82話 ドラゴンスレイヤーの秘密
文字教本はエヴァンゼリンさんに清書してもらい、完成した。
まあ、ね。勉強する文字は今後の書き文字の基準として広まってしまうだけの影響力もあるだろうしね。良かったんだよ、これは。良かった良かった。
で、それはそれとして、文字を覚えたら次は本を読む楽しみというのを広めたい。
そうして、自分でも本を書いてみたい、という人が増えて行くわけだ。
その見本として、先駆けとなる本の製作は俺がやらねばならないだろう。
てことで、次に作るのは絵本だ。
勉強ではなく、娯楽として文字に触れるためのものだ。
しかし、最初は完全な創作よりも、歴史的出来事を題材にした方が受け入れられ易いだろうか。
そんなわけで。
「領主様。ドラゴン退治のお話を聞かせてください」
突撃ドラスレ家の晩御飯を敢行した。
「あの、その話はあまり……」
と、なぜか渋るドラスレ君。
子供達の前で父親の格好いいところを存分に語ってくれれば良いかと思ったのだが。
「アリスちゃんやシオン君は知らないのかい?」
シオン君は弟君のほう。9歳である。
お父さんそっくりの美形で、髪の色はお母さん譲りの銀髪。約束されたイケメンである。
「お父さん、全然教えてくれないの」
口を尖らせて答えるアリスちゃんの隣で、シオン君がこくこく、と頷く。
ドラスレ君はねだっても話してくれないらしい。
娘のおねだりも効かなかったのか。
「領地のためになることなんだ。協力してもらえないか?」
娘のおねだりが効かない以上、お仕事として義務感から攻めるしかないな。
「……では、食事のあとにヨシツグさんのお宅に伺いますので……」
ふ、チョロい。
晩御飯は美味しかったです。……料理上手の嫁さんか。なに、この完璧夫婦。
せっかくなのでお風呂にご招待。
湯船にワインの小壺を載せた桶を浮かべてホットワインをご提供。
これで口を滑ら、もとい、滑らかに語ってもらおう。
神妙な顔をするのが少々気になってはいたが、そんなドラスレ君がこう語った。
「……実は、僕はドラゴンを倒してはいないのです」
酒場の吟遊詩人の語るドラゴンスレイヤーの話はちょっとだけ聞いたことがある。
いわく。
ストンフォレストから降りてきた巨大なドラゴンが王都に迫る。そこに颯爽と立ち塞がる美貌の剣士。その姿は~、とドラスレ君の姿形に関する描写が延々と続く。
でもって、剣を一閃するとドラゴンは怯え、逃げ出す。それを追ってストンフォレストを登り、最後には一刀の元、ドラゴンの首を切り落とす。
ハンドレッド国に平和が訪れた。
と、まあ、そんな感じ。
「実は、僕にはドラゴンの知り合いがいまして、頼まれたのです。やんちゃな若いドラゴンを懲らしめるのに協力してほしい、と」
そして、撃退したのはドラスレ君だけの力ではなく、知り合いのドラゴンの協力があってのことで、ストンフォレストへ追い込んだ後も、人間にも強いやつはいる、侮るな、とドラゴン間で教育的指導が行われ、当のドラゴンは今でもピンピンしている。
「ドラゴンスレイヤーと呼ばれる度に、それが申し訳なく。しかし、この事は信頼できる相手にしか話してはいけない、と約束がありまして」
嫁さんは知っているそうだ。
意外な一面だったな。今後はドラスレ君と呼ぶのは控えるか。からかう時以外は。




