ! レオナルトを詰めるカスペルさんの姿が悪魔に見えたくらい!
やっぱりカスペルさんってただの執事じゃないわよね……前職はなにをしていたのかしら。
と私が邪推している間にも、状況は変わっていく。
「お、王族だ! 王族とエリーザの中の憎悪が反応した時、魔神が復活する! そういう手筈になっているんだ!」
あっさりと口を割るレオナルト。
あらら。まあレオナルトがカスペルさんの詰めに抵抗出来るとは思っていなかったら、ある意味予想通りの反応だけどね。
「なるほどな」
「でも、それならどうしてまだ魔神は復活していないのかしら? アシュトンだって王族よね」
と私は会話に割って入る。
するとカスペルさんがレオナルトに答えを促すと、彼はまたベラベラと喋り出した。
「わ、分からないが、おそらく……エリーザの憎悪が一定量に達していないからだと思う。ブノワーズ伯爵家はそう言っていた!」
「ふむふむ……」
顎に手を当て、アシュトンが考え込む。
「……どちらにせよ、俺はあまりエリーザに近付かない方が安全そうだな。それはこいつも一緒だ。ますますこいつをエリーザに会わせるわけにはいかなくなった」
「ですね。でも……」
私はレオナルトの真正面に立ち、こう質問を投げる。
「もう一つ、気になることがあるわ。レオナルト。あなた、魔神を復活させてどうするつもりだったの?」
古の話によると、魔神の力によって世界は破滅一歩寸前までいったらしい。ジョレットさんが自分の息子に魔神を封印してくれたおかげで、世界が救われたということも。
だったら魔神が目覚めれば、レオナルトだって死ぬかもしれないじゃない。
なのにどうして?
「ぼ、僕は魔神の力を制御出来る力があるんだ! その力を使って、世の中をもっとより良いものにしようと思っていた。本当だ! 信じてくれ!」
レオナルトは声を荒らげる。
それを聞いて、ここにいる私たち一同は嘆息する。
「呆れた。ブノワーズ伯爵家に言われたんだろうが、まさかそのまま信じていたとはな」
「まず嘘でしょうね。仮に本当でも、レオナルトにそれを託すとは思えません」
「それにレオナルト。世界をより良く……って言ってるけど、それってあなたにとって都合の良い世界って意味よね? 少なくともあなたにだけは世界を任せてられないわ」
口々にレオナルトの軽率な考えに否定的な意見を言う。
ここに襲撃をかけにきた件といい……こんなにバカな男だったかしら。どうしてこいつと婚約させられて、私は我慢出来ていたんだろう。
頭を抱える。
「うぅ……ノーラ! 僕を助けてくれ! 元婚約者の仲じゃないか! お前なら僕のことも分かってくれるはず……!」
未だにレオナルトが惨めったらしいことを言い出した。
「はあ? 元婚約者の仲? あなたから婚約破棄しておいて、よくもそんなことが言えたものね」
別に愛なんて必要なかった。
貴族の結婚とはそういうものだと割り切っていたから。
それでも我慢して一緒にいたら、いつかこの人のことを好きになれると信じていた。
だけどそんな私の期待はこいつに裏切られた。
それまでの時間をレオナルトが返してくれるというのだろうか?
出来るわけがない。
彼の顔を見ていると、ますます腹立たしくなった。
「あなたはこれから罪人として裁かれるでしょう。第七王子の屋敷を襲撃したんですからね。それはブノワーズ伯爵家も同じです。罪を償いなさい」
わざと他人行儀に突き放す。
私の言葉に、レオナルトは項垂れた。
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