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正しい土魔法の使い方 ~理系おじさんの異世界生活~  作者: 麻鬼


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9話 異世界コミュニケーションです。

女は赤髪の長髪。かなり大柄で、俺よりも身長が高いかもしれない。今俺は湯船の下だからな。下がった位置から見上げる形になっている。

それだけでなく、筋肉質で腕の筋肉が盛り上がっているのが判る。一番盛り上がっているのは胸の方だが。


おっと、つい目をやってしまった。自粛、自粛。


なにしろ、目の前の相手は手に弓を構えている。

さすがに弓を引いたり、こちらを狙ったりしているわけではないが、矢はつがえたままだ。

背中には大きな剣も背負っている。ファンタジーに出てくる冒険者のような格好だ。


そういえば、今相手の話す言葉がちゃんと解ったな。会話が通じるかという心配もあったのだけれど。


「あのう、俺の話している言葉、解りますか?」


「なんだい、あんた外国人かい?」


言葉が通じるようだ。外国人か、と聞き返してきたことから推察すると、国が複数あって、別の国では言葉が変わるらしい。国家間を移動するのも普通にあり得ること、と思われる。地球と同じだな。


「あの、敵意はありませんから、矢を射たないでくださいね?」


両手をあげて害意のないことを示す。この世界でホールドアップが通じるかどうかは判らないが、意図くらいは伝わるだろう。


「手をあげろなんて言わないよ。あんたが何をしようと自由だし、あたしは兵士じゃない。ただ……」


言葉を濁して視線を下げてくる。せっかくの異世界人との初会話だ。できるだけ友好的に行きたいところだが、何か問題点でもあるのだろうか?


言葉が途切れた瞬間に、再び草むらが大きく揺れた。


「ちょっと、シンディ。そんなむやみに追いかけたって、ホーンラビットに追い付けないわよ」


頭についた葉をはたき落としながら、もう一人女性が現れた。


「どうしたの、いったい何して……、き、ぎゃぁぁぁぁぁ」


薄茶色の髪をして丸メガネをかけた少女、背が低めなので幼く見える、は俺を見るなり声をあげると、振り返ってうずくまった。二本の長いお下げが鞭のように回転したな。


「うん? どうしたんだ? あんたの知り合いか?」


赤髪の女-シンディと呼ばれたか-に訪ねる。


「うん、まあなんだ」


シンディはこちらを指差してくると、指す方向を斜め下へ。


「とりあえず、服を着ておくれよ」


ああ、そういえば俺って今、全裸だっけ。




タオルもないので、犬を真似して体を揺すって水気を飛ばす。ぶるんぶるん、と。

服を着ると湿っぽさを感じるが、天気も良いし気にしなければ乾くだろう。


そうして服を着ている間に、さらに二人、数が増えた。

彼女たちは4人で行動しているようだ。全員女性だ。


そして驚くことに、一人は白い髪で頭の上に耳がある。

猫耳獣人きたぁぁぁぁ。

いやまて、まだあせるな。もしかしたらただのファッションかもしれない。猫耳のついたカチューシャくらい、日本にだってあっただろう。

動きやすそうなズボンスタイル。そして、後ろに揺れる尻尾。ある、尻尾があるっ。

頭の横に人間耳は? 髪の毛が邪魔で見えないな。長髪ではないが、輪郭が隠れるほどには長さがある。


「どうしたの、この人。何でわたしの方を見ているのかしら?」


くう、語尾にニャは付かないのか。


最後の一人は金髪ストレートの美人さん。髪の質が見て判るほどに細くて柔らかだ。

俺はもうおじさんだから、若い美人さんをじろじろ見たりはしない。いろいろ手遅れな気はするが。

おや、髪から飛び出ているものが。

何だろうかと思ったら、あれも耳なのか?

細くて長い耳。

すると、エルフというやつだろうか?


「それで、此方はどちら様ですの?」


エルフさんは、なにやらお嬢様のような喋り方だな。エルフお嬢様だ。


ここで、名を聞くならばまずは自分から名乗れ、なんて俺は言わない。今時は電話がかかってきても、知らない電話番号であれば名乗ったりはしないのが正解だ。名乗ってしまうと番号と名前がリストになって売買されてしまうからな。

この世界で何と名乗るか、ちゃんと想定済みである。


「俺の名前は、ヨシツグだ。見ての通り旅のものだ」


名前はそのままにする。いきなり名前を変えても不自然だ。自分はそこまで器用じゃないと自信をもって言える。ふとした拍子に、偽名かと疑われるのは良くないだろう。

それに、元の世界との繋がりを残したい、という感傷みたいなものもある。


「ただの旅人は、こんなところで素っ裸になってたりはしないもんだがねえ」


シンディから突っ込みが入る。まあ、それは想定外だったしな。最初に会話するのは町の門番とかだと思ってたし。


「それは、なんというか、川の水が気持ち良さそうだったもので、つい、な。ほら、今日ちょっと暑いし」


「川で泳ぐほど暑くもないのではないかしら?」


今度は白猫嬢から突っ込みが来る。


「大丈夫だ、ほら、これ風呂だから」


即席の風呂場と熱している石を見せて説明する。

外で風呂を作ってくつろいでいる男、怪しいだろうか?


「まあ、そんなことより、ホーンラビットはどうなりましたの? シンディ?」


エルフ嬢は俺の事は気にしないことにしたようだ。

ホーンラビット、というとさっきの角ウサギの事だろうな。


「ああ、それなんだが、な」


シンディは地面に空いた穴に視線を向ける。アースホールで空けた穴には、ホーンラビットの死体が入ったままだ。


「これは、土魔法のピット? それとアースニードル? あなたの魔法ですか?」


ずっと黙ったままだったお下げ娘であったが、ホーンラビットの死体を検分してそう言った。

本当は神通力なのだが、こちらでは土魔法と呼ぶので正解のようだ。俺にとってはどちらも似たようなものだし、嘘とも言えないだろう。

アースホールはピットと言うらしい。


「うん、そうだ。そのウサギが襲ってきたんで仕留めたんだが、まずかったか?」


「いや、あたしは追いかけただけだからな、仕留めたあんたの獲物だよ。こっちはくたびれ損だけどね」


ペットとかでなくて良かったよ。


「必要なのなら、別に譲っても構わないぞ?」


俺としても、ただ遭遇したというだけで、苦労して探したというわけでもない。

肉は食べてみたいと思いはしたが。


「残念ながら、これじゃ役に立たないんだよね」


「そうね。今回の依頼は毛皮を集めることだもの。こんなに穴だらけになったのでは使えないわね」


なるほど、そういうことも考えなくてはならないのか。奥が深い。


大地知覚を発動してみる。


「川向こうの茂みに、もう一匹似たようなのがいるみたいだぞ?」


反応のあったところを指し示す。茂みから少し飛び出ているのは角の先のように見える。


「あら、いただいても宜しいのかしら?」


エルフ嬢の問いには肯定を返した。


「世界の根元たるマナよ、我が呼び掛けに応じ力を示せ。風を操る力となりて、疾く切り裂け」


金の髪が風に揺れる。そして、川向かいの茂みが一閃したかと思うと、首元が切断されて血を流したホーンラビットが川原に落ちてきた。


「まあ、こんなものですわ」


今のはエルフ嬢の魔法ということか。

ってか、今の呪文か? 呪文だなっ。




彼女らの目的は、ホーンラビットの毛皮を5匹分集めること、とのことで、今の一匹で依頼は達成したらしい。


これから街に帰るという彼女たちに、一緒に行っても良いか、と持ちかけたところ、最初は訝しげな目を向けられたが。


「まあ、あんたがあたしらと同じ方向に行くのを駄目とは言えないさ。変に近づいてきたり、おかしな真似をしないなら、だけどね」


シンディの一言で、一応の同行者となった。

煙たがられているかと思いきや、少し距離を開けて後について行く俺に、最初にお下げ娘が話しかけてきた。


「あなた、土魔法を使うんですよね? 冒険者ですか?」


「いや、冒険者ではないが、街についたらできれば仕事を探したいと思ってる」


冒険者か。何でも屋のような仕事というのが定番だが、彼女らも冒険者ということかな。ギルドとかあるんだろうか?


「他の属性の魔法は使えるんです?」


「いや、土魔法だけだ」


そう答えると、エルフ嬢が会話に入ってきた。


「あら、まあ。それで一人で旅だなんて、少し無謀ではありませんこと?」


そうなのか? 便利さに感激していたのだが、おじさんとしては。


「わたくしは、風、水、木、に無属性で4属性の魔法が使えますわ」


長い髪を肩口でかきあげる仕草-癖なのだろうか?-をしてエルフ嬢がそう言うが、これは自慢ということか? それとも、俺の方が扱き下ろされているのか? はたまた両方か?


ま、そんなことで、いちいちおじさんは怒ったりしないが。

今の会話でも有用な情報がたくさんあったからな。

魔法は属性で分類されていること。

一人で複数の属性を使うこともできること。

使える属性が多いと自慢になること。才能で決まってしまうシステムだろうか。

土魔法の他に木魔法というものが存在すること。俺の力でも石と木の棒が別扱いだったのは、そのせいかも知れない。

彼女たちとの会話はとても有用だな。不自然にならないように、できるだけ話してみよう。




そういえば名前を聞いておいて名乗っていなかった、と自己紹介をしてくれた。


赤髪の筋肉女はシンディ。リーダーをやっているとのこと。リーダーと言っても取り纏め役のようなもので、行動方針は必ず全員が意思表示をして決める、というのがルールとのことだ。

戦闘では一番前に出て、背中の大剣で戦うという。

戦闘が前提のお仕事らしい。


お下げっ娘の名前はアイリス。彼女は剣と魔法の両方で戦うとのことで、こちらの剣は片手でも持てるサイズだ。

4人の中では一番小柄で、年も低く14歳とのこと。

なお、シンディの年を聞こうとすると睨まれたので、やめておいた。

アイリスは眼鏡をかけている。大きめの丸眼鏡で、しばしば位置がずれてしまう様子。良く位置直しをしている。

そんな状態で剣を振り回したりできるのだろうか?

魔法の方が主体なのかな?


白猫嬢はユキという名で、猫獣人で合っているとのこと。大振りの片刃ナイフを両手に持って戦うスタイルだ、と言われた。

なんでこいつら、自己紹介がイコール戦い方の説明になるのだろうか。物騒なことだ。

しかし、ユキという名前は真っ白な髪に由来するものなのだろうか? 日本語なら雪から取った名前と思うところだが、今話している言葉が日本語なのか区別できていない。

言葉が理解できるように自動的に翻訳してくれている、という可能性もあるだろう。神通力の一環で。

服とか、まるっきり作り替えられてたわけだし、体も新しく作るみたいなことを言っていたしな、神様。


エルフ嬢はエレメアという名で、魔法使いだとのこと。魔法が使えない人も居る、という感じの言い方だな。そうであれば、土魔法が使えるというのはアドバンテージになるだろうか。

まあ、万一ならなかったとしても、森で不自由なく暮らせるのだから、問題ないだろう。


今向かっている先はファーレンと言う街らしい。川沿いに真っ直ぐ南下すれば着く。

仕事にありつけるかと問えば、街の外壁工事や農地の開拓はいつでも受け入れているらしい。土魔法使いにはお似合いですわ、と言われた。言ったのはもちろんエレメア。

なんか、口を開けばマウントとってくるな、こいつ。


冒険者として活動したいなら、自分達の利用している店を紹介しても良い、とも言ってくれた。こういう気配りをしてくれるのはシンディだ。

この4人、かなり凸凹チームのように思える。

すわ、冒険者ギルドとかあるのか? と期待したが、実態としてはただの酒場。経営しているマスターが町内会長のような位置付けで、店の中に依頼票の形で仕事が掲示されるシステムらしい。

ギルドカードやギルド間通信のような超文明はなかった。

それなりの広さがあって人が集まれる場所をもち、一日中家にいて仕事になる職業、となれば地域の代表になるのは判る。昔の日本でも、医者とか寺とか酒屋とかが地域の有力者になるケースは多かったみたいだし。


そんなこんなで話しているうちに、異世界最初の街ファーレンへと着いたのであった。



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