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光り、きらきら

作者: 埴輪庭

 あるところに病気の女の子がいました。


 けほけほ。


 こんこん。


 毎日せきがとまりません。


 女の子はベッドから起き上がれなくなりました。


 お父さんとお母さんはとても心配しています。


 お医者さまは首を横にふるばかりでした。


 もう長くは生きられないようです。


 お父さんとお母さんは女の子にうそをつきました。


「だいじょうぶだよ。すぐになおるからね」


 女の子はうなずきます。


 けれど本当のことは分かっていました。


 体はどんどん重くなっていたからです。


 女の子は夜になるとこわくて泣きました。


「わたしはもうしんじゃうの?」


 お父さんは涙をこらえて言いました。


「死んだりしないよ。ほら空をごらん」


 お父さんは窓をあけて夜空をみせます。


 星がきらきらとまたたいていました。


 たくさんの星が光っています。


「きれいだろう」


「うん。とってもきれい」


「あの星はね、てんごくからもれている光なんだ」


 お父さんは女の子のやせた手をにぎりました。


「てんごくのゆかには小さな穴があいているんだよ」


 女の子はパチクリとまばたきをします。


「あっちの世界の光がその穴からこぼれているんだ」


「じゃあてんごくはとってもまぶしいところなのね」


「そうだよ。光がたくさんあるからね」


「さびしくない?」


「パパもママもあとからかならず行くよ」


 女の子は安心したように目を閉じました。


「わたし先に行ってるね」


「ああ待っていておくれ」


「うん。やくそく」


 女の子のいきがだんだんと小さくなります。


 すー。


 すー。


 部屋のなかがしんとなりました。


 お父さんはじっとその顔を見つめます。


 窓の外では星がいっそう強く輝いていました。


 やがて小さな胸がうごかなくなります。


 女の子は深いねむりにつきました。


 お父さんとお母さんは朝までそばにいました。


 でも女の子はもう、起きる事はありませんでした。


 ◇


 それから庭の木が葉っぱをおとして、また緑になって。


 それを何度か繰り返します。


 家の中からは少しずつ色が消えていきました。


 女の子の茶わんは棚のおくにしまわれます。


 赤い靴はげんかんのすみで眠っていました。


 お母さんは毎日女の子の写真に手を合わせます。


 その背中が日に日に小さくなっていきました。


 あるばんのことです。


 台所でお皿のわれる音がしました。


 お父さんがかけていくとお母さんがたおれています。


 体は火のように熱くなっていました。


「ごめんなさい。あなた」


 お母さんの顔は真っ白でした。


 あの病気です。


 町じゅうに広がっているこわい病気でした。


 お医者さまはもう来ません。


 どこの病院もいっぱいで入れないからです。


 お父さんは一人で看病をつづけました。


 おでこに乗せるタオルをなんども水で冷やします。


 けれど熱は下がりません。


 お母さんのいきは女の子の最期とおなじ音でした。


 ひゅう。


 ひゅう。


 その音を聞くたびにお父さんの胸がいたみます。


 こわくてたまりませんでした。


「あの子が待ってる」


 お母さんはうわごとのようにくり返します。


「まだだ。まだ行かないでおくれ」


 お父さんは必死に手をにぎりました。


 けれど熱は指のすきまから逃げていきます。


「あなたを残していくのがつらいわ」


 お母さんが空中に手をのばしました。


 なにかをつかもうとして指が空をかきます。


 その手がふらりと落ちました。


 時計の針の音だけが大きくひびきます。


 チク、タク。


 チク、タク。


 それはお父さんをひとりぼっちにする音でした。


 ◆


 ひとりきりの生活が始まります。


 広い家は誰もいないみたいに静かでした。


 お話をする相手もいません。


 夕暮れどきに電気をつけるときがいちばん寂しいです。


 誰もいない部屋をあかりが照らし出すからです。


 そんな寂しい暮らしをしているお父さんは、ある朝にのどが痛いことに気づきました。


 ごほん。


 軽いせきでした。


 でも日をおうごとにせきは大きくなっていきます。


 お父さんも病気になったのです。


 それからどんどん、お父さんは弱っていきました。


 鏡に映る顔はまるで別人のようです。


 ほおがこけて目はくぼんでいました。


 まるでおばけみたいな姿のお父さん。


 お水を飲むちからさえ残っていません。


 のどが焼けるようにかわいています。


 あたまがぼんやりとしてきました。


 夢を見ているのか起きているのか分かりません。


「ひとりだ」


 お父さんはカサカサのくちびるを動かしました。


 壁のしみが人の顔に見えてきます。


 天井の模様がぐるぐると回ってせまってきました。


 まっくらな闇がすぐそこまで来ています。


 苦しい。


 いきが吸えません。


 ぞうきんを絞るみたいに胸がぎゅうっとなります。


 このまま誰にも知られずに消えてしまうのでしょう。


 ふと窓のほうを見ました。


 カーテンのすきまから光がもれています。


 なんとなく星を見ようと思いました。


 さいごにあの光を見たくなったのです。


 お父さんはさいごのちからをふりしぼります。


 ゆかをはって窓のそばまで進みました。


 つめがはがれそうなほどゆか板をかきます。


 窓のかぎに手をかけました。


 おもたい窓をうんとおして開けると。


 つめたい夜風が吹きこんできます。


 星が沢山きらきらと光っていました。


 それは今まで見たどの夜空よりもきれいです。


 ほうせき箱よりももっともっときれいでした。


 ひとつひとつの光が生きているみたいです。


「ああなんてきれいなんだろう」


 お父さんの目からなみだがこぼれました。


 痛みを忘れるほどの美しさです。


 しばらくほしをみているとなにか声が聞こえてきます。


「おとうさん。おとうさん」


 鈴を転がすようなかわいい声でした。


「あなた。ここよ」


 やさしい声です。


 お父さんは弾かれたように顔を上げました。


 それは死んでしまった女の子とお母さんの声ではありませんか。


 声だけではありません。


 すぐに顔も見えてきました。


 きらきらのむこうがわにふたりがいるのです。


 星々のすきまにふたつの影がうかんでいます。


 すきとおるような体でした。


 けれどたしかに彼女たちです。


 二人はにっこりわらって手まねきをしていました。


「どうせまぼろしだろう」


 お父さんはそういいましたが目からは涙がながれています。


「でもいいんだ。ぼくはもう死ぬ」


 お父さんは窓わくから身を乗り出します。


「まぼろしでもいい。二人をさいごに見れてうれしい」


 そう言って手を伸ばすと──


 ぐいっと引き上げられるような気がしました。


 うでを誰かに強くつかまれた感じです。


 でもそれはとてもやさしい力でした。


「え?」


 お父さんはびっくりして声をあげます。


 体はどんどん上へ上へと引き寄せられました。


 あのきらきらに向かってのぼっていきます。


 星空にすいこまれていきました。


 下の景色が遠ざかります。


 屋根のかわらが小さくなっていきました。


 やわらかい風が体を包みこみます。


 ふしぎと寒くはありません。


 むしろあたたかい毛布にくるまれているようでした。


 体の痛みが消えていきます。


 そして。


 光のまんなかに二人は立っていました。


「やっとあえたねお父さん」


「あなた」


 お父さんはふたりを抱きしめます。


 感触がありました。


 あたたかさと匂いがあります。


 お日さまのようななつかしい匂いです。


「なんてあたたかいんだろう。でもここはどこなんだい?」


 お父さんは涙でぬれた顔を上げました。


 まわりは満天の星空です。


 足もとには天の川が流れていました。


「きらきらだよ」


 女の子がそういって下を指さします。


 お父さんがそっちのほうを見ると今まで住んでいた家がみえました。


「ああ……」


 お父さんはほうっと大きく息を吐き出しました。


(了)

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