19・公爵令嬢、暇になる
あれから数日が経った。
この数日間、私は充実した日々を送っていた。
朝起きたらカスペルさんのご飯を食べて、そこからアシュトンに付いていって街中に出る。
アシュトン自身は私に屋敷の中でおとなしくして欲しいみたいだけど……私がそれで満足するわけがないわ。
彼との会話を思い出す。
『なんだと? ダンジョン攻略を手伝わせてくれだと?』
『うん。ダメ?』
『……整理しよう。お前は俺の婚約者。そして公爵令嬢だ。俺の仕事を付き合う必要はどこにもないわけだが……』
『だって屋敷の中でおとなしくしておくのも暇なんですもの。だったら私はなにをしておけば?』
『別になにかをする必要はない。読書でもして時間を潰しておいてくれ』
『それで……本当にいいと思ってるの? 私が満足するとでも?』
『……いや、思わないな』
今思うと、詰めるような真似をしてしまって申し訳ない。
会話は続く。
『前の一件で私の実力は分かったでしょう? 部屋の中でぬくぬくおとなしくするなんて、私の性分じゃないわ』
『分かった分かった。だからそう怖い顔をしないでくれ。分かった。だが、ダンジョンの中では俺から離れるなよ』
……というわけで何度かダンジョンに連れて行ってもらった。
初めてのダンジョンは新鮮で、色々な発見があった。
でもただダンジョンを見学しに行っているわけでもない。
アシュトンと共にたくさんの魔物を倒し、仕事に貢献した……と思う。
問題はアシュトンとギルドに帰ると「最強の夫婦の帰還だ!」といちいち騒がれることだけど……些細な問題よね。
というわけで刺激もある日々に、特に不満はなかったのだけど……。
「カスペル」
「なんでしょうか?」
紅茶を淹れるカスペルさんに、私はこう話しかける。
「暇だわ。どうして今日は私を連れて行ってくれなかったのかしら?」
「聞いているでしょう? 今日のアシュトン様は領主との話し合い。さすがにノーラ様を連れて行けないと」
カスペルさんがそう言いながら、私に紅茶が入ったティーカップを渡す。
「ありがとう」
礼を言いながらそれを受け取り、早速紅茶を口に含む。
……ふう、美味しいわ。ひとくち、口にするだけで落ち着く。
カスペルさん、紅茶を淹れるのも上手いのよね。
高級な茶葉を使っている様子はないから、これもきっと彼の紅茶を淹れる腕のおかげだろう。
こんなに美味しかったら、いつか王都にいるお父様にも飲んでもらいたいわ。
「……まあ話し合いとなったら、私が出て行っても仕方がないしね」
「ノーラ様。あまりそういったことが得意なように見えませんしね」
「あら、失礼ね。私、口喧嘩なら誰にも負けたことがないのよ」
「だからです。別にアシュトン様は口喧嘩をしに行ったわけでもありませんから。ただの定例報告ですしね」
カスペルさんが苦笑する。
……領主との話し合いもちょっとは興味があったけど、あまりアシュトンに我がままを言うのもいけないでしょう。
アシュトンなら私が我がままを言ったら、なんだかんだで全て受けていれてくれそうな気がする。
だからといって、それが彼を困らせていい理由にはならないわ。
「アシュトン様から貰った魔法書は、もう読んだんですか?」
カスペルさんの質問に、私は首肯する。
今朝……アシュトンが屋敷を出る前。私が退屈そうにしていたためか、何冊かの魔法書を渡してくれた。
『今日のところはそれでも読んで、暇を潰しておいてくれ。お前は魔法書も好きだろう?』
と。
なんだか駄々をこねる子どもに玩具を買い与えるような行為ね。
そう不満に思わないでもなかったが、魔法書が好きなことは事実だ。おとなしく自室で読書していたんだけど……。
「もう全部、読んでしまったわ」
「……お見それしました。魔法書は結構な量だったと思いますけど?」
「あれくらい、すぐに読み終わるわよ」
そういうわけで、あっという間に暇になってしまった私はカスペルさんと話しにきたわけである。
まあ彼の淹れた紅茶が飲みたかったというのもあるけどね!
「あーあ、暇ね……これからなにしようかしら。アシュトンが戻るのは夜になるのよね」
「ですね。散歩でもしていたらどうでしょうか。屋敷の周りだったら、アシュトン様もなにも言わないと思いますよ」
「んー……散歩ねえ」
いまいち心惹かれない。
このもやもやした気持ちは散歩なんかで発散出来ないわ!
だけどカスペルさんも仕事があるのに、いつまでも私の話し相手に付き合わせておけないだろう。
「仕方がない」
ティーカップをテーブルに置いて、立ち上がる。
「庭で魔法の練習でもしておくわ。魔法書を読んで、いくつか試してみたいことも出来たしね」
「ですか。まあノーラ様は体を動かしている方が、性分に合うかもしれませんね」
「その通りよ。あ、紅茶ごちそうさま。美味しかったわ」
「ありがとうございます」
私がカスペルさんの前から、立ち去ろうとすると……。
「あ、ノーラ様」
彼に呼び止められる。
「なに?」
「アシュトン様は言い忘れていたみたいですが、今日はラ──いえ。まあアシュトン様にもお考えがあるでしょう。失言でした。今のことは忘れてください」
「?」
気になるけど、問い詰めてもカスペルさんはそれ以上なにも喋りそうにない。
なんだったのかしら?
先ほどのことに気になりつつも、私は庭に向かった。
◆ ◆
「アイス」
なにもない場所に向かって氷魔法を発動する。
すると地面から氷柱が現れる。こうやって下から攻撃すれば、魔物を倒すことも出来るのよ。
しかし……。
「うーん、いまいち上手くいかないわね」
私はその結果に満足していなかった。私が使おうとしている魔法とはちょっと違っていたからだ。
「形を整えるのが難しいわね。魔力の定着。そして変化……それをもっと肌で感じ取らなくちゃっ」
グッと両拳に力を入れる。
でもちょっとずつ上手くなっている気がする。この調子でやっていけば、いずれは私が思う魔法を発現することが……。
「おい!」
……と思っていたら。
視界から男の子の声が聞こえ、そちらの方に私は顔を向ける。
「腰に剣を刺し、魔法を使う女……間違いない! お前がアシュトンさんに新しく出来た弟子というヤツだな!」
彼は大股で私に近付いてくる。
金色の髪をして、顔立ちの整った少年だった。だけどちょっと身長が低い。私もそんなに身長が高い方じゃないけど、同じくらいじゃないかしら?
一体なにごと?
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