27・幸せになる権利
【SIDE アシュトン】
「ノーラも変な気を使わなくてよいものを……」
「…………」
俺の呟きに、セリアは口を閉じたままだった。
自信なさげに俯いて、体をモジモジと動かしている。
苦手なタイプだ……。
口数が少ないのもあって、彼女がなにを考えているか分からない。
そんな顔をするくらいなら、言いたいことを言えばいいのに……。
だからといって嫌いなわけではないので、追い払うことも罪悪感が残る。
だから苦手なのだ。
「……婚約の件についてはすまなかったな」
こうして時間が経つのも気まずいので、結果的に俺から口を開くことになった。
「まあ今更こんなことを言っても、仕方がないが……」
「い、いいえっ」
セリアはどもりながら、言葉を紡ぐ。
「アシュトン様は素敵なお方ですから……セリアにはふさわしくなかった。門前払いされるのも、仕方ない……です」
「…………」
今度は俺が黙る番となってしまった。
そんな気まずい雰囲気の中、俺は彼女との出会いを思い出していた。
数ヶ月前、俺に男爵家の令嬢であるセリアとの婚約話が舞い込んできた。
無論、結婚などするつもりはなかったので、当時から「また余計なことを……」と王宮に恨み節を言ったものだ。
再三断ったものの、それで「はい、そうですか」と男爵家が引き下がるわけにもいかない。
それにセリアも被害者なのだ。自分の意志とは関係なしに、無理やり俺と婚約を結ばされた。
そしてセリアが俺の屋敷にやって来た時、当初彼女は俯いてろくに喋ろうとしなかった。
しかし意を決してという感じで、
『男爵令嬢のセリア……と申します。この度は、アシュトン様との婚約……っ、のご挨拶にお伺いしました』
とようやく口にした。
必死に喋った感が伝わる。
俺はそんなセリアの態度を見て、内心イライラが止まらなかった。
『言いたいことがあるならはっきりと言え。お前も俺となんか婚約したくないんだろう?』
問いかけると、一瞬セリアはビックリした顔になった。
意識的に冷たい口調で、俺は言葉を続ける。
『帰れ。家と家の関係など、俺には興味がない。時間の無駄だ』
『は、はい。ごめんなさい……それはそうですよね。セリアは……ダメな子ですから』
セリアは肩を落として、俺の前から去っていった。
最初から最後まで、自分を卑下する人間だった。
謙遜のつもりかもしれないが、ここまでいくと鬱陶しくも感じる。
少なくても、ノーラがあんな調子のままだったら、婚約話に興味がそそられることすらなかっただろう。
「……ノーラと友達になったんだな。ノーラと俺の話は知っているだろう?」
「うん。アシュトン様にお似合いの方だと思う」
じゃっかんセリアの声が弾んだように聞こえた。
おや……ノーラの話になると、上手く喋れるのか?
俺はそこに活路を見出し、ノーラの話題を振った。
「ノーラはどうだ? 変なヤツだろう」
「変な……? ううん、そう思いません。ノーラはとっても魅力的で……太陽のような人ですから」
「太陽のような……か。くくく。まさしくその通りかもしれないな」
ノーラの近くにいると、気分が高揚するような不思議な気持ちになる。
公爵令嬢ということもあって、このようなパーティーにノーラは何度も呼ばれてきたんだろう。
その中で彼女がどうたち振る舞うのか、何日も前から楽しみにしていた。
そしてつまらない挨拶回りを終え、ノーラの元へ帰ろうとした時……すぐに彼女の姿は見つけられなかった。
しかし代わりにライマーはすぐに見つかった。何故だか彼の両手はお皿で塞がっていた。
そんなライマーは怒りながら言う。
『聞いてください、アシュトンさんっ! あいつ……おれに皿を押し付けて、どこかに行きやがりました!』
『あいつ……ノーラのことだな? その皿はお前が食べる分じゃないのか?』
『食事を取る余裕なんてありませんよ!』
まあそれはそうだ。
それよりも……会話よりも料理に夢中になる公爵令嬢がどこにいるだろうか? 聞いたことがない。
だが、ノーラなら有り得る。
ライマーが不満そうにしながら持っている料理の皿を見ると、彼女が美味しそうに料理を頬張っている姿が瞼の裏に浮かぶようであった。
そしてノーラは俺たちのところに戻ってきた。
さらに彼女はセリアを友達と紹介し、俺は驚いてすぐに言葉を紡げなかった。
不思議なものだ。
今まで何人もの婚約者候補が俺の前に現れてきた。彼女たちの顔など、ほとんど忘れたというのに……。
しかし俺の心をざわつかせたセリアのことは、何故か強く印象に残っていた。
「ノーラと仲良くしてやって欲しい。機会があれば、自由に俺の屋敷を訪れてもいいぞ」
「いいの?」
セリアの目が期待で光った。
それを見て、俺はつい笑ってしまいそうになる。
「ああ。それにしても、どういう経緯でノーラと友達になったんだ? お前から話しかけたとは思いにくいし……」
「ノ、ノーラはねっ!」
セリアは興奮した面持ちで、ノーラのことを語り始めた。
彼女が饒舌に話している姿を見て、俺はますます驚くことになった。
ほお……こういう表情もするんだな。
これが彼女の元々の姿なんだろうか?
いや、それともノーラに触発されて、性格が少し明るくなったのか?
なんとなく両方のような気がした。
「アシュトン様も……幸せですね。あんな魅力的な方と婚約出来るなんて……」
「幸せか」
セリアにそう言われて、俺は考え込んでしまう。
確かに彼女は魅力的な人間だ。彼女と一緒にいると楽しい気持ちになる。
彼女には幸せになって欲しいし、そのためなら俺は力を惜しまないだろう。
だが、だからといって俺が幸せになっていいわけではない。
「俺は幸せになってはいけない人間なのだ」
「え?」
思わず言葉を漏らしてしまっていると、セリアが目を丸くしていた。
「すまない。今のは忘れてくれ。深い意味はない」
慌てて、俺は訂正する。
セリアは首をひねっていた。
「……その、なんだ。お前も早く素敵なパートナーを見つけろよ。俺が言うのも変な話ではあるが……」
これ以上追求されたくなかったので、強引に話を変えた。
するとセリアは首を勢いよく横に振って、
「ううん。セリアにはもういいんだ。だって、あんなに素敵な人と友達になれたんだから」
満足げな顔で言った。
セリアの視線が離れたところでライマーと話している、ノーラに向かっているのは分かった。
いつも自信なさげに俯いていた彼女を、少しの間でここまで変えてしまうとはな。
全く。ノーラの魅力は女性にも伝わってしまうということか。
セリアと一緒にノーラを眺める。
ノーラの存在がいつもより大きく見えるのであった。
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