32・黒い魔力
エリーザに視線を向けると、彼女は俯いてぼそぼそとなにかを呟いていた。
ボサボサになった前髪のせいで目元が隠れて、そのせいで彼女の感情が読み取れない。
「有り得ない有り得ない有り得ない……どうしていつもノーラばっかりが幸せになって、わたくしが不幸に? どうして神様はわたくしにばっかり試練をお与えになるのでしょうか……」
試練?
あんたが勝手に私に突っかかってくるから、こういうことになっているんでしょうが。
エリーザも見てくれはいいんだし、学業や運動も学院時代は成績上位だった。
こんなことをしなくても、弁えれば幸せな人生を歩めるのに……今の状況はそれを自分から捨てた彼女の自業自得だ。
まあそれをわざわざ教えてあげるほど、私も優しくないけどね。
「許さない許さない許さない……わたくしのものにならないなら、いっそ全部なくなってしまえばいいんだ。そう、わたくしはなにも悪くない。悪いのは世界……」
「……! ノーラ! そいつの様子がおかしい! それ以上近付く──」
エリーザの異常をいち早く察知し、アシュトンが私に手を伸ばす。
しかしそれよりも早く、エリーザはバッと顔を上げ、瞳孔の開ききった目で私にこう告げた。
「この世界からいなくなりなさい!」
その矢先であった。
エリーザの体から黒い魔力が奔流する。それは彼女を中心としだんだんと周囲に広がっていった。
まるで台風のように黒い魔力が渦巻く。立っていられなくなるくらいの突風が、その場に巻き起こった。
「な、なんなの……? この魔力」
私も魔法に詳しい方だけど、こんな魔力は今まで見たことがない。
発せられる魔力は膨大。だけどそれ以上に気になるのは、その禍々しさだ。
憎悪を全て詰め込んだような魔力。
魔力の余波が少しだけ肌に触れるだけでも、頭がクラクラして呑み込まれてしまいそうになる。
私はそれでも、この黒い魔力の正体を調べようとするが……。
「ノーラ!」
アシュトンの切羽詰まった声と同時、黒い魔力の塊が私に襲いかかってきた。
魔力は獣が大きく口を開いたような形状に変化し、私に牙を向ける。
圧倒させられて、身動きが取れなくなっている私の体を──アシュトンが抱え、その場から離れる。
「なにをしている! どうして躱さないっ!」
「ご、ごめん。私ったらなにを考えて……」
明らかな異常事態。
それなのに何故だか、ぼーっとしてしまった自分のことを責める。
「説教はまた後でだな」
未だ渦巻いている黒い魔力をアシュトンは見据える。
その中心であるエリーザの姿は、魔力が視界を遮っているせいで確認することが出来なかった。
「このまま放置しては周りに被害が出る。ノーラ、あの魔力を抑える手段はあるか?」
「そうね……」
顎に手を当てて考える。
「おそらく、この魔力はエリーザから発せられているもの。ならば……エリーザの魔力をコントロールすれば、あるいは……」
「それは今すぐにでも出来るか?」
「いえ……簡単には無理ね。でもエリーザに少しでも触れることが出来れば……」
しかしエリーザには黒い魔力が邪魔をして、近付くことすら困難。
絶望的な状況であるが、アシュトンは不敵に笑った。
「ならば問題ない。今から俺がお前をあの愚かな女の元へ連れて行く。だったら可能か?」
「それだったらいけますが……でもどうやって──きゃっ!」
少女のような可愛らしい悲鳴を上げてしまった。
アシュトンが私を抱えたからだ。
「乗り心地が悪いと思うがな。我慢してくれ」
そして荷物のように肩に担がれる私。
ちょっと恥ずかしいけど、今はそんなことを言っている場合じゃないわね。
「これだけやって、やっぱりダメでしたは許されないぞ」
「も、もちろんよ。アシュトン、私をエリーザまで連れて行って!」
「承知した」
囚われの姫を助け出す騎士のように、アシュトンは言った。
まるで物語の中のヒーローのような言動だけど……当の私が肩で担がれている状態だから、いまいち締まらないものだ。
アシュトンは地面を蹴り、黒い魔力の中心──エリーザの元へ駆ける。
途中黒い魔力が私たちに襲いかかってきたが、彼がそれを剣で斬り裂き、ぐんぐんとエリーザと距離を詰めていく。
「見えた!」
黒い魔力の元凶であるエリーザが、地面で倒れている姿が見えた。
どうやら気を失っているみたい。
やっぱり……魔力を完全に制御出来ていないみたいね。
そりゃそうよね。こんな魔力、今までのエリーザからは有り得なかったことだから。
「もう少しっ!」
アシュトンの気合の一声。
エリーザにさらに接近する。
だが、爆心地に近付くにつれ魔力の動きがさらに活発になっていく。
アシュトンがそれを剣で振り払うが、所々体に魔力が当たってしまった。
魔力が触れただけなのに、ジュッと嫌な音が聞こえ、遅れて肌が焦げたような嫌な匂いが鼻をくすぐった。
「アシュトン、大丈夫!?」
「も、問題ない! それよりも早くエリーザを!」
やがて私たちは爆心地に到着する。
私はすぐさまエリーザの頭に触れ、魔力をコントロールする。
邪悪な魔力……どうしてエリーザにこんな魔力が秘められていたの?
でもそれを考えている余裕はない。
私が魔力を制御すると、徐々に黒い魔力が彼女におさまっていき、やがて完全に消滅したのだった。
「ふう……これでひとまず安心ね」
安全になったのを確認し、私は額の汗を腕で拭う。
周囲は突然の出来事に騒然としている。
アシュトンも……うん、無事みたい。
所々火傷のような跡を負っているけど、回復薬でもかければすぐに全治するわ。
「一体なんだったんだろう……」
改めてエリーザを見る。
エリーザの瞼は閉じられている。
体を揺さぶってみるが、起きる気配はない。狸寝入りをしている訳でもなさそうだ。
「それについては……いや、こんなところで喋るのもあれだな」
アシュトンは今度、エリーザを雑に肩で担いだ。
「エリーザの正体について、屋敷の中で喋ろう。無論、こいつもこのままにしてはおけないので持って行く」
「正体……? どういうこと?」
問いかけると、アシュトンは衝撃的な一言を口にしたのであった。
「エリーザは、いやブノワーズ伯爵家は……魔神の依り代だ」
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