16.5:受付嬢ルイーダ
私の名前はルイーダ。冒険者ギルド、ベイツ支部所属の受付嬢です。
ベイツは古龍様の加護のおかげで、とても安定している街です。
凶暴な魔物はほぼ出没することがないため、冒険者が少ないのです。
たまに街の方が小遣い稼ぎや、常駐依頼の薬草を手に入れた際に訪れるくらいで、平和なギルドです。
そんな平和なギルドなため、受付嬢の仕事はほとんどありません。
私の後任に先日、若い受付嬢、エリーが配属されました。私はこれからしばらく、この子の指導役をすることになります。
冒険者は男性が多く、若い受付嬢は人気があります。
女性の冒険者もいますが、大変珍しく、ある程度の年齢になると結婚し、引退してしまいます。
男性冒険者10人中10人は若い受付嬢に向かうので、エリーは隣の窓口に座り、エリーが困った時にフォローに入ろうと考えていました。
そんな平和なある日、平和が平和でなくなりました。
正確には、私の平和がなくなりました。
30代後半に見える男性がギルドに訪れ、キョロキョロと周りを見回し、ニコニコしながら私に向かって歩いてきました。隣にエリーがいるのになぜ私が? とも思ったのですが、歳が近い方が会話しやすい方も一定数いますので、気にしていませんでした。
男性は裕福な家で育ったのか、とてもふくよかな体型でした。特にお腹が……腕や足は細く見えますが、お腹の主張が激しい男性でした。
そして初夏になろうともしているこの季節に、毛皮を首に巻いていたのです。
彼はとても珍しく、灰色の髪に黒目でした。あれだけ珍しい髪色なら、街の住人なら知らないはずはありません。商人の方が、冒険者に依頼をするためにきたのだと思っていたのですが……
なんと彼は、冒険者になりたいというのです。彼の歳でギルドカードを持っていないというのはほとんどありません。ギルドではFランクで子供にもカードを発行しています。
「カード作成ですね。失礼ですが新規作成ですか? お兄さんの年齢だと大抵の人は再発行が多いのだけれど……」
新規はまずありえないので、再発行のことを作成と言っているのではないかと確認をしてみましたが、新規発行で間違いないそうです。というか、なんだか嬉しそうです。その歳でギルドカードを作れるのがそんなに嬉しいのでしょうか? 子供たちはカードを貰うと、とても嬉しそうにするので微笑ましいですが、そのお歳だと微笑ましい通り越して、怪しいです。
彼が言うには、今まで山奥で暮らしていたからカードを持ってないらしいです。
商人ではないので、商業ギルドのカードもないということです。それだけではなく、彼は腕には自信があると言い切ったのです。そのお腹で! と、口に出掛けましたがグッとこらえました。
攻撃魔法が使える方かもしれませんからね。
しかし、攻撃魔法スキルも早々に怪しくなってきました。
職種の記載を求めたら、彼は有ろうことか大魔法使いにしようとしたのです。ギルドカードは信頼の証です。自分の能力を偽ると、大変なことになります。最悪誰もパーティーを組んでくれません。ギルドでも、そんな方を紹介するわけにもいかなくなります。本当に大丈夫か確認したところ、彼は間違いを認めました。やはり大魔法使いではなかったようです。そのお歳まで名が売れてない時点で、大魔法使いな訳がありません。
結局彼は『管理職』という、聞いたこともない職にしました。
確認すると、人を上手に使うのに長けた能力を持っているそうです。その歳まで二人暮らしをしていた人間が、よくそんな噓を考え付いたなと思いましたが、聞いたことがない職業。ほんとうに人間を上手に使うスキル持ちなら犯罪に使われたら大変ですが、悪いことに使うつもりなら、そんな話をここではしないでしょう。それに彼はパーティーリーダーになれることを確信しているようにも見えました。
パーティーリーダーは責任を伴います。彼とパーティーを組んでくれる人間が、現れるかはわかりませんが、この街にいる限りはずっとソロでしょう。冒険者がいませんし。
それより、毛皮が鳴きました。あれは生きているのでしょうか? ちょっと怖いです!
ギルドカードを彼に渡したとき、タイミング良く可愛らしい声が聞こえました。
あれは宿屋の看板娘、ナギちゃんですね。どうやら彼はナギちゃんの家にお世話になるようです。彼女の両親のカイリとナミは良く知っています。彼らは元Cランク冒険者、問題を起こしてもとめられるでしょう。安心です。
ホッとしながら私は、ナギちゃんと彼……アタルさんを見送りました。
翌日、彼の泊る宿屋の前を通り過ぎるときに、ふと昨日のことを思い出しました。
そういえば、今日説明を聞きに来ると……
そう考えながらふと宿屋を見上げた時、心臓が爆発するかと思いました。宿屋の角部屋の壁だけが、不自然に貼り返られていたのです。しかも明らかに高級そうな木材が使われて……冒険者が居ないこの街で昨日宿に泊まった人間は、彼だけのはず……もしかしたら彼は、人間ではなかったのかもしれません。




