26.ギルドの食堂初体験
一か月ほど経った、この世界にも夏があるらしい。
この一か月でかなり暑くなった。暑いのは苦手だ、昔の様にバカみたいな汗はかかないが、一回汗をかくとなかなか汗が引かない。
この世界に来た時、あっちの世界はゴールデンウィークちょっと前だった。こちらの世界も同じような季節だとしたら、六月になったあたりか……気候は似てそうだな。
先日、珍しく天気が荒れた。今日はみんな早朝から海岸へ向かっている。いい流木が見つかるといいね。
俺の異世界生活は順調だ。家の修理と、たまにあるクランクさんからのミドリ草の依頼をこなして、着々と貯金を殖やしている。
できれば香草などを見つけ出して食生活の向上を図りたいが、何分忙しい。
おもに釣りの時間を取るのに忙しい、釣りの合間に修理や採集をやっていると、他のところに手が回らない。あぁ、猫の手を借りたい。
最近トラは街の人に認知されたらしく、普通に歩いていても誰も警戒しない。むしろおやつをくれる人もいるくらいになじんでいる。採集に行くときはついてきてくれるが、町周辺で釣りをするときは別行動が多くなった。魚さえもらえればいいらしい。
そんなある日、俺はギルドへ指名依頼の確認に向かっていた。毎日一回は冒険者ギルドに寄っている。この街での依頼イコール俺への依頼なのだ。これは指名依頼と認識しても問題はないだろう。誰だって、受ける人がいなければ依頼は出さない。みんな俺を頼りに依頼を出す、そしてそれに俺はこたえる。なぜか? それが仕事だから。プロだな!
いつも通りの街並みだったが、ギルド前で少女が体育座りで壁にもたれかかってる。この世界にも体育座りはあったらしい。あっちの世界では体育座りは良くないらしいとか何とかで、絶滅しそうになっていたと聞いたことがあるが……。そういえば、体育座りをすると屁の我慢が困難だったのを思い出した。何回かプッとしてしまって笑われたことがある。
女の子はガリガリに痩せていた、この世界でガリガリに痩せている人間を初めて見た気がする。ふくよかな人もあまり記憶がないけど……クランクさんくらいか? でも、それでもぽっちゃりレベルだ。
ちなみに俺のお腹は、だんだん子供になってきた。健康的な生活を送っているおかげだろう。ただ、宿のご飯がボリューミーなせいか、急激な変化はない。たぶんお腹と背中がくっつく日は永遠に来ないだろう。
ただ、あの少女はあと数日もすればくっつきそうだ……
「エリーさんこんにちは、新しい依頼きてますか?」
今日は指名依頼がないことを、すでに掲示板を見て確認している、しかし俺はエリーさんに声をかける。
ちなみに毎日声がけをし、仕事の邪魔にならない程度の会話をしている。別に口説いているわけではない、受付嬢は依頼の受付と報告の他に、冒険者の体調やメンタルもある程度把握が必要だと考えているためだ。ルイーダさんにもこの考え方を相談し、そして絶賛された。困ったことに今までに体調が悪かったことがない。もし長時間体育座りをしても、屁をぶっ放すことはなかっただろう。それくらい好調だ。
良い状態を見続けていた期間が長いほうが、もし俺が悪くなった時に違和感に気が付きやすくなるだろう。大事なことだからもう一回言っておこう、口説いてはいない。
「ありません……それより、表に女の子まだいました?」
エリーさんもあの少女が気になっているようだ。
「居ました、朝からいるんですか?」
「はい、王都から仕事を求めて来たようなのですが、ここは平和で冒険者がいないじゃないですか? 掲示板の依頼を見たあと、暗い顔して出て行って、数時間あそこに座ってます」
冒険者ならここにいますけどー? なにいってるんですか? 毎日会話してるのに忘れたなんて言わせないよ? よし、ここは先輩冒険者として一肌脱ぐ時が来たようだな。
「ちょっと食堂を使ってもいいですか? あの子の話を聞いてみたいと思います」
「どうぞ、気になっていたのでお願いできますか?」
おっけー牧場、任せてちょんまげだ!
俺はギルドの壁に背中を預け、ぼーっと空を見つめている少女に声をかける。
「ここは冒険者ギルドだぞ。依頼しに来たのか? 依頼なら俺が受けるよ」
「あなたは冒険者なのですか?」
空をながめていた少女がコチラを見て返事を返した。少女は銀髪で茶色の目をしていた。それにしても本当にガリガリだな。
「せっかくだし、ギルドの食堂で話をしないか? 好きなもの奢るよ」
「……お願いします」
お願いされたので、二人で食堂へ向かう。
ギルドの食堂は初めて入った……ずっと気になっていたけど、入ったことは今までなかったのだ。以前早朝にここで食事をとっていた人たちはギルド職員と近所の人らしい。
ギルドの食堂は、ギルドからの援助もあり、安価に食事ができるらしい。ただし、そんなにおいしくもないってことをきいたことがある。
少女が椅子に座るように促し、座ったのを確認し、俺も対面に腰掛ける。
「好きなものを頼んでくれ、俺も初めてここに来たから、オススメがあったら教えてもらえると嬉しいな」
メニューを見るが、野菜のスープ、肉の塩焼き、魚の塩焼きといった料理というかなんというか、直球の料理しかなかった。なんていうか……どうしようかな?
「……じゃあ、芋汁で」
少女が選んだ芋汁は、一番安い料理だった。
「すみません、芋汁二つ。あと果実水二つね!」
芋汁に興味があったので俺も頼んでみた。
果実水は水みたいなやつだ、やはりここら辺は生水を飲むとお腹を壊すことがあるらしい。そうなったら体育座りなんて絶対にできない。
果実水と言っても果物を入れているのではなく、お腹を壊さなくなる実があるらしく、その実を浸した水を、果実水というらしい。飲んでみても果実感はない、水だ。
はやく事情を聞いてみたいが、お腹がすいていては頭がうまく回転しないだろう。少女もうつむいて話さないし、芋汁を食べ終わるまでは様子をみよう。
暇だなー、芋汁早くこないかなー




