125.アタルさんの戦闘講習会①
「それでは、このブリを薄く切ってしゃぶしゃぶにしましょう」
「「「「しゃぶしゃぶ?」」」」
あぁ、紅のナイフのメンバーはポッパーさんを除いてしゃぶしゃぶ未体験だったか。
「昨日カニでやったんですよ。昨日の温まったうまい汁があるんでそれでやりましょう」
俺はマジックバックから昨日使った鍋に入ったうまい汁を取り出し、メイドインじいちゃんのコンロに置いた。実は昨日しゃぶしゃぶが終わった後に、あとで雑炊でも作ろうと取っておいたのだ。カニの出汁がしみだしてて絶対うまいと思っていたのだが、ブリを入れるとどうなるんだろ?
「薄く切ったブリの切り身を、こうやって、しゃ~ぶしゃ~ぶして、色が変わったら醤油につけて食べてください。なんかフォークだとやりづらいですね、箸が欲しい」
そう、この世界には箸がないのだ。まさかのまさかだが、じいちゃんはタケダはひろめても箸は普及しなかったのだ。もしかしたら自分だけ使って、ほかの人は難しくて使えなかった可能性もあるけど……箸って訓練が必要だよね。
「おぉぉぉ、うめぇ~!」
ブラスさんがブリしゃぶを食べて興奮している。俺も食べてみたが、かなりうまい。これは刺身でも絶対にうまいし、寿司とかもいいかもしれないな。酢ってどうやって作るんだっけな?
「お、なんかうまそうなのやってるな!」
カイリさんがやってきた。買いたいとかしていたから時間を忘れていたが、もうそんな時間か。
「今日釣ってきたブリをしゃぶしゃぶで食べているんです。カイリさんもどうぞ」
俺は皿とフォークをカイリさんに手渡した。
「マスターが釣ってくるものは今まで食べてないものが多いからな。ブリって聞いたことがないけど、そこの頭の魚か?」
そういえば頭をおろしてそのままにしていたな……
「そうです、あの魚には名前付いてますか?」
「どうだっけなー。たまに市には上がってくるんだよ。力が強くてなかなか獲れないと聞いたことがある。高すぎて、食堂で出せる金額じゃなかったから食ったことはなかった。名前も『高い魚』ってくらいしか知らないなぁ」
『高い魚』は絶対に名前じゃないと思うけど……今度フロートさんに聞いてみるか。
「ところで、青の魔力の戦い方を教えてくれるんじゃなかったのか?」
ブリしゃぶを食べお腹がいい感じに落ち着いたところで、カイリさんが尋ねてきた。
「そうでしたね、今日は青のオーラの戦い方というか、戦い方全般を話したいと思います」
「ということは、俺たちにも関係あるってことか?」
ポッパーさんや、関係なかったらあなたを呼びませんよ。あ、釣りに行くっていうからついてきたんだったか? いや、カイリさんも呼んでって言ってたはずだ。
「そうですね、まず刃物が切れるのはどういった状況だとおもいますか?」
「そんなの、剣で切れば切れるだろ」
流石ポッパーさん、考えていた通りの答えが返ってきました。
「いや、料理では切るときは引くぞ。その方が早く切れる」
お、カイリさんいい線いってますね。
「さっき魚をおろした時も、ナイフを押したり引いたりしてしてました」
ブラスさんも、先ほどの経験を思い出しながら答えを出してくれた。
「みなさんさすがですね。ただ、『切る』という動作にも様々な工程があります」
どうやって説明していこうかな、なかなかここら辺の説明って難しいんだよな。
「まず、ポッパーさんが話していた剣ですが、これは切るために生まれた道具です。なので、切るために形が最適化されています。カイリさんが料理で使っているナイフも取り回ししやすいように大きさが調整されてますね。ただ、剣でもナイフでも『切る』工程は一緒なんです」
「……」
ポッパーさんが首をかしげているけど、大丈夫かな?
「まず切るためには、刃物の刃……ここの一番鋭い部分ね。ここで切りたいものを傷つけないといけません。この傷は本当に少しでも大丈夫ですが、刃が鋭ければ鋭いほど傷がつきやすくなります」
ここまでは大丈夫かな? 大丈夫だよね?
「あとは、その傷に刃が触れた状態のまま、引くなり押すなりすればスパッと切れます」
「それは、鉄の鎧が剣に負けると切られるのと同じか?」
ポッパーさんがなんとなく的を得てそうな、得てなさそうな質問をしてきた。
「んー、状況を見ないとわかりませんが、鎧の硬さに剣の刃が勝った場合、剣が鉄を切り裂くことも可能だと思います」
そういえば斬鉄剣とかあったな。あれは明らかに刃が当たってないところも切れていたけど、どういった原理なんだろうね?
ちょっと言葉では伝えにくいので実技に移ろう。
「このブリの切り身ですが、ナイフで薄く切る場合、上からナイフを押し付けると身がつぶれちゃいます」
俺は切り身の端にナイフを置いて押し付けた。予想通り身がぐずぐずになってしまた。あとでつみれとかにしようかな……
「一応切れましたけど……これだとちぎれたって言った方がいいですよね? それでは同じナイフで、今度は切れ込みを入れて押します。切れ込みを入れるのは刃を押し付けるよりもスライドさせた方が楽です」
俺は魚の切り身にナイフを押すと少し引き、刃が喰いこんだのを確認して前に押した。
「こんなにきれいに切れました。といっても、これは皆さんが無意識にやっていることです。ただ、ナイフという、道具がないとこの作業も難しいかもしれないですね」
あぁ、大事なことを思い出した。
「しかし、この世界には不思議なことがたくさんあります。スキルもその一つですね」
話しながら俺は腰につけている〆用ナイフを取り出す。これはドラッシェン様の爪が素材のナイフだ。今のところ切れなかったものはない!
「このナイフですが……これはあまりばらさないでくださいね。多分スキルが付いていると思うんですよ。よく見ていてくださいね」
俺は魚の切り身にナイフを置き手を離した。
手から離れたナイフは魚の切り身をすり抜け、テーブルもすり抜け、ナイフの柄が引っかかってテーブルに刺さった形で止まった。
「これはたぶん空間を切っていると思うのですが、このようなものもあるので、お金持ちと戦うときは注意が必要です」
「……なんじゃこりゃー!」
久々にポッパーさんの叫び声を聞いた気がする。




