87話 非電化製品です。
何も、魔道具や電気製品だけが便利で文化的であることの全てではない。
科学知識を元にした、生活の知恵というものもあるのだ。
まあ、ある意味オーバーテクノロジーなのかもしれないけどね。
幸い、マッターホルン内もバードマウント内も、周囲は崖や壁で囲まれて日陰になっている部分がある。
日が高いといっても、赤道直下というわけではないのだ。
そんな、日の当たらない場所を利用して、密閉された建物を作る。
「随分シンプルに作るんだね、だんなにしては珍しい」
「まあ、ただの倉庫だしな。凝っても倉庫っぽく無くなるし、効率優先だ」
倉庫は小分けにして、それを囲むように密封された空間を作る。ここを水で満たす。
側面と倉庫のドアに当たる部分は細かい発泡状の穴を開けた断熱石でさらに包む。
水面の上部、倉庫の天井にあたる面を二重の透明ガラスで断熱する。
幸い、ここの空は澄み渡ったきれいな空だ。煙突からのスモッグや排気ガスなんてものはない。
まあ、今のところは、だが。
少なくとも、夏の間は暖房に薪を燃やしたりはしないだろう。
「で、倉庫を作るのはいいけどさ、これをどうするんだい?」
「食べ物とか、飲み物とか、タオルとか入れておくんだよ。氷ができるほどじゃないが、結構冷えるはずだ」
「はあ?」
ま、実際使ってみればわかるさ。
あとは、倉庫とは別に、外壁に沿って軽石を満たした容器状の出っ張りを作る。
「特に暑いときは、ここに水を撒くといい。それでも涼しくなるはずだ。やり過ぎると湿気がひどくなるけどな」
この辺はもともと森だからな。乾燥してるってわけではない。とはいえ、日本でだって打ち水は効果がある。
日本では当たり前の習慣だけれど、世界的に見るとあまり知られてないらいしな、これ。
さて、一応解説しておくと。
打ち水については解りやすいだろう。温度の高い時に道路に水を撒いて、水が気化する際の気化熱で地面の温度を奪うことで温度が下がる。
単に、それをやり易いようにしたものを、外壁沿いに並べただけである。
あんまり、生活空間で湿気を出すと、不快指数が上がるしね。
乾燥した土地であれば、二重にした容器の外側で水を気化させることで、冷蔵庫レベルに冷やすこともできる。ジーアポットってやつだな。
あいにく、ここではそこまで乾燥はしていない。
代わりに作ったのが倉庫の方。
こちらは放射冷却と呼ばれるシステムだ。
熱をもった物体は赤外線を発する。通常それはお互いに放出、吸収することで大きく変わることはないし、太陽からは一方的に大きな熱を受けとることになる。
しかし、熱の放出面を空に向けた場合、その熱を受けとる対象は宇宙空間であり、絶対零度の世界。
一方的に熱放出を行うことになり、結果冷えるわけだ。
ま、細かい理屈はともかく、便利なら良いのだ、便利なら。
もちろん、大地変容を使えば街の外壁ごと冷やしてしまうこともできるよ?
でも面倒じゃない、一日中そんなことしてるの。
暑さだって、いつまでも続くもんでもないしな。多少マシになれば状況も改善することだろう。
「で、効果はなかった訳か?」
変わらず居間を占領している女性陣に問いかけた。
「ん? 倉庫の話かい? すごく役に立ってるぜ」
「作物の保存にも良いので、ノストさんも喜んでましたよ」
そうか、それは良かった。
「なら、とっとと自分達の部屋に帰ったら良いじゃないか?」
風呂上がりに休むのはいいが、あまりに長くなると暗くなってしまうぞ。
「それはそれ、これはこれですわよ」
「せっかくお風呂に入ったのに、汗かきたくないです」
「もともと、洞窟を通るときは暗いんですもの、変わらないわ」
まあ、きちんと座っている分、以前よりマシにはなっているのだが、腰を上げる気はないらしい。
もう、こいつら専用に部屋を増やすべきだろうか?




