72.スピナさんのその後
スピナさん視点です
扉が光、目の前が真っ白になり、その後真っ暗になった。
ようやく目が慣れて、周りが見えるようになり、私は絶句した。
「うそ、誰もいない」
目の前にはさっきまでの扉、なのに私だけしかいない。
「にゃー」
違った……私以外にもマスターのペット、トラちゃんがいる。
マスター以外には懐かないトラちゃんがどうして私と一緒にいるのだろう? ひとまずマスターを探さなければいけない、と思い後ろを振り返るがそこには壁しかなかった。
「ボス部屋に進むしかないのかな……」
前にはあかない扉、後ろには壁、生き残るにはなんとか扉を開けて行くしかないよね? 壁を壊した先に通路があるとは思えない。
「でも、扉は開かないから……」
そう言いながら扉を押すと、さっきまでの扉ではないようにスーッと扉が開いた。
私は開かないと思っていた扉が急に開いたので、そのままボス部屋に入ってしまった。
「嘘、そんな……」
さっき開いたはずの扉がなぜか閉まっていた。
後ろには閉まった状態の扉がある、そして前には2足で立ち、大きな斧を構えるブルの顔をした魔物、ミノタウロスが居た。
ミノタウロスは教会で最初に教えられた魔物だ、教会の敵、世界を破滅に陥れる魔獣。
教会を設立した初代の聖女様が命を賭して倒したと言われ、聖女はミノタウロスが現れた時の戦力として育てられる。
聖女は治療の魔法も使える為、教会の活動として治癒を行うので治癒士として認識されがちだが、実は戦力なのだ。でも、私は聖属性のスキルは持っているのに聖魔法をなにも使えない。
「死にたくない死にたくない死にたくない」
ベイツの街にたどり着いた頃、私はもう死んじゃってもいいかもと思っていた。
でも、マスターに声をかけてもらい、パーティーに入れてもらったことで新しい目標ができた。
それは一度諦めた聖属性スキル。聖属性スキルを使えるようになり、みんなを守ると決めたのに……
死んでもいいと考えていた自分はいつの間にかいなくなっていた、そして今ここに死にたくないと思っている自分がいる。まだ1年も経っていないのに、アタルさんに会って考え方が逆になっているなんてあの時の私は考えもしなかっただろう。
私が震えている間に、ミノタウロスは私の方に突進してきた。
「まだアタルさんに恩返しができていないのに! せめてトラちゃんだけでも守らないと!」
そういって、トラちゃんを抱えてミノタウロスから逃げるように走った。
アタルさんから教えてもらい、ずっと訓練してきた魔力循環を利用した身体強化を使ってもミノタウロスから距離を取れない。逃げるのに必死で攻撃まで手が回らない。
どうしようどうしようどうしよう……
焦った私は致命的なミスをしてしまった。
足がもつれて転んでしまったのだ、これでは助からないし、なによりトラちゃんを守れない。
「トラちゃんごめん」
ゴロゴロと転がりながら、それでもトラちゃんは絶対に離さない! 私が死ぬまでの間だけでもトラちゃんを守らなければ! もしかしたら扉の奥からアタルさんが助けに来てくれるかもしれない! 私は助からなくてもトラちゃんだけでも助かってくれれば私は満足だ。
そんな希望も一瞬で絶望になった、ミノタウロスが私に向かって斧を振り下ろした。
私はもう無理だと思い目を瞑った。
ごめんなさい……
『ヤレヤレだぜ』
知らない声が聞こえる……それに振り下ろされたはずのミノタウロスの斧の衝撃がまだこない。
恐る恐る目を開けると……目の前に斧があった。
「ひっ……」
『スピナは弱いくせにオイラを守ろうとするなんて、思い違いしてるニャ。でもその気持ちは聖女にとって大切なものニャ。主のお気に入りだし、ちょっとオイラが指導してやるニャ』
え、嘘、トラちゃんが話している。
「トラちゃん、話せるの?」
『そんなことはどうでもいいニャ。聖属性の強化魔法を掛けてやるから身体で慣れるニャ!』
トラちゃんがそういうと、私の身体がいつもよりも光出した、光るというより輝いている。すごい!
『その牛面を倒すまで頑張るニャ!』
「はい!がんばります!」
そう言って私は光輝いた魔力を身に纏いながらミノタウロスに突っ込んだ!
ドゴォォッォォン!
私はミノタウロスの攻撃をもろに受け、壁に叩きつけられた。




