24.渓流釣りは難しい
これで依頼は達成だ。家に帰るまでが遠足というように、ギルドにミドリ草を納品するまでが依頼なのだとは思うが……思うがだ! 目の前にある川が気になる。
せっかくここまで来て目の前に川があるのに、魚がいないか確認せずに帰るなんてできるわけがないだろう!
こんな狭くて浅い川に、メーター越えのタケダが隠れているはずがない! 間違いない!
「ようやくアジングロッドの出番が来たか……」
マジックバックから、タックルボックスとアジングロッドを取り出す。もうこの時点でにやついてしまう。楽しみすぎて、ワクワクがドキドキでムネムネだ。
今回は1gのジグヘッドにストレートのワームにしよう。というか、あとの選択肢はマイクロメタルジグしかない。そっちはこの水深には向かない、どうしてもキラキラが欲しい時に使おう。
アジングロッドは、アジ釣り用の竿なので海用だ。
しかし、渓流で使ってダメなんて決まりは無いだろう。ちなみに渓流釣りは初めてだったりする。俺は蜂が苦手なのだ、そして熊も怖い。近年熊が街中に頻繁に出没するようになった、それだけ人里の近くにクマが出るのに、山で出会わない訳がない。
実際、渓流釣りではなくバス釣りの最中に、クマさんに出会ったことがある。幸い、対岸に居たので道具を回収してスタコラサッサさせていただいた、それ以降その釣り場には行っていない。
蜂はもっと切実だ、鉢に数回刺されると免疫ができてショック死するというのはみんな知ってるはずだ。アナキュなんとかってやつだな! 俺は子供の頃に数回刺され、大人になってから注意していたにもかかわらず、靴下の中に潜んでいた蜂に刺されている。それ以降、妻には外に洗濯物を干すことは禁止した。俺が妻に禁止令を出したのは後にも先にもその一回だけだ。俺の命の危険をせつせつと説明したらわかってくれた。
そうでなければきっと今頃、俺は生きていないだろう。いや、今あっちの世界での俺はどういう扱いになってるんだ? 死亡扱いなら60歳になるまで月々数十万円もらえる保険に入っているから生活は大丈夫だと思うが、ちょっと心配になった。
そもそもこっちの世界に車が来ていないっぽい。誰かを巻き込んで事故を起こしていないといいのだが……
脱線してしまった、まとめるとアジングロッドで渓流釣りは問題ない!
渓流の魚は岩の影の淀みやカーブして深くなっている岩陰に隠れているんだっけかな? 海と違って流れが強い。上流にキャストし、ポイントをワームを通すようにリールを巻こう。
何回かキャストするも反応はない。
渓流釣りは反応がなかったら、移動しながら探るんだっけ? 海と違って回遊しないからずっと同じ場所だと、ずっと釣れない的な話を聞いたことがある。
警戒心が強いから基本下流から上流に移動していくと聞いたこともあるが、帰りの時間も心配だ。今日は川を下りながら良さげなポイントを探っていこう。
しばらく探っていると、カーブした川の奥から、俺のワームを追ってくる魚影が見えた。
キタキタキタ! 喰え! 興奮したが魚が180°向きを変え逃げて行ってしまった、残念。その後同じポイントにワームを投げるが反応はない。釣り人はいないはずなのに警戒心が強いな。
もう少しで海という所でようやく一匹釣れた。
絶望的に諦めながらリールを巻いていたら、突然横から飛び出して喰いついたのだ。あとはそのまま釣りあがりゲット! これは、ヤマメ? イワナ? 元から渓流の魚は詳しくないが、どっちかだと思う。
「トラ、この魚の名前わかる?」
『わからないニャ、そんなに小さな魚は誰も取ろうとしないニャ』
あんだけ食いでがあるタケダがいるんだもんな、このサイズの魚には興味が無いんだろう……
「そんなもんか? 旨そうだけどな」
針から外した名もない川魚のエラを、グイっと引きちぎる。
この手の魚はエラを取ると、内臓まで一緒に取れちゃうのだ。調理するときに内臓をとる手間が省けていい。内臓は苦いからな、山魚は虫とかも食べるし、それが苦いのかと考えると微妙な気分になる。
川で軽く洗ったらマジックバックに収納。海まで探りながら帰ろう。
結局海までで5匹の川魚が釣れた。
もしかしたら、大きな木周辺は魚がいないのかもしれない。上流すぎたのか、もしかしたら食性が違って、ワームに反応しなかっただけかもしれない。次回は川底の虫でも捕まえて、虫エサで挑戦してみるか。
遠かったけど渓流釣りはめちゃくちゃ楽しかった、定期的にミドリ草の依頼は受けとこう。
帰りも途中まで身体強化で爆跳した!
まだ浜辺のえぐれが直ってなかったのでえぐれが見えなくなるまで突き進んで、見えなくなってからは歩いて帰った。
夕方前にはベイツについた。そういや、昼飯食べるの忘れていた。釣りをしているとご飯を忘れるクセは昔からだ、治したいな。
クランクさんが納品するものがなくなりそうだと言っていたので、早い方が良いと思いそのまま冒険者ギルドに向かう。そういえば、家の修理の依頼も出てるか確認しなきゃな。
「エリーさん、ミドリ草を採取してきたので納品します」
若い受付のお姉さん、エリーさんに声をかける。いくら年下でも社会人には『さん』付けが基本だ。よく仲を縮めるためだの、話しかけやすくなってもらう、だの言って、『くん』『ちゃん』呼びする人もいるが、それは良くない。しっかり『さん』付けで呼び、『私はあなたを社会人と接してますよ~』『私はあなたを職員としてみてるんですから、しっかり仕事しなさいよ~』とアピールするのだ。
たぶんだが、納品依頼が行われたのはエリーさんにとって初めてなのだろう。
「え? え?」とエリーさんは戸惑っている。まだまだ『さん』付けは早かったようだな。
しょうがない、だってベイツには冒険者が俺しかいないんだからね。経験だよ経験……
さすがに見かねたルイーダさんがフォローに入ってくれた。
どれくらいが一般的かわからなかったので、五束を渡したらなんか固まってた。わんさか生えていたから、もっと採取してきた方が良かったのだろうか?
でも、マジックバックの容量の問題があるから、ソロだとこれくらいが限界だと思うんだよ。ルイーダさん、欲張りはよくない。
初依頼も無事こなし、俺は宿に帰ってきた。やはり自分の部屋は落ち着く。
ちなみにミドリ草の依頼は結構良いお金になった。なんと一束(十株)で銅貨五枚の報酬になったのだ! 五束納品したので銅貨二十五枚! 結構割のいい仕事かもしれない。家の修理で食っていけなくなったらミドリ草専門家も良いかもしれない。




