134.アタルさんご乱心
ちょっと真面目なことばかり書いていて、息が詰まってきたのでおふざけ回です。
「今日は珍しく皆さんそろってますね。何かあったんですか?」
俺は今、クランハウスの食堂にいる。
なぜか今日はグランディールの初期メンバーが多い気がする。最近メンバーが増え、各々の仕事の役割分担ができてきているのだが、自分で仕事を抱え込まないように週に2日くらいお休みするように皆にはお願いしてある。休み中は他の人に仕事を任せ、新しいの人材を育てる時間として活用しているつもりだ。
ポッパーさんのようにダンジョン組はみんな同じ日が休日になるが、ピアス製造組などの人達は責任者が居なくても仕事はできるので、適性がある人に1日任せてみて、何か問題が起こらないか観察中だ。
「あぁ、珍しくみんな休みが重なったんだ。やることもないし、最近のあったことを皆から聞いているんだ」
カイリさんにも休みがあったことは驚きだ。食堂とか宿も休日を設けたのだろうか?
「カイリさんもお休み取れるようになったんですね」
「あぁ、手が増えたからな。料理も材料を切るくらいなら任せられるし、訓練する時間もできた」
できた時間が訓練に消えていくのは異世界文化なのだろうか? いや、今こうやって食堂でまったりしているのだ、きっと余裕ができているのは違いない! ここは俺が皆を労わなければいけないだろう! よし、今日の釣りはお休みだ! 俺も休暇を取る!
「皆さん、お疲れ様です。それなら今日は俺がちょっとしたものを振舞おうと思いますので、準備してきますね。皆さんはそこでゆっくりしていてください」
俺はそう言って厨房へ向かう。
「マスター、手伝いますよ」
シャッドさんが厨房に向かう俺にお手伝いを申し出てくれたが、せっかくの休日なのだ、ゆっくりして欲しい。シャッドさんも昆布だったり農業だったり料理だったりと街中を飛び回っているのだ、せっかくの休みくらい腰を落ち着けていてもらいたい。
「大丈夫ですよ、半殺しの準備をしてくるだけですのでゆっくりしてください。あ、他に希望者がいれば厨房に集めておいてください。たくさん準備するので多少人が増えても大丈夫ですよ」
「なぁ……誰かマスターを怒らせることをしたのか?」
「いや、何もしてねーぞ。カイリさんが厨房を開けてきたのがダメだったんじゃないのか?」
「んなわけねぇだろ。週に何日か休日を取っていいと許可を出したのはマスターだ。シャッドさんとも料理の質が落ちないようにいろいろ工夫しているし、心当たりがねぇ」
「そうです、僕もマスターのルールは守っていますし、カイリさんとの取り組みも報告もしてますよ」
「俺は報告してないけどな……」
「じゃあカイリさんが原因か……」
「ポッパーさん、実は先日孤児院の床を壊してしまって……」
「な! スピナさんが原因なのか?」
「いえ、それは考えられませんわ。スピナさんはその場でマスターからおしかりを受けましたわ。もしかしたら鍛冶師の話が上がり準備段階まで来ているのに、素材が用意できない私の準備不足が原因……」
「皆さん、自分が悪かったことを考えるのは辞めましょう。私も毒の件で思うところがあり相談に行きましたが、マスターはいつも通りに接してくれました。何か考えがあって、何かをしようとしているのでしょう。ちょっと……いや、かなり不安ですがおとなしく待ちましょう」
「そうだな……とりあえずこれ以上犠牲者が増えないように、食堂の扉は開かないように固定しておこう」
「ポッパーさん、ナイスアイディアだ! 妻や娘を半殺しにされるわけにはいかねぇ」
「やばいぞ、なんかやばいぞ! 厨房から変な匂いがするぞ!」
「本当に厨房からなのか? ポッパーさん、ちゃんと風呂で足は洗っているのか?」
「バカ! 俺から臭うんじゃねーよ! どう考えても厨房から臭うじゃねーか!」
「認めたくないが、やっぱりそうか。マスターはいったい何を準備してるんだ。こんな臭い料理は教えてもらってないぞ」
「まさか、毒……」
「クランクさん、それ以上は考えちゃいけませんわ!」
「みなさん、お待たせしました。是非こちらを食べてみて感想をお願いします」
俺は日頃みんなにお世話になっている感謝を込めて、半殺しを用意した。本当は餅をつきたかったが、残念ながらもち米が見つかっていない。米でできることといえば、半分つぶした半殺し。おはぎって言うんだっけか?
そして、半殺しは納豆で作ってみた。納豆餅や納豆のおはぎは俺の大好物だ。この新しい食材にはカイリさんもシャッドさんも大喜びしてくれるだろう!
ちなみに最近分かったのだが、俺のクラフトのスキルは微生物なら何とかできるっぽいことがわかった。生物を産み出せるなんて、なんてチートなんだと思うが、よくよく考えたら俺はクラフトで作られたのだ! なにか条件が合えばそういうことが可能なスキルなのだろう。なんで味噌を作った時にこれに気が付かなかったのか……
「お、おい、これを食べなかったら半殺しだぞ? みんなで一斉に食べるか?」
なんかカイリさんが変なことを言っているぞ? 一斉に食べるって、一緒に『いただきます』するってことかな? グランディールにいつの間にかそんな風習ができたのかな? これはいいことかもしれないな。
「あれ? シェンさんからでも聞きました? 俺の産まれたところではみんな揃って挨拶してから食べる風習があるんですよ」
「そ、そうなのか?」
あれ? ポッパーさんは知らなかったの? ということは宿の方で流行ってるのかな? せっかくいい風習が芽生え始めているのだ、ここは俺が率先して広げないといけないな。
俺はカイリさんに向かって親指を立てサムズアップした。なんか、カイリさんの顔色が青っぽくなってきているのだが、大丈夫だろうか? これは……なおさら俺がやるっきゃないな!
「手を合わせてください。それではみなさんご一緒に! いただきます!」
『いただきます』の挨拶をしたのに誰も『いただきます』を言ってくれない。そして、誰も半殺しに手を付けない。みんなに気を使っているのか、カイリさんもシャッドさんも食べない……一斉に食べる挨拶は『いただきます』じゃなかったのか……まいったな……
「もしかして皆さん、半殺しじゃダメですかね? じゃあ皆殺しにしますか?」
「「「「「いただきます!!!」」」」
急にみんなが食べだした。挨拶は『いただきます』であっていたらしい。
スピナさんとサラさんが泣いている……
ポッパーさん、一口で一個丸ごと食べるなんて、もち米だったら注意しているところだからね。今回はお米だからのどに詰まることはないだろうから別にいいけど。
カイリさんは糸をクルクルしているが、あんまり大振りしてると糸だらけになっちゃうぞ!
クランクさん! ポーションじゃなくて水を飲もうね! というか落ち着いて食べようね……
シャッドさんは……天井を見ながら咀嚼しているけど……天井にクモの巣でも見つけちゃった?
「ん? こいつ、くせーのにウマいぞ!」
「そうですね、ネバネバや、糸は食べるのに苦戦しますが、これはこれでありな気がします」
料理人二人が、納豆について話会いだした。
スピナさんとサラさんは、顔を赤らめながらゆっくりおはぎを食べている。気に入ってくれたのかな? もしかして泣くほどおいしかったのかな? 頑張って作ったかいがあるな。
クランクさんは……そのヌルヌルになったポーション瓶の飲み口は洗った方がいいよ……絶対にいいよ。
「みなさん、どうですか? これはお米を半分つぶして作った半殺しといいます。そして、そのネバネバしているのが納豆。大豆でできているんです。おいしいでしょう? 半殺しは別名おはぎと言って、全部お米をつぶすと皆殺し、別名……なにっていうのだろう?
「「「「「紛らわしいこというな(ないで!)」」」」」
みんなが急に大きな声を出した。直後、食堂の扉がバンッ! と弾けた!
「スピナさん! 大丈夫ですか?」
飛び込んできたのはブレイドさんだ。いくらスピナさんが大きな声を出したからって扉を壊さなくてもいいでしょうに……
「ブレイドさん、扉を壊しちゃだめですよ。それより……半殺し要りますか?」
「ちょ……まって……」
ブレイドさんの消え入りそうな声と沈黙が、食堂に漂った。




