14話 戦い終わって。
……えーい、腹が立つ。
せめて門で身分証が見つからないとか、街に入る商人が行列になっているとか、時間稼ぎしてくれないか、などと妄想するものの人通りの少ない北門の出入りはスムーズだ。
……負けるのは嫌だ。
この担架がいけないのだ。向こうのように宙に浮かべて運ぶことができるなら。
そもそも、あれは何なのだろう。そういう魔法があったということか。
もともと、この勝負はいかに早く運ぶか、の勝負だったのだ。あんな魔法があるのならそりゃあ、勝てるだろうよ。
いや、それでも諦めたくはない。
ここから街までは固められた道になっている。
街に入れば石畳だ。
ならばあれが使えるか。
地面を引きずる担架の棒部分に対して大地変容で形状を変える。今度は分割した部品として。
片方は平たい円筒。回転する部品。そしてその中心軸を支える部品。タイヤだ。
できた全体像は、縮尺のいびつな猫車のよう。
「うぉぉぉぉ、負けいでかぁぁぁぁ」
最後のスパートを走った。
門を抜ければ酒場までは一直線。ふよふよと浮いた鹿は目立っていた。通行人が足を止めて見ている。
そこにさらに目立つ存在が追いすがった。
俺だ。
「勝てばよかろうなのだぁぁぁ」
エレメアはやっと俺に気付いたようだ。しかし、浮かせた鹿の移動速度は変わらない。そういう魔法だと言うことなのだろう。
あとはどちらが先にたどり着くかの勝負。
魔法による移動が間に合うか。
俺のダッシュ力が勝るか。
中央広場に入ったのはほぼ同時。
そして、酒場のカウンター前に飛び込んだのは、俺が先だった。
「だっしゃぁぁぁ」
俺はガッツポーズと共に勝利の雄叫びをあげる。
「あら、わたくしの負けですわね」
後から店に入ってきたエレメアは淡々と述べる。
なんだこいつ、もっと悔しがるかと思ったのに。
「マスター、依頼達成ですわ。肉も全部お引き取りくださいませ」
そういって宿の二階へと姿を消した。
なんだよ、しらけ世代かよ。せっかく頑張ったのに。
不完全燃焼な部分を残しつつ、依頼達成の報酬を受け取った。
何はともあれ、なかなか美味しい仕事だった。しばらく宿代は心配要らないな。ワイルドボアやグリーンディアも簡単に狩れるのが判った。アースサーチがあれば見つけるのは簡単だ。
いいじゃあないか、異世界生活。
部屋に戻って一休み。
ベッドに横になった俺はそのまま眠りについた。
目が覚めたときは、すでに暗くなっていた。眠っていたのは数刻といったところか。
酒場の方が騒がしい。もう夕食の時間のようだ。
部屋を出て階段を降りる。
「よう、やっと出てきたねぇ」
シンディが声をかけてくる。テーブルにはパーティメンバーが4人とも揃っているようだ。
すでに食事をとっているようだが、ずいぶんと山盛りの肉が並んでいるな。
「今日の夕食はずいぶんとボリュームたっぷりだな」
とはいっても、昨日の夕食と比べての話ではあるが。
昨日はこんなじゃなかったと思うのだが。
「ああ、たまにね。こういう日もあるのさ。祝ってくれてるみたいで、嬉しいね」
シンディは本当に嬉しそうに笑う。
「別に祝ってる訳じゃねえよ。肉がたくさん卸されたんだ。使わなきゃならんだろうが」
「あたしが、そう思ってるってだけさ」
マスターが水を差すような事をいうが、気にもしないようだ。
「なんか、お祝いでもあるのか?」
気になったので聞いてみる。
「今日はあたしの誕生日なんでね。だから、一日休みにしてたのさ」
「へえ、パーティ内で何かプレゼントでも贈り合ったり?」
「しない、しない。冒険者がそんなことしてたら、荷物は増えるわ金はかかるわで大変だろ。うちではそういうのはナシってのがルールさ」
そうして、満足そうに肉を頬張る。
エレメアの方を見るも、こちらに目を向けることもなく、静かに食事を続けていた。
皿に山盛りになっている肉は、猪肉と鹿肉か。
「ああ、そういう」
要するに、最初から俺は利用されていたってことか。
勝っても負けても、目的は果たせていたわけだ。
まったく、回りくどいことをする。
ツンデレかよ。
「何か言いたいことでもありまして?」
「いいえ、何にも」
エレメアが睨んでくるので、視線を外しておく。
「そういやエレメア、なんかヨシツグと勝負して負けたんだって?」
いやシンディ、それはもういいよ。って、また酒が入ってるのか。
「なんだよう、勝ったんなら、なんかお願いでも聞いてもらえよぉ。ほうら、エレメアにしてほしい事あんだろー。げひゃひゃひゃ」
ああもう、絡み酒だ。
「あら、何かわたくしに、シテホシイコトがありましたの? 勝負を持ちかけたのはこちらですもの、どうぞ言ってごらんあそばせ?」
うええ、こっちもなんか絡んできたぞ。
そのくせ、変なことでも言った日には、地獄を見そうな圧がある。
ま、とはいえ、せっかくだしな、うん。
「じゃあ、お願いしようかな」
意外な返事だったのだろうか? 一瞬エレメアの絡んでくる動きが止まった。
警戒するように腕で体を隠す。
別に、変なお願いじゃないよ?
「今度、文字を教えてくれないかな?」
今回のことで、不便なのを実感したからなぁ。




