34 因縁のはじまり(3)
かつての愛憎劇、その語り手を、この私ヴィエルジュがふたたび務めることにしましょう。
よろしいですか。
さきほどは順を追って説明を、と貴方には申しました。
しかし、ここからは事情が複雑に絡み合いましてね。
まっすぐに時系列を沿うばかりでなく、あちらこちらと話が前後することになるでしょう。
私の頭に刻み込まれていることをお話しするわけですから、私の理解に基づいた前提があります。
一方でレオンハルト殿にとっては、当然、初めてお聞きになることです。
貴方の理解に及ばない私見があるかもしれません。
私の説明が不足することもあるでしょう。
そのときには遠慮なく、ご指摘ください。
喜んで話を中断し、解説しましょう。
さあ、前置きはここまでです。
レオンハルト殿がいま、もっとも鬼胎を抱いているだろう事柄にうつりましょう。
我が妹マリーの不貞。
我がリシュリュー家門の、国王ヨーハンへの恨み。
貴方が当面する懸念とは、こちらの二点ではないでしょうか。
マリーは貴方の母であり、我が国の王妃。
ヨーハンは貴方の父であり、我が国の王。
彼らは貴方の肉親である。
と同時に、我ら臣下一同、一点の曇りなく、ひたすらに忠誠を誓うべき国王陛下と、その妃なのですから。
レオンハルド殿の懸念はもっともです。
さてこの二点が起因は、さかのぼること、ひとつに帰結します。
つまりは、運命的な恋人達が引き裂かれたということです。
では悲劇の幕開けを演じる、運命的な恋人達とは。
レオンハルト殿も、これまでの話から、うすうすはお気づきでしょう。
エノシガイオスの嫡男トリトン。
リシュリューの長女マリー。
かつては同じ家名を名乗り、同じ血脈を体に流した二家。
いまや、血の色も言語も国も異にする二家。
その息子と娘が、恋に落ちたのです。
たがいの始祖が彼らを結びつけたのでしょうか。
すくなくとも、現代を生きるエノシガイオスの分枝である家々。
その出自にある人間は、私を含め、幼くほほえましい恋人達を目にするにつけ、そのような感想を抱きました。
エノシガイオスのトリトンと、リシュリューのマリーとは、はたして。なるべくしてなった、幸福な恋人達でした。
エノシガイオス宗家とリシュリュー宗家。
エノシガイオス宗家と、列国の君主ら一族、つまりエノシガイオス分枝の家々。
これらの関係はたしかに、容易ならざる事態におちいることもありました。
フランクベルト建国でのリシュリューの離反であったり、エノシガイオス家の慣習であった、それまでの諸子相続による兄弟間の争いが起こりましたからね。
しかし今の世となれば、互いへの敬意と親しみを抱くばかりでした。
一族の人間は互いの宮廷を行き来し、各国の学問を習い修め合い、研鑚を積んだものです。
余談となりますが、私がかつてベンテシキュメの宮廷に出仕したのも、そういったわけです。
エノシガイオス宗家の嫡男であるトリトンが、いずれの国へ留学するのか。
当時、これらの国々では耳目を集めていました。
列国の君主らは手ぐすねを引いて、トリトンを誘いました。
彼は不公平のないように、各国を廻ります。
そこで彼が赴くのは、列国だけではありませんでした。
ここで確認しますが、フランクベルト家が、エノシガイオス家のかねてより憎悪をくすぶらせる相手であるという話は、さきほどしましたね。
フランクベルト家の君臨する地。それが、我らがフランクベルト王国です。
そしてここリシュリューの地は、当然ながらフランクベルト王国の封土ですね。
しかしながら、エノシガイオスの御曹司トリトンは若者らしい身軽さで、それまでの因縁にとらわれず、国として独立もしていないリシュリューの地までもを、彼の留学候補地として挙げたのです。
そうしてトリトンは、ついに出会いました。
リシュリューの誇る美姫、マリーにです。
我が妹の、幼いながらも卓越した美貌をひとめ見たとたん、エノシガイオス公の愛息子トリトンは、激しい恋に落ちました。
そしてそれは、リシュリュー侯の愛娘マリーも同様でした。
彼らは惹かれ合い、すぐさま将来を誓いました。
幼いこども同士の、他愛もない約束です。
ですが、エノシガイオス家のトリトンとリシュリュー家のマリーとが実際に結ばれれば、いかがでしょうか。
名家の直系子孫同士の婚姻ともなれば、エノシガイオス家とリシュリュー家、両家の結びつきだけにとどまりません。
彼のエノシガイオス公国と我がフランクベルト王国との和睦が望めます。
それもたんなる政略結婚ではなく、そこには愛があった。
レオンハルト殿。
あなたの祖父君、先代国王アルブレヒト陛下は、エノシガイオス家のトリトンと我が妹マリーとが、いずれ婚姻を結ぶだろうことを歓迎なされていたのですよ。
貴方が会ったことのない親愛王アルブレヒト陛下は、その息子ヨーハンなどより、よっぽど王にふさわしい人物でした。
初代国王、建国の獅子王に比ぶれば、傑物とまでは呼べないのかもしれません。
ですが、親愛王には血の通ったあたたかさ、情愛、慈悲、まごころがありました。
人徳がありました。
貴方の母方の祖父、そして我が父でもある、リシュリュー侯爵シャルルにとって。
貴方の父方の祖父である親愛王アルブレヒト陛下は、かけがえのない血盟の友でした。
それは当時の建国の七忠諸侯にとっても、同じことがいえたでしょう。
先代アルブレヒト陛下を偉大なる親愛王と称えることに、私ヴィエルジュとて、なんの抵抗もおぼえません。
貴く、愛すべき王でした。
しかし陛下は逝去しました。
あまりに急で、あまりに悲しいことでした。
国中が悲嘆にくれました。
貴族も平民も、その階級を問わず、国民の誰もが、この敬うべき親愛王の早すぎる死を惜しみました。
――親愛王アルブレヒト陛下の息子と、その息子の友人ひとりを除いて。




