表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/212

6 流してもいい血、失ってもいい生命




「以前、リリュシュー港の波止場で、あの旗がひるがえるのを見た」

 ようやくレオンハルトは重い口を開いた。

「ジークフリート兄上とともに」


「ジークフリート殿下とご一緒に……」



 腕の中のナタリーがぴんと背筋をのばすのが感じられ、レオンハルトはくすぐったい気持ちになった。

 ナタリーがレオンハルト同様に、兄を敬愛してくれることが嬉しかった。


 もともとナタリーは、王家を軽んじるような娘だった。

 それが今や、レオンハルトとともに、兄ジークフリートに忠義で仕えんとしている。現国王ではなく、次代の国王、ジークフリートに。


 いまだ立太子していないジークフリートへと国内外で疑問の声が囁かれる中、レオンハルトはこの件でナタリーに憤りたくはなかった。

 だから、ジークフリートを敬うナタリーが、レオンハルトにはますます愛おしく感じられた。

 それでレオンハルトの口は、先ほどより少しばかり軽くなった。



「うん。兄上が言ったんだ。『我等が守るべき、無辜(むこ)の民が血は、赤い』と」

 レオンハルトはナタリーを抱きしめる腕に力をこめた。

「加えて、『我が国の民も、敵国の人間も。皆、血は赤い』と」



 ナタリーが身じろぎするのが感じられた。

 レオンハルトは腕をほどいた。



「今ここにジークフリート殿下がおられたら」

 ナタリーのレオンハルトを見つめる目は、冷えきっていた。

「敵国の赤い血を流すなと。そう仰せになるとでも?」


「それはない」



 レオンハルトは即座に否定したが、ナタリーは「ばかばかしい」と吐き捨てた。


「確かに彼等には赤い血が流れていることでしょう。それでもあたし達は敵を討たなければならないのよ」

 ナタリーは感情を(たかぶ)らせてレオンハルトにかみついた。

「でなければ、人民を守れない!」


「そうだね。人民の血を、僕達は守らなければならない。では彼等は?」

 レオンハルトは我ながら陳腐で愚かな言い分だと自嘲しながらも、力なく反論した。

「彼等もまた、守るべき血のために戦っていた。彼等にも赤い血が流れていた」



 ナタリーはじっとレオンハルトの瞳を見つめてから、「ああ、もう!」と唸り、頭をかきむしった。



「ごちゃごちゃ考えるからダメなのよ」

 ナタリーはレオンハルトに指をつきつけ、睨め上げた。

「いいこと? 誰を守り、誰を斬るのか。それを判断するのは、あたし達じゃない」



 ナタリーの言い分に、レオンハルトは眉をひそめた。



「それは極論すぎやしないか。部下を従え、人を斬るよう命じるのならば、考える頭くらい持たなければダメだろう」


「考える頭。ええそうね。それくらいはね」

 ナタリーは鼻で笑った。

「でもレオンもあたしも、国中を治めるほどの器なんてないでしょう。違う?」


「違わない」



 レオンハルトは素直に認めた。


 自身が王になりたいなど、一度たりとも願ったことはなかった。

 レオンハルトが夢見てきたのは、兄ジークフリートが王になることだ。


 偉大な王となるに違いない、八つ年上の兄王子。誰の代わりもいない、唯一無二の兄。

 レオンハルトの誇り。

 人生のすべてを捧げると心に決めていた、レオンハルトが忠誠と信頼を寄せる、ただ一人の家族。


 兄ジークフリートの役に立つことこそ、ナタリーと出会ってからも変わらない、レオンハルトの揺るぎない願いだった。



「流してもいい血、失ってもいい生命の選別は、あたし達にはできない」

 ナタリーは言った。

「それは国王陛下が決めるのよ」

 腑抜けたレオンハルトを鼓舞するために、ナタリーはレオンハルトの胸倉を掴み上げた。

「優しいだけの王子様を演じたがる、腰抜けレオンではなく。この国の王になる、ジークフリート殿下のお役目よ」


「流してもいい血、失ってもいい生命」

 ナタリーの啖呵をレオンハルトは復唱した。

「選別は、王になる兄上のお役目」


「ええ。そうよ、あたしはそう思う」

 ナタリーはレオンハルトの腕をさすった。

「あたし達は、名誉を汚さないことを第一に、進み続けましょう。あたし達の考える頭を携えて」



 ナタリーは微笑み、レオンハルトに口づけを落とした。

 レオンハルトは応えた。複雑に絡まり、ごわついたナタリーの黒髪の中に、指を差し入れ、まさぐった。

 ナタリーは髪の抜ける痛みに、小さく呻いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>「流してもいい血、失ってもいい生命の選別は、あたし達にはできない」 >ナタリーは言った。 >「それは国王陛下が決めるのよ」 ナタリーとレオンハルトのジークフリートへの忠誠。 二人の覚悟を感じるやり…
[良い点] >「流してもいい血、失ってもいい生命」 >「選別は、王になる兄上のお役目」 そんな決断を委ねられるなんてー。 ジークフリートの重責に苦しくなる!! こんな重い自覚を持って生きてきたのに…
[良い点] ジークフリートさまへの家族愛に悶えました……! いいですね、美しき兄弟(*´Д`*) ナタリーの勝ち気なところも大好きです!
2023/03/12 21:34 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ