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美少女男子高校生の日常  作者: くろめる
第二章 夏
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悪魔メフィスト

薄暗い境内に嬌声が響き渡る。

とろけるように、舐め取るように、聞くものの心をざわつかせる。


「あああああぁぁ……。素晴らしい!!素晴らしいエネルギーですヨォ……!」


黒いまっすぐな髪の毛をボブカットにした女性が大きく体を逸らし歓喜に身を震わせている。


「わたくしの美学に反し少々直接的な手に出てしまいましたが、それを補ってあまりあるッ!きひひひひひひひひひひひ!!」


狂ったような笑い声が境内に響く。

聞いているだけで頭がおかしくなりそうだ。

だが、それよりも問題なのが目の前で倒れている少女、いや少年か。


背の高い少年が倒れている線の細い少年へ駆け寄る。


「コウ!おい、しっかりしろ!コウッ!」


「ああああああぐっぐぐぐあああああああああアアアアア!!!!」


大きなうめき声を上げ境内の土の上をのたうちまわる。

下手に暴れて怪我をしないように体を押さえつける。

今までであれば胸元には女性を象徴する物体があったのだが、今ではすっかり平坦になっている。


「…体が元にもどっている……」


愕然として呟く。


「きひひひひ、いやあぁ、こんなにうまくいくとは思いませんでしたネェ」


ケタケタと笑いながら女性が近づいてくる。ゆらゆらと、まるで幽鬼のようだ。


「…お前は、誰だ…」


「あらあら、誰だなんて寂しい。1年以上も一緒にいたではありませんか」


大仰に天を仰いで額に手をあてて、悲しんでいると体で表現する。

だがその姿はとてもそうは見えない。どちらかといえば、楽しくて楽しくて、笑いを堪えているようだ。


「ふざけんな、青山はこんな真似しない。お前は青山じゃねえ!」


「きひひひ、左様でございますか、ならば改めてご挨拶おば。お初にお目にかかります。悪魔メフィストでございますヨォ」


優雅に一礼。顔にはニタリと薄気味悪い歪んだ笑顔を貼り付けている。

整った顔であるだけに違和感がすさまじい。見ているだけで不安に駆られる表情だ。


「…お前が、悪魔…か……いつから青山になり変わっていた?」


「はてさて、いつからでございましょう。それよりも、そこに転がっている彼の心配をしてはいかがでしょう?半ば強引に戻しましたからネェ。体に反動が帰ってきていることでしょう」


コウは暴れることはなくなったが、体のところどころから血を流している。

目の焦点は合っておらず、小さくうめき声をあげている。


「てめえ……ッ!」


「きひひ。そう睨まないでくださいヨォ。アキツグさん。彼を女の子にしてしまったという良心の呵責からあなたを解き放ってあげたのですよ?ああ、そういえば、あなたはその方に恋をしてらしたのでしたネェ?なれば申し訳ないことをしてしまいました。女性器は失われてしまっているので楽しまれるのであれば後ろの方をお使いになるのがよろしいかと?」


ぎりりとあたりに聞こえるくらいに歯を食いしばる。


「なんのためにコウを男に戻した」


「それはもちろん、"負"のエネルギー回収のためでございますヨォ。お仲間の方から伺ってらっしゃるでしょう?我々悪魔の目的は常にソレでございます。」


「なんで今になって手を出してきた?」


「ええ、ええ。不思議かもしれませんねぇ。わたくしもこのように直接的な手を出すのは甚だ不本意でございます。ですがあまり手段を選んでいられない事態に陥りそうでしたので、ここは一つ決死の覚悟でやってきた次第でございます。ところで、ソレ、そろそろ頂戴してもよろしいでしょうか?」


そう言ってアキツグに抱えられているコウのことを指差す。


「は、冗談。簡単に渡すと思うか?」


「ええ。まぁ」


気軽にそう呟くと、コンマ1秒と経たず、アキツグの後ろに立った。

そして右手でアキツグの首を掴み持ち上げた。

彼の身長は高い。それに伴い体重も70kg以上はある。

それなのに、まるで発泡スチロールでも扱うかのように軽々と放り投げた。


「がはっ!!」


地面に背中をしたたかに打ち付けた。

そして誰にも守られることのなくなったコウを両手で持ち上げる。


「さて、あまり時間を稼がれても面倒なことになりますので、わたくしは退散いたします」


くるりと踵を返し、境内から姿を消そうとする。


「ま、待て!!コウをどうするつもりだ!!!」


「ええ、ええ、それはもちろん古今東西様々な拷問器具によりいたぶり続け、傷ついたら癒す。それを繰り返し壊れるまで負のエネルギーを吐き出し続けていただく所存でございます。ニコリ」


最後の言葉を聞き終わる前にアキツグが掴みかかるが、霞を掴むかのごとく、手をすり抜けていった。


「きひひひ。それでは御機嫌よう」


メフィストはそう言うと闇に溶け込み境内から離れようとしたーーところで


バチィィィ!!!!


「!?な、なんですこれはっ!!…結界だと!?なぜそんなものがここに……」


「それは僕が仕掛けたからだよ」


その声と同時に、暗闇から白い羽が飛び出しメフィストの胸に突き刺さった。


「ギイイィイッッ!!!?」


たまらず、コウを取り落とす。


「コウッ!」


アキツグが素早く駆け寄りキャッチする。


「いや、すまないすまない。もっと早くたどり着けると思ったのだが、少々手こずったよ」


ひょろりと背の高い痩せぎすの男がアキツグの肩を後ろから叩いた。


「マコト!…おせーぞこの野郎…」


「はは、これでも結構頑張ったんだよ。僕としても何度もコウくんを連れ去られては無能の烙印をおされてしまうからね」


気軽に声を交わし終えるとメフィストの方に向き直る。


「さて、キミが悪魔メフィストだね?僕の友人に手を出したからには無事で帰れるとは思っていないよね?」


「……わたくしを封じるような結界、簡単には用意できないはずですヨォ…」


「ふふ。それに関してはネタばらしをしてあげよう。なぁに単純なことさ、僕たちはキミがここで仕掛けてくるのがわかっていた。だから事前に準備をしておいただけさ」


「…な、なんですって!?」


驚愕の表情を浮かべるメフィスト。


「バカな…人間に入り込んだ時点で完全に気配は消しておいたハズ…それにわたくしに入り込まれた後、貴様と接触した様子もなかった…」


「簡単なことさ。キミが青山くんに取り憑いたのも計算の内だったのさ」


「…なっ…」


悪魔は弱い心に付け入る。メフィストはネムリアが高校に編入した時点で、己の計画をはやめることを決断した。積極的に動くとなればコウに近しい人間に取り憑くのが手っ取り早い。


コウの周りで心に迷いを持つ可能性が一番高かったのが青山だった。

青山がとある悩みで心揺れているところにメフィストは入り込んだ。

だが、それさえもマコトの計算の内だという。


「バカな…この女の悩みは本物。入り込んだわたくしが言うのですから間違いありませんヨォ…」


「そうだね。この計画に関しては青山くんには何も伝えていないからね」


「…わたくしがそこの彼から転換魔法の話を聞き出したのも…」


「計画の内さ。僕のかけた魔法の解き方をキミは知っていた。だが、魔法をかけたメンバーまでは把握していなかったようだね。まぁ、把握されないように気を使ったから当然なのだけど。なのでキミは可能性の高い、コウくんといつも一緒にいるメンバーに当たりをつけた。…本来なら青山くんの記憶を読み取って行動に移せればよかったのだろうけど、そう行かなかった」


「…転換魔法の部分の記憶が曖昧だったのは、貴方がそうさせたのですネェ…?」


「そういうことさ。そして毒島くんに接触したキミは彼がメンバーの一人だと確信する」


そうなれば解除するための準備が整う。

解除するには魔法をかけたメンバー5人のうち、最低2人以上の独白が必要になる。

本来であれば5人全員の独白を持って完全解除となるのであるが、メフィストは悪魔として上位の存在である。そのため綻びさえ起こせれば無理やり解除することが可能なのであった。


「となれば、決行は早い内が良い。放っておけばコウくんの女体化は完全なものになり、解除キーを持ってしても解けなくなっていたからね」


メフィストは完全にマコトの手のひらの上で踊らされていたことを自覚した。

大悪魔とも呼ばれたこの自分がこうも簡単に誘導されるとは。


「…最後にひとつ。ここまでの道のりは迷宮化していたはず…わざと通したその男ならともかく、天使ごときが簡単にやってこれるはずはないのですがネェ…」


「天使ならば、そうかもしれないね?しかし同じ悪魔だったらどうかな?」


マコトがそういうとメフィストの後ろから黒い影が飛び出した。

勢いそのままメフィストに術を行使する。


「黒き蔦よ!!」


光を反射しない黒い蔦が地面からせり出しメフィストに絡みついた。


「き、きさま…!?ネムリア!!!!!?」


「どーもメフィスト様。お久しぶりデス。…今回はちゃぁんと挨拶したのデスから怒らないでクダサイね?」


可愛らしくウィンクをした。見る人が見ればどんないたずらをしても許してしまう愛らしさがあった。

だが、この場合相手を挑発するだけに終わる。


「…ふざけているのですか貴方……なぜ天使に肩入れするような真似を?…いや、それよりも今すぐこの戒めを解かねば…どうなるかわかっていますよネェ…?」


静かに、だが確かな怒りを湛えてネムリアを睨みつけた。

だがネムリアは臆することなく返答を返す。


「…別に天使に味方したつもりはないのデス。……ただ、そこで転がっているそいつは、私の獲物というだけデス。私の獲物は渡せマセン。なので戒めも解きマセン」


その一言にさらに怒りを増し、睨みつけてくる。


「もともとはわたくしの獲物ッ!!それを横取りしようとしたのは貴様のほうではないかッ!!」


「ウルサイ。黙って滅べ」


ネムリアは蔦を操る手に力を込めた。そして、そのまま上へと持ち上げる。

すると、青山から黒い影が抜け出した。


「な、なんだこの力は…!?一介の悪魔が持つものとは思えないッ!?…まさか、サタン様が…」


「その通りデース♪サタン様の協力を頂いておりマース♪…メフィスト様もご存知ではなかったデスか?…サタン様は、可愛い女の子に甘いんデス」


そう言ってアキツグに抱き上げられているコウを指差した。


「お、おおおのれえええええ!!!!!!!……」


叫び声虚しく、黒い蔦に締め付けられて、悪魔メフィストは霧散してしまった。


「うん、流石ネムリアだね。術を使わせたら悪魔の中でもトップクラスだ」


「…ふん、この程度大したことないデス…ケド、いくらサタン様の許可が出ているとは言え同族を消し去ることになるとは思わなかったデス。今回の件は大きな貸しにしておくデス」


「心得ているよ。ひとまずコウくんと青山くんを運ばなくては。みんなも心配していることだろう」


「…それよりもお前、もう少し詳細に説明しろよ…"コウを狙っている悪魔を罠に嵌めるから時間を稼いでくれ"ってだけ言われても困る」


「それに関しては申し訳ないと思っているよ。けどキミは嘘があまりうまくないからね。あれこれ伝えるよりは時間稼ぎにだけ注力してもらったほうが良いと思ったのさ。…さて」


メフィストが取り憑いていた青山は気を失って倒れていた。

マコトが抱き上げようと肩に手をかけた。

すると、小さく身じろぎをして青山は目を覚ました。


「…迷惑、かけちゃったみたいだね…」


「いいや、申し訳ないが計算の内さ」


「…じゃあ、知ってたんだ、私の気持ち…」


「……そうだね…」


「…そっか……。ねえ、コウはこれからどうなるの?魔法は解けちゃったんでしょ?」


「それに関しては一つあてがある。心配いらないよ」


「…そう…ごめん、少し疲れちゃったみたい。寝ててもいいかな?」


「ああ。こう見えて僕は力持ちだからね。気にしないでいいよ」


青山はそう言って再び目を閉じた。




◇◇◇



私はコウが好きだった。

女の子ではなく男の子のコウが。


こういうとアレなんだけど、見た目がモロ好みだったんだよね。

一目惚れってやつだった。


可愛いもの好きを自称している私が、自分の理性をすっ飛ばされて、出会ったばかりの男の子に抱きつくなんてことありえなかった。


それに加えて案外男らしい所もあってね。


あれは出会って間もなかった頃。

コウはあまり女子とは会話できないでいた。

私ともそう。

いや、最初抱きついてしまったせいで、余計にギクシャクしていたっけ。

私の内はお金持ちなので、知っている人は私のことをそういう目で見ていた。

ある時そんな人たちの中の性根の腐った女達が下校途中の私に絡んできた。


「お前ん家、金持ちなんだってー?ちょっと恵んでくれない?内ビンボーでさぁ。あははは」

「とりま1万でいいよ。ねー?いいじゃん?可愛くってお金持ちとかさぁー、そんで頭もいいとか?人生イージーモードじゃん?少しくらいシアワセ分けてくれてもいいと思うわけよぉ」


…くっだらない。

お金とか容姿とか、人生はそれだけで決まるものじゃない。

もちろんそれに左右されることもあるだろう。

けれど一番大切なことは本人が何を成すかだ。

少なくとも私の父はそうだった。

もともとお金持ちでもなんでもなく、ただ情熱と努力だけで現在の地位を築いたのだ。

だから私もお金持ちだからといって努力を怠ったことはない。

そんなこともわからない馬鹿どもにくれてやる金など一銭たりとも存在しない。


…とまぁ、私も馬鹿正直にそいつらに言っちゃったわけ。

そしたらまぁ、熟れたトマトのように顔を真っ赤にして怒鳴り始めて、しまいにはそいつらの連れの男どももきちゃったりして。


女の子一人に多勢に無勢。いくらなんでも腰抜け過ぎないかと思っちゃった。

悔しいから思ったことそのまま言ったら、また逆上されちゃってね。

あー、さすがに言いすぎたかー、このままじゃ犯されるだけじゃ済まないかも…。

なんて今更ながらに後悔して、そうしたら足が震えてきちゃって。

情けないよね、どんなことされたって負けないと、覚悟を決めて生きてきたのに。


そんな時だった。


「おい。女一人に多勢に無勢。何をやっている腰抜けどもめ」


私と全く同じセリフを吐く奴が現れた。


当然馬鹿どもは切れたよね。切れてその声の主に襲いかかっていった。

けれど声の主はくるりと踵を返すと走り出した。追いつける程度の速さで。

そして追いついた順番に手に持っていた竹刀で叩き伏せていった。

なんだかんだで5人いた男達は全滅。残った馬鹿女2人は尻尾を巻いて逃げていった。


「いやー、流石に全員一気には難しそうだったからな。遅くなった」


そう言って照れ笑いを浮かべながら私の手をとって助けてくれた。

話すのも苦手な、しかも別に友達でもなんでもない女子を。

それがコウ。

私は本気でコウのことが王子様に見えたわ。


…私はコウが好きだった。


だから、本当は女の子になんてなってほしくなかった。

男の子に戻って欲しかった。

そんな気持ちを私はつけ込まれてしまった。


マコトは計算の内だと言ったけれども、本当のところはわからない。


私は女の子のコウも好き。可愛くて優しくてかっこいい。

大切な友達だと思っている。


けれど、このままじゃ多分だめなんだ。


私は自分の気持ちに、決着をつけなくてはならない。








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