12.スマートな大人は……
「ごめん、待たせちゃったね!」
俺はナギちゃんの元へ早歩きで向かった。
こういう時、スマートな大人は走ったりしないのだ。
この歳にもなると、なにもないところで躓いてしま……おっと、余計なことを考えてしまった。
スマートな大人は走ったりしないのだ!
「ナギも今帰ってきたところだから大丈夫。トラちゃんがいなくなってなくてよかった」
いや、そこはお兄さんがいなくなってなくての間違いでしょ?
まだ小さいからしょうがないね!
何歳くらいだろ? 息子より幼い感じだから7歳くらい?
あっちの世界だと小学校低学年は間違いないだろう。
「あ、そうだ。俺の名前はアタル。アタルって読んでね」
「わかった、アタルさんね」
よし、おじちゃん呼び回避成功!
定期的に自分の名前をアピールしていこう。精神的ダメージは自分から回避しなければならない。
「ところで、その大きな袋が塩かい?」
「そうだよ」
ナギちゃんの身体にその大きさの塩は過酷でしょう? うちの息子なら絶対持てる大きさではない。
この世界では子供でも身体強化使えたりするのかな?
大人でも身体強化使いこなせない人間がここにいますが? 凹むわー。
「重いでしょ? 持つよ」
「ありがとー!」
女性の荷物を持つときは、持とうか? でなく、持つよ が正解!
ちょっと言い方を変えるだけでイメージが変わるのだ。
ボディービルダーだって、女子プロレスラーだって、女性はみんな乙女なのだ。軽そうに見えても、持つ。持とうか? ではなくて持つ! これ絶対。
妻が言ってた……でも日頃から気にしてないと、とっさの時出てこないんだよね。
「ただいまー! お客さん連れてきたよ。」
ナギちゃんが元気にただいまの挨拶をしている、いい子だな。
ナギちゃんのお家の宿屋さんは、お世辞抜きでボロかった。
お世辞を言うと、ちょっと壊れてる……壁とか壁とか。
そして俺は今、絶賛大汗をかいている。
なにげに塩が重かった、海上を駆け抜けたときは平気だったのに、いったいなぜ?
やはり元の世界で自律神経をやってしまったのが、まだ治ってないのだろうか?
そして汗が落ちる先が塩なのだ。
塩が汗で更にしょっぱくなるには問題ないけど、溶けてしまってはまずい。
いや、味は落ちないだろうけど、まずい!
宿屋の一階は食堂の様だ、俺はテーブルの上に塩を置き、さりげなくクラフトで塩を作り直して置いた。一緒に袋もきれいになってしまった気もするが、気にしない。
「いらっしゃいませ。娘に聞いたのですがネコちゃんとお泊りだと……」
奥から出てきたのは若く綺麗な女性。ちなみに髪は赤。ちなみにナギちゃんは濃い紫。きっとパパは濃い青なのだろう、その考え方で行くと最終的にみんな黒髪になりそうだけど。
宿屋の女将さんといえば恰幅が良い女性のイメージだが、この世界は食生活が質素なのか、肉体労働が多いせいなのかスレンダーな人が多い。街ですれ違った男性も筋肉質で全員冒険者なんじゃと思うくらいだ。
「はい、この首に巻きついているネコと一緒に泊れると聞いて伺いました」
「あの、その、ネコちゃんは魔物ですか?」
なんかすごく戸惑っている。ネコと一緒に泊った客は今までいないのだろう。
「いえ、ペットです! 私の家族と思ってもらって大丈夫です」
「ママ! ママ!」
何やらナギちゃんと女将さんは話し合っている。
きっとトラを撫でる交渉でもしているんだろう。
「あの、娘がネコちゃん、トラちゃんを撫でたいと言っているのですが、大丈夫ですか?」
「お母さんが許可してくれるなら大丈夫ですよ」
「それでは、お願いできますか? 娘がすごく楽しみにしているようなので……」
許可が下りたのでトラを首から降ろし、イスの上に置いた。
トラは箱座りをして撫でられる体制をとっているようだ。さすがにチャームポイントの腹巻を見せる気はないか。
っていうか、汗の原因アイツじゃない? トラがいなくなったらスッとしたぞ。
「娘も喜んでますし、トラちゃんも泊まれます。ち、ちなみに一部屋で大丈夫ですか? 一人部屋なのですが」
初めてのペットとの宿泊客に戸惑ってるな。
ペットと別々の部屋の宿屋なんてあったりするのか?
あったとしても、トラに一人部屋なんて絶対にやらないけど。
「一人部屋を一室で大丈夫ですよ。トラのご飯……肉か魚を用意してもらえれば大丈夫です」
「それでは、一泊銅貨3枚、朝夕の食事で銅貨1枚、トラちゃんの食事代は朝夕で鉄貨5枚でいかがでしょうか? 身体を拭くお湯と布が必要な場合は1回鉄貨5枚です」
「それでは、ひとまず一週間で。お湯は毎晩お願いしたいので銅貨35枚ですね……ちょっと数えます」
35枚も貨幣を数えるのめんどくさい。銀貨で払いたいが銀貨の価値がわからない。10枚で上がっていくのだろうか?
「それじゃこれでお願いします」
「こちらが部屋の鍵です。お部屋は二階の一番奥の部屋、夕飯は夜の鐘のあと二刻、朝食は朝の鐘が鳴ってから二刻ですので、忘れないようにお願いします」
「わかりました、丁寧にありがとうございます」
朝の鐘? 夜の鐘? 全然わかんないけど鐘が鳴ったら行けばいいでしょ。
鍵を受け取り、俺は二階の部屋に向かった。
トラはいつのまにか足元にいた……




