31・今更もう知りませんよ
「話が違う!」
アシュトンと街外れの本屋に向かっていると、突如私たちの前に一人の少女が立ち塞がった。
一瞬、私はそれが誰なのか分からない。
しかし徐々に理解が追いついてきて、彼女の名前を呼んだ。
「エリーザ!?」
そう。
ブノワーズ伯爵のエリーザ令嬢。
学院時代の同級生で、ことあるごとに私に突っかかってきた。
そしてレオナルトを私から奪った張本人でもある。
今はレオナルトの婚約者として、悠々自適の王宮生活をしていると思っていたんだけど……どうして彼女がここに?
そう疑問に思っていると、エリーザから口を開いた。
「あなた! レオナルトのことを知っていたのですか? どうしてわたくしに教えてくれなかったのですか!」
「レオナルトのこと……ああ、そのことね」
ようやくエリーザも真実に気付いたんだろう。
彼女は敵意のこもった視線を私に向け、今にも襲いかかってきそうな獣のような雰囲気を纏っていた。
「もしかして、レオナルトが次期国王に最も近い──というのは全部嘘。本当は勉学も運動もからっきしの、ダメダメ王子ってこと?」
「それだけではありませんっ! レオナルト殿下の借金のこともです!」
そんな大声で言っていいのかしら?
だってここには私たち以外の人々も多い。レオナルトの借金のことは、王族としてはあまり知られたくない事実のはずだ。
そのことはエリーザだって知っているはずなのに、こんなところで言うなんて……それも分からないくらい、頭に血が昇っているのかしら。
「ノーラ。そいつは……」
とアシュトンが口を挟んでこようとしたが、「私に任せて」と視線で彼に伝える。
一歩、彼女に近寄ってこう続ける。
「ええ、もちろんよ。レオナルトがお店の女に湯水のようにお金を使っていたことも全部……もしかしてあんた、知らなかったの? 知ったうえで、あのバカな王子の婚約者になったと思ってたけど……」
「バカにしないでください!」
エリーザがさらに憤慨する。
まあ実際、バカにしてるんだけどね。
頭お花畑のエリーザじゃ、レオナルトの借金のことなんて当然知らないと思っていたし。
「レオナルトは……王族から追放された!」
言い放つエリーザ。
周りの人たちも彼女の言葉にどよめく。
結構衝撃的なことを言ったと思うけど、今の私は「やっぱり」という感情しか浮かんでこなかった。
「あら……では、今のあんたは第一王子の婚約者という身分もなくなってしまったのね。あんたはただの平凡な男の婚約者ってわけ。それともレオナルトの婚約もなしにしてしまったのかしら」
「わたくしだって、婚約破棄をしたかったですよ! でも……お父様がそれを許してくれず……」
それは意外だ。
レオナルトのことを知ったら、彼女はすぐにでも婚約破棄すると思っていたのに。
利用価値のない人はすぐに切り捨てる。彼女はそういう人間だ。
だけど。
「そうなの。まあ今の私にはどうでもいい話だわ。それより……どうして今のあんたはそんなに怒っているの?」
「あなたが教えてくれなかったからですよ! レオナルトがあんなクズ人間だと知っていれば、わたくしは婚約しませんでした!」
「どうして私がエリーザに、そのことを教えないといけないのよ。意味が分からないわ。それに人の男を取ったのはそっちじゃない」
あまりにも一方的な言いがかりに、つい渇いた笑いが漏れてしまう。
少し彼女は怯んだ気もしたが、すぐに口撃を再開する。
「……っ! それに、どうしてあんたはそんなに幸せそうなんですか! わたくしがこんなに不幸な目に遭っているのに……不公平です!」
「はあ……」
言い返そうにも、彼女の言ったことがバカバカしすぎて反撃する気もなくしてしまう。
「ノーラ……」
代わりにアシュトンが彼女に一喝しようとするが、私はそれを手で制す。
こんなバカバカしいことに、アシュトンの手をちょっとでも煩わせるなんて申し訳ないわ。
「あなたはそれを言いに、わざわざこんなところまで? 会いに来てくれてありがとね。私は会いたくなかったけど、それだけは言っておくわ。じゃあバイバイ」
これ以上、エリーザと話しても不快な気持ちになるだけでしょ。
私は手を振って、彼女の前から去ろうとした。
しかし……そんな私の服の裾をエリーザは掴んできた。
「待ちなさい! 話は終わっていません!」
「終わりです。もうあなたに言うことは、なに一つないのですから」
虫を振り払うように、エリーザの手を離させようとする。
この方とはもう他人。知り合いだと思われたくない。
だから私はわざと他人行儀な話し方に変更する。
そのことがさらにエリーザの怒りを爆発させたのか……。
「こ、こんなことって有り得ません! そ、そうだ! その隣の人ってアシュトン殿下ですよね? だったらわたくしがそれを貰ってあげます! そうする方がアシュトン殿下も幸せに──」
だが、それ以上エリーザの言葉は続くことがなかった。
アシュトンが私が止めるよりも早く、エリーザをはっ倒していたからだ。
「いい加減、俺も我慢の限界だ」
地面に手を付き、アシュトンを見上げているエリーザ。
アシュトンがゴミを見るような目で彼女を見下している。
エリーザはそれに気圧され、ブルブルと震え出した。
「お前がエリーザ伯爵令嬢だな? 話はノーラから聞いている。ノーラからレオナルトを取った泥棒猫だと。それだけでも万死に値するが、慈悲深いノーラの顔に免じて、それはなしにしてやる。ああ、それから……お前、というかブノワーズ伯爵家には聞きたいことがある。少しだけ質問させてもらおうか」
ああ、アシュトンも相当頭にきてるみたいね。
こんなに激昂するアシュトンは、なかなかお目にかかれないのだから。
よくも悪くも、アシュトンはいつも感情を大きく動かさない。そのせいで、私も当初彼がなにを考えているか分からなかったわね。
それにしても……。
「質問?」
「ああ。ノーラにはまだ言ってなかったが、こいつは……」
とアシュトンが言葉を続けようとした時であった。
「なんでわたくしだけ……こんな目に……」
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