22・明るみなった真実(エリーザ視点)
【SIDE エリーザ】
「ん……エリーザ。来てたのかい」
王城。レオナルトの自室にて。
エリーザは一人、椅子に座り愕然としていた。彼女のテーブルの前には紙束が散らばっている。
稽古を終え、部屋に戻ってきたレオナルトは不思議そうな顔をしていた。しかし彼からは、エリーザの背中が邪魔になっていて、テーブルに置かれている紙束が見えない。
「エリーザ……?」
レオナルトが呼びかけても、エリーザは微動だにしなかった。
背中を丸めて、椅子に座っていた。
「どうしたんだい、エリーザ。なにか嫌なことでもあったのかい? なにがあったんだ。僕に言って……」
と口にしながら、レオナルトが歩み寄る。
やがてレオナルトからでも、その紙束が見えるようになる。
「そ、それは……!」
彼が慌てて、すぐさま紙束を取り上げようとした瞬間であった。
エリーザは立ち上がり、
「これはどういうことですか! 説明してください!」
と大きな声を上げたのであった。
エリーザは彼に詰め寄る。
「い、いや……違う。そ、それは……」
なんとかしてレオナルトが言い訳しようとしていることが分かった。
しどろもどろで上手く言葉を紡げないみたいだった。
しかし今更もう遅い。調べはついているのだ。
エリーザは一枚の紙を取って、レオナルトの前に叩きつける。
「あなた……借金をしていたんですね?」
レオナルトは言葉に詰まる。
「ち、違うんだ……し、信じてくれ!」
声を上げるが、今のエリーザは彼の言葉など一切信じない。
──あの時。
近衛騎士から聞いたレオナルトの評判は、エリーザにとって衝撃的なものであった。
『あいつは勉強も運動も出来ないダメダメ王子。しかもそれだけではない。これは噂だが、女絡みで借金も抱えているらしい。そんな王子に陛下もお怒りだ。王座など、一番遠い王子だろう』
最初、近衛騎士が嘘を吐いていると思った。
しかしどうやらレオナルトが勉強も運動も出来ないことは、間違いないようである。
必死に目を背けてきたが、近衛騎士たちの言葉によって、エリーザの中で疑念が爆発した。
それからエリーザはレオナルトのことを調査した。
彼女はこれでも伯爵家だ。その気になれば、金を使って調べることが出来る。
すると出る出る……レオナルトの汚いところ。
まずエリーザが目にした成績表は本物のもの。
レオナルトは学院で優秀どころか、絵に書いたような劣等生だった。
いつも成績はビリに近かったという。
運動は言うまでもないだろう。
ただ出来ないだけならまだしも、稽古中に逃げ出す根性なし。さらに稽古を付けてくれる先生に暴言を吐くこともしばしば。
そのため騎士団からは評判がすこぶる悪かった。
だが、それだけならまだ良かった。
どれだけ悪くても、レオナルトは第一王子。その立場は本物のものである。いくら勉強や運動が出来なくても、王位争いで少し不利になるくらい。大局には影響しないだろう。
しかしレオナルトはエリーザの想像を遥かに超えるクズであった。
「知っていますわよ? お店の女の子に随分熱を上げているようですわね。名前はアリサといいましたか? マーズとかいう女もいましたね?」
「…………」
レオナルトは口をパクパクさせている。反論の余地もないだろう。
そう……レオナルトはお店の女に大量の金を貢いでいたのだ。
たかがお店の女に貢ぐくらいなら、大した金額にはならないだろう。
しかしレオナルトは違った。
レオナルト自身に渡される莫大な小遣い。一月に渡されるのは、四人家族の平民が三年は普通に暮らせる……それくらいの金額だ。
そのお金を全て貢いでいた。
しかも一店舗だけではない。複数の店舗だ。
「しかも随分高そうな宝石や絵画も買い集めているようですね。無駄遣いが過ぎます」
「そ、それは必要経費なんだ! 芸術のことも勉強しなければ、諸外国に舐められ……」
「お小遣いの範囲ならよかったでしょう。しかしあなた……国庫にも手を付けていましたわね? これって横領って言うんですよ。知っていましたか?」
エリーザが少し追求すると、レオナルトは口をもごもごと動かす。
「この借金。どうやって返済するつもりですか? 陛下にまた泣きつくつもりですか?」
エリーザが掲げているのは借用書である。
伯爵家の彼女から見ても、目が回りそうな金額が書かれている。
「もう頼れませんわよね? 今まで散々、陛下に尻拭いをしてもらったんですから」
エリーザは知らなかったことだが、数年前。
あまりの借金の多さにレオナルトが国王陛下に泣きついたことがあったらしい。
その時は「もう二度とこんなことはしない!」と言って、ことなきを得たそうなのだが……。
それなのにもう一度同じ過ちをするとは……自業自得である。
陛下には頼れない。
「どうして……っ! こんなことに! なにか言ったらどうなんですか!!」
「ぶほおぉっ!」
エリーザはレオナルトの頬をビンタする。
彼は間抜けな声を上げて、床に転がった。
本当ならば彼女に処刑が言い渡されてもおかしくないほどの不敬な行動だ。
しかしそうはならない。エリーザも分かっていた。
レオナルトは最早、王族からそっぽを向かれているほどのクズ王子なのだと……。
「なんで、こんなことに……」
レオナルトをぶっ叩いても、彼女の気は晴れない。
エリーザの父はこのことを知っていたのだろうか。
王族と貴族の婚約だ。当然本人同士の問題だけではない。伯爵家にとってもこの婚約は大事だったはず。
それなのに、わざわざ見捨てられたクズ王子と娘を婚約をさせようとするだろうか?
いくら相手が王子でも有り得ないと思う。
だが、それを彼女の父に問い質しても、明確な答えは返ってこなかった。
(おそらく……このことはお父様も知っていたはず。それなのにどうして彼との婚約を?)
元々この婚約はエリーザが望んだことだ。
しかしいざ婚約が決まろうとする時、家族からの反対はなかった。それがいまいち理解出来ない。
(今はそんなことを気にしている場合じゃない。早くこいつを切り捨てないと、わたくしにまで被害が……)
と思いかけた時であった。
「失礼します」
一人の臣下が部屋に入ってくる。
彼は部屋の惨状にも眉一つ動かさず、淡々とこう告げた。
「レオナルト殿下。国王陛下がお呼びです」
◆ ◆
「……もう僕も終わりだ。陛下から王族からの追放を言い渡された」
陛下から呼び出しを受けて、レオナルトが玉座の間に行った後。
ほどなくして彼は部屋に戻ってきて、頭を抱えてエリーザに言った。
「……そうですか」
それに対して、エリーザは冷たい声でそう一言言うのみである。
少し早かったが、このことは予想出来ていたからだ。
王族からの追放。
それはすなわち、レオナルトは第一王子でもなんでもなくなったということだ。
こんなクズ王子なのに、何故今まで放置されていたのか?
エリーザは冷静に分析する。
おそらく、ノーラとの婚約があったからだろう。
彼女は性根が腐った女だが、あれでもエナンセア公爵家の令嬢なのである。王族としても、エナンセア公爵家と結びつきが出来るのは大きい。
何故ならエナンセア公爵家は長年続く、由緒正しき貴族だからである。当然他の貴族たちとの仲もいい。
つまりエナンセア公爵家を抱えれば、それだけで多数の貴族との結びつきも強固なものにすることが出来るのだ。
問題はエナンセア公爵家の方だ。
彼らはレオナルトの状況を知らなかったのだろうか?
いや、それも考えにくい。
エナンセア公爵家は全て承知で、ノーラをレオナルトと婚約させていたのである。
もっとも婚約する前は、レオナルトが抱えている借金もまだどうになかなる金額であった。
それがだんだん膨らんでいき……今回で爆発したのだ。
(最悪の場合、エナンセア公爵家がレオナルトの借金を肩代わりするつもりだったのでしょうか? それほどまでに、レオナルトとの婚約を大事にした? ……いえ、エナンセア公爵家の立場だったら、そうしてもおかしくはないでしょうけど)
何度も言うが、レオナルトは腐っても第一王子。逆に言えばそこだけには利用価値がある。
もしエナンセア公爵家がレオナルトの借金を肩代わりしたとして、そうなったらさすがに彼も公爵家には頭が上がらなくなる。王族側としても、エナンセア公爵家に恩を売ることになる。
そこにエナンセア公爵家は活路を見出した。
もしくはレオナルトがここまでバカだったことを見抜いていなかった可能性も否めないが……どちらにせよ、全て知って婚約していただろう。
こういうことから、レオナルトとノーラの婚約は双方にとってメリットがあった。
(もちろん……ノーラもこのことを知っていたはず。あの子は自分がそうやって利用されているのにも関わらず、レオナルトとの婚約を継続していた)
薄氷を踏むような状況。
しかしそれをレオナルトは自分から崩してしまった。
こうなってしまっては、もうレオナルトに利用価値はない。
そこで今回、陛下はレオナルトに追放を言い渡したのだろう。
「ああ……どうしてこんなことに……」
目が虚ろなレオナルト。
(それを言いたいのは、わたくしの方ですわ!)
そんな彼に怒りを覚えたが、もうこれ以上なにも言う気が起こらない。彼にほとほと呆れ果ててしまった。
(ノーラもノーラよ! このことが分かっているなら、最初から言いなさいよ! どうしてわたくしに隠していたのよ!? 大方、こうなることを見越して、ノーラはほくそ笑んだでしょうね!)
レオナルト──そしてノーラに対する負の感情が、エリーザの中で膨らんでいった。
〈──そうだ、その調子だ。憎しみを増幅させろ。もう少しで──〉
「え?」
急に声が聞こえた。
一瞬レオナルトのものかと思った。しかし違う。彼はとうとう床に蹲り、惨めに泣いていたのだ。
(ま、間抜けすぎる……どうしてわたくし、こんな方を好きになったんでしょうか?)
全てが明るみになった瞬間、レオナルトに対する愛情は完全になくなってしまった。
キョロキョロと辺りを見渡すが、この部屋にはエリーザたち以外に誰もいない。
(なんだったのかしら……今の声は……)
しかし今の声を聞くと、不思議と落ち着いた気分になった。
もう一度聞きたい。今の声がきっとわたくしの助けになってくれるはず。
根拠がないそんな考えが、エリーザに生まれるのであった。
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!
よろしくお願いいたします!




