11 鳥獣虫の歓談(2)
魔術師団長を輩出することの多いオルレアン家。
だが実際に研究が盛んなのは、戦闘に特化した魔術ではなく、治療魔術だ。
というのも、魔術そのものは戦闘にそれほど向かないという面があった。
攻撃と防御。そのどちらについても。
まず魔術の特性として、敏捷性に欠けた。
どれほど簡略化させようと、複雑なスペルを詠唱したり書き記したりするのには、相応の時間を要する。
大規模な術を展開するには、用意周到な計画と多くの人員が求められ、融通が利かない。
計画した魔術において、行使する人間の一人でも失えば、術は発動しない。
突発的に展開することは不可能だ。
一人だけで行使できる魔術。
それによって生じる力とは、物理的には、葉を揺らし、小石一つようやく転がすような、ほんのわずかな力に過ぎない。
一方で人体の治療については、魔術は抜群の効力を発揮することが、長年の研究によって判明している。
そもそも、害している箇所を探し当てることは、魔術なくしては難しい。
失った腕や脚、腐りきった臓器を再生することはできない。
だが新鮮な肉片や骨が残されていれば、繋ぎ合わせることができる。
機能を完全に失っていない臓器を回復に導く術式も、解き明かされ始めている。
治療に関しても当然、一人だけでは行使できない魔術も多い。
敏捷性とて、もちろんない。
だが、あらかじめ治療計画を立て、その中で魔術の決行期日を決め、実行することは、戦場よりずっとたやすい。達成率も高い。
結果として、戦場へ送り出す人員を増やす。
効果的な魔術を発動できるかどうかおぼつかない戦場で、有能な人材を使い捨てるより効率的だ。
そのような事情もあり、オルレアン家は戦術における魔術の有効活用よりも、負傷や病気の治療について積極的に研究をしている。
不老などという魔術がリシュリュー家で編まれたのであれば、どれほど多種多彩に応用活用できるだろうか。
オルレアン家当主として、逃す手はない。
とはいえオルレアン侯爵の眼光が鋭くなることはない。もちろんだ。
「リシュリュー家が秘伝の不老の術を開示するようなことがあれば、私は貴君に捧げるため、大陸で最も美しい絵画でもなんでも。貴君の望むあらゆるものを手に入れるぞ」
当てこするようではなく、オルレアン侯爵は自分の語るものが明らかに現実離れした夢物語として、おどけて言った。
「私だけではない。オルレアン家直系はもちろん、旗主の人間すべてが貴君のため、海をも渡り、大地を駆けずり回る」
オルレアン侯爵はリシュリュー侯爵の耳元へと、身をかがめた。
「どうだ? 貴君もこっそり教えてくれる気になっただろう」
内緒話であることを強調するように、オルレアン侯爵はわざとらしく声をひそめた。
「おや、まあ。それはリシュリュー家の秘匿をいっさいがっさい、すべて打ち明けてしまいたくなりますね。なんとも魅惑的なお誘いだ」
リシュリュー侯爵はうっとりと微笑んでみせた。
「しかし、そのような機会があればむしろ、ともに旅をしてみたいものですね。両一族総出で参りましょう」
オルレアン侯爵とリシュリュー侯爵が談笑を交わす中、ガスコーニュ侯爵が目を見開き、大袈裟に驚いてみせた。
「リシュリュー家が一族魔法は、なんと不老! まさにそれであったか!」
「そんなはずがないでしょう」
アングレーム伯爵が呆れた口をきくと、ガスコーニュ侯爵は鼻白んだ。
「蛙は相変わらず、冗談が通じぬのう。つまらぬ」
いかにも退屈だとばかりに、大きな口を開けてあくびをしてみせるガスコーニュ侯爵に、アングレーム伯爵はもとより白い顔をさらに青白く染め上げた。
エヴルー伯爵が困り顔でアングレーム伯爵に言葉をかけようとした。
だがアングレーム伯爵の耳には、なんの音も届かないようだった。
となりに座るエヴルー伯爵へと振り返ることなく、前を向いたまま、かたくなに顔を動かさない。
「底意地が悪いことよ。豚のおべんちゃらは、蛙がそうして昔から毛嫌いするからだろうて」
ガスコーニュ侯爵がエヴルー伯爵を哀れむ。
エヴルー伯爵は「いえ、いえ! 私が余計なことを、差し出がましく申し上げました!」と、慌てて否定した。
「確かに余計です」
アングレーム伯爵がようやく口をきいたことに、エヴルー伯爵は縮こまった。
「し、失礼いたしました! アングレーム伯! 貴方は決してつまらなくなどないと、ええ、私はただそのことを伝えたかったのですよ」
エヴルー伯爵のキイキイと甲高い声に、アングレーム伯爵は目をつむった。耐え難い苦痛を忍ぶように、眉間に深くしわが刻まれた。
アングレーム伯爵の険しい顔つきを目にし、エヴルー伯爵は謝罪を重ねた。
「卑屈が過ぎるわ、豚」
厳しくおそろしげな顔貌をさらに険しくさせ、ガスコーニュ侯爵がなじった。
「面目ございません、ガスコーニュ侯! ご気分を害されましたでしょうか? せっかく貴方が私のような者にまで気を配ってくださいましたのに」
エヴルー伯爵は低姿勢で、ひたすらに謝罪を繰り返した。
「私ときたら間抜けで、本当にダメですね! まったく申し訳のないことを!」
ガスコーニュ侯爵がうなった。
エヴルー伯爵は顔色を伺い、へらへらと媚びた笑みをはりつけている。
「謝るより憤れ、豚! 貴公とて、誇り高き七忠が一であろうが!」
ガスコーニュ侯爵の飛ばす檄に、エヴルー伯爵がびくりと肩を揺らした。
たぷたぷとした頬肉に顎肉までが、つられて揺れる。
「ガスコーニュ侯もそのあたりにしなさい」
険悪な気配が漂い始めたところで、オルレアン侯爵が口を挟んだ。
「貴君の忠告が善意によることはわかるが、人には向き不向きがある。エヴルー伯がすっかり怯えているぞ」
エヴルー伯爵をちらりと見やってから、オルレアン侯爵は次に、アングレーム伯爵を一瞥した。
「アングレーム家の潔癖は血筋だ。ガスコーニュ家が豪快であり、エヴルー家が商売気質であるのと同じだ」
オルレアン侯爵がガスコーニュ侯爵へと諭す。
「相性が悪いものを無理に結びつける必要もないだろう。貴君の正義感とアングレーム伯の美徳は異なるのだ。貴君はもう少し、柔軟にならねばな」
ガスコーニュ侯爵は鼻の頭にしわを寄せ、顎をなでさすって思案した。
「アングレーム伯は、ガスコーニュ侯の豪放さを取り入れた方がよいだろう」
オルレアン侯爵は、強張った顔つきのアングレーム伯爵を見て、肩をすくめた。
「まぁ、それができるのならば、既にしているな。潔癖と同様、慈悲の心もまた、アングレーム家の気質として、貴君も持ち合わせているだろうからな」
アングレーム伯爵は口を一文字にきつく結んでいた。
ガスコーニュ侯爵は「ふぅむ」と聞き入り、エヴルー伯爵は誰かが発言する度に、へつらうような笑みを向けた。
「オルレアン侯は小賢しいですねぇ」
ヴリリエール公爵がからかうと、オルレアン侯爵は笑った。
「ガスコーニュ侯からもつい先ほど、そのように評されたな」
場が和み、王は満足そうに頷いた。リシュリュー侯爵も微笑む。
ジークフリートは依然として表情を変えない。
「さて。七忠が友好を深める歓談は、このあたりでよいでしょう」
それまで荘重な置き物のように、しゃべりも動きもしなかったメロヴィング公爵が、口を開いた。
「本題へ移りませんとな」
メロヴィング公爵の亜麻色の口髭が上下することに、衆目が集まった。




