80話 人生について。
筋肉痛で3日寝込みました。
ベッドでうつ伏せの状態からまともに動けなかった。
そんな間、ずっと考えていた。
俺って別に、体を鍛えたいわけでも、戦士になりたいわけでもない、と。
まあ、だからといって、人や魔獣に襲われて死にたくはない。この辺の匙加減が難しいところだな。
そのうち戦争とか起きるかもしれないし。
100年の平和くらいはあっても、1000年の平和とか、難しいだろう。
だがしかし、俺がこの世界でやりたいことは、元の日本での生活の再現なのだ。
ひょんなことで不便な世界に送り込まれてしまったが、時間さえ掛ければいつかは便利な生活を取り戻せると思うのだ。
衣。着るものについては不満はない。ぶっちゃけ拘りはない。布団も手に入る。ベッドも作った。
そのうち、ウエットスーツを作って、改造して、変身ヒーローごっこでもするか。
食。こちらも心配はしていない。肉を狩ることもできれば、お金を稼いで野菜も穀物も果物も買うことができる。新しい調味料や食材については、お隣さんが探してくれるみたい。持つべきものは食いしん坊な隣人だ。
住。快適な家と広い敷地も手にいれた。家賃も固定資産税もかからない。
なので、あとは趣味を如何に充実させるか、という話なのだ。
要するに、漫画が読みたい。アニメが見たい。ゲームがしたい。
サブカルチャーだな。
「本とかってないの?」
見舞いに来たシンディ達に聞いてみた。
風呂上がりの休憩のついでだろうが、顔を出したのだから、広い意味では見舞いだろう。
寝てるだけだと暇なのだ。
シンディは、せっかく訓練したのに全部無駄になる、とジト目っているが。
「勉強用の絵本とかなら、領主のところにあるかも知れませんね」
「まあ、文字の勉強も、そろそろ、そういったもので進める方が良いかもしれませんわね」
いや、勉強したいわけじゃない。
「物語とかないの?」
それこそドラスレ君英雄譚とかありそうだし。実はシンディは恋愛小説が大好き、とか言われても今なら笑わないゾ。
「ヨシツグさんは、そんな本があったとして、いくらのお金を出せますか?」
ビジネスの話か。
「まあ、宿の食事一食分くらいなら」
大銅貨1枚だな。
真面目に答えたつもりなんだが、アイリスはやれやれ、とでも言いたげに手のひらを上に向けて首を振る。
「日雇いの仕事でも、1日で大銅貨10枚です。つまり、1日に10冊の本を作らないと割りに合いません。それも、自分で売るならの話で、商人に卸すなら良いところ半額でしょうね。20冊の本を作らないといけません。とても人の手では無理な話です」
「子供の勉強用ってことで、貴族の家なら教本くらいはあると思うけどな。まあ、例外なのが教国の出している聖書か。聖書で文字を勉強するってのも多いだろうね」
それって洗脳教育になるんじゃなかろうか?
「物語を楽しむなら、吟遊詩人よね」
「王都まで行けば、劇場もありますわよ」
ああ、そうね。劇とかになるのか。
それじゃあ、自分の部屋でって訳にはいかないなぁ。
いや、逆に考えたらどうだろうか?
「一冊、大銅貨一枚で本を出したら、売れると思うか?」
「ほうほう、詳しくお願いします」
……アイリスの眼鏡が光った。




