10 鳥獣虫の歓談(1)
ぱん、という破裂音が鳴った。
続いて三回。
静寂が破られ、室内には鷹揚なリズムの破裂音が響き渡った。
「よき舞いであったぞ」
王は打ち鳴らした手を下げると、すぐそばに立つジークフリートを見下ろした。
「おまえもそう思うだろう」
父国王に同意を求められたジークフリートは、表情を変えず、「ええ」とだけ答えた。
ジークフリートにとっての祖父、リシュリュー侯爵への賛辞を加えるでもない、そっ気のない反応に王は片眉をあげた。
しかし当のリシュリュー侯爵が「光栄にございます」と美しい笑みを返して下がったので、王は「ふむ」と頷いた。
「さて、此度のトライデント制圧における功労についてだが」
「それについては、アタシから一つ、陛下にお願いがございます」
堂々と王の言葉をさえぎるヴリリエール公爵に、王は眉尻を下げた。
「おまえはまた。余が不敬を申しつけたらどうする気だ」
「そのようなことは、陛下は決してなさいませんよ」
ヴリリエール公爵はニタリと笑った。
蛇のように素早く舌なめずりしたので、ヴリリエール公爵の赤く細い舌が見えた。
「なんといっても、陛下はアタシに――」
「待て待て待て。その先を申すでない」
王は手をかざして、ヴリリエール公爵の軽口をさえぎった。
厚みのある王の肩から、マントが滑り落ちる。
マントは黄金に輝くビロードで、その裏地に素晴らしい色艶と毛並みの、黒貂の毛皮が縫いつけられていた。
どっしりと重みがある。
王の大柄な体躯をすっかり覆うほどの、布量をたっぷりとった、黄金に黒褐色のマントを羽織る姿は、見る者に獅子を思わせた。
王が代替わりして即位する度に新調し、同じ意匠のマントを、歴代の王が身にまとってきた。
個人の好みで変えることなく。
「邪魔なことよ」
王は顔をしかめ、マントを鬱陶しげに手で払った。
ヴリリエール公爵は王の様子を上機嫌で眺め、自身の細くとがった顎をなでさすった。
「承知いたしました。陛下とアタシの秘密でございますものねぇ」
「外聞の悪いことを申すな。まったくこれだから蛇は」
王は呆れたように嘆息した。
その表情はゆるみきっており、王とヴリリエール公爵が気の置けない仲であると知れた。
「これでは余の威厳がもたぬ」
額に手を当てぼやく王に、オルレアン侯爵が朗らかに笑いかける。
「ははは。陛下の威厳については、我ら七忠がしかとお守りするがゆえ、ご安心なされよ」
「その七忠どもが、余の面目をいたずらに貶めておるではないか」
王は嘆いた。
少年が年嵩の相手に甘え、すねるような声色だった。
「これはよい! 我ら幼馴染のみならず、オルレアン侯がおると、ことさら、陛下は童心に返られるのう」
ガスコーニュ侯爵がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、身を乗り出した。
「梟翁侯には、棺桶に入ることなく、まだしばらく健在であってほしいものよ」
ガスコーニュ侯爵の丸太のように太い腕が、机の上へ無造作に投げ出された。
上級顧問たる建国の七忠。
その当代の年齢には、振り幅がある。
王と年が近いのは、ヴリリエール公爵とガスコーニュ侯爵、アングレーム伯爵にエヴルー伯爵。
為政者として、最も脂の乗った壮年の幼馴染達は、獅子を中央に据え、蛇、馬、蛙、豚。
彼等より一回り近く年上の、メロヴィング公爵とオルレアン侯爵。
年長者として見守るのが、鷲に梟。
そのまた父親世代のリシュリュー侯爵。
一人自由に舞う蝶。
「翁とは、ガスコーニュ侯も言ってくれるな」
オルレアン侯爵は気分を害すことなく、笑顔のままで言った。
「貴君と私で、さほど変わりないだろう」
「十も変われば、充分にジジイだわい」
ガスコーニュ侯爵の悪ふざけに、リシュリュー侯爵が目をしょぼしょぼとさせる。
「そうなりますと、私はジジイを越えて、何者になるのでしょうね」
「リシュリュー侯か!」
ガスコーニュ侯爵は豪快に机を打ち鳴らした。
「貴公はなるほど、確かに大ジジイではあるが、美しすぎるのう。不老の魔術でも編み出したか?」
「それが事実であれば、ぜひとも我がオルレアン家で研究したいものだ」
オルレアン侯爵は、気負いのない口調で言った。
「ふふ。美にまつわる事柄はすべて、リシュリュー家、門外不出の術ですよ」
リシュリュー侯爵はオルレアン侯爵へと、思わせぶりな流し目を寄越した。
オルレアン侯爵が「そうであったな」と笑って頷いた。
彼が羽織る新緑のチュニックの胸には、オルレアン家の象徴である梟が、幾多の小さな真珠で刺繍されていた。
真珠で象られた梟が放つ淡い光は、やわらかく白い。
しかし、ひとつひとつの真珠。その中央で照り返す光は、ほんのり緑色を帯びていた。
オルレアン侯爵が顔をほころばせたことで覗いた、歯の色とよく似ていた。




