22 木こりと痩せた男
レオンの小屋を出た少年はその足で、ここひと月通っている家へと向かった。
村の制裁が解け、改めて自身のイタズラについて謝罪するためだ。
少年のひどい思いつきと気まぐれによって、木こりを生業としていた村人は、目に大怪我を負った。しばらくその稼業を休まねばならなかった。
それどころか、日々の生活にも不便を強いられた。
わびしい村。その木こり。
ただでさえ裕福とは言えない木こりの収入が途絶える。
少年の父もまた、このわびしい村では一家を養えぬと広大な牧場へ出稼ぎに出ていた。
木こりはこの村ではめったにいない、働き盛りの壮年の男だった。
「ただでさえ、この村には若い男がいないんだ。あんたは本当に、ろくなことをしないね」
少年の姉は呆れ返って言った。
「久しぶりに、まだ体の動く男がやってきたっていうのにさ」
木こりと、その相棒である痩せた男。
木こりの相棒とは、薪割りで怪我をしたとレオンの小屋へ木こりとともにやってきた男だ。
この二人は姉の言う通り、この村で生まれ育った人間ではなかった。
よそ者。ひどく珍しい存在だ。
何か事情があるのかもしれなかった。
そうでなければ、こんなすたれた村になど、働き盛りの男がやってくるはずもない。
それでもよかった。
二人の愛想はよかったし、裏表のあるようには見えず、働き者で、貧しさに文句をつけすぎるでもなく、村人とはほどほどに愚痴を言い合い、村にもすぐ馴染んだ。
少年は木こりの家へ通い、せっせと働いた。朝早くから夕方まで。
昼になると、少年は一度家に帰り、レオンの小屋へ寄って、そしてまた木こりの家へ戻る。
少年の仕事はまず、朝起きてすぐ、顔を洗うための盥いっぱいの水を、寝床から起き上がった木こりに用意すること。
目の周りに薬を塗ってやり、ぐるりと包帯を巻いてやること。
朝食は少年の母と姉が彼に持たせた、ルバーブのジャムにライ麦パン。少年の家で飼っている、鶏の産んだたまご。
少年は木こりの家のフライパンを借り、慣れた手つきで目玉焼きをこしらえる。
それから庭に出て、木こりが以前に積んでおいた木材を薪割りする。ある程度の数になったところで、村の組合へと薪を運ぶ。
薪割りと薪運びは、木こりの相棒である痩せた男と一緒にやる。
痩せた男は薪割りで怪我をするだけあって、いい大人のくせ、薪割りの腕前は少年とおっつかっつ。
木こりの仕事が滞れば、痩せた男だけではどうにもうまくいかない。
少年と痩せた男の二人が働いて、少しは足しになる。
少年と痩せた男の運んだ薪については、読み書きのできる村の長や、それに準ずる人間がその数を数え、帳簿にしたためる。
当然、少年の家からの納品に勘定するのではない。木こりと痩せた男、二人の納品としてだ。
そして相応の報酬を与えられ、少年は塩の一袋ちょろまかすことなく、すべて木こりと痩せた男の二人へ渡す。
こうした少年の献身にほだされ、木こりは徐々に態度を軟化させていった。痩せた男も同様に。
最初からうまくいっていたのではなかった。
少年によって怪我を負わされた木こりも、そのとばっちりを受けた痩せた男も。二人ともがもちろん、少年を恨んでいた。
例の事故以来、初めて少年が木こりの戸を叩いた日は、戸が開かれることもなく、「とっとと帰りやがれ! 豚野郎が! 首っ玉引っこ抜くぞ!」の罵声に、すくみあがって逃げ帰った。
転がるように走る少年の背中に、痩せた男の「二度とその汚いツラを見せるな!」という追い打ちがかかった。
少年は木こりのために持って行ったはずのバスケットを、そっくりそのまま持ち帰ってしまった。
だから少年はびくびく怯えながら、ふたたび木こりの家を訪ねた。
「おーい。木こりのおっちゃん」
少年はおっかなびっくり戸を叩きながら、しかし彼らしい気質で、ふてぶてしく声を張った。
そこで少年の耳に飛び込んできたのは、またもや男の怒鳴り声。
少年は来た道をすぐに駆け出せるよう、バスケットをわきに抱え、右足を後ろに引いた。
「なぜ我らの言葉を受け取らぬ!」
しかし、木こりの家の中からあがった怒声。
それは少年に向けられたものではなかった。
「なぜだと? 貴公は頭を、その目と同時に傷めたと見える。たかだか子供一人のイタズラ程度、そのような惨事を引き起こせるはずがなかろう」
その非難は、聞き覚えのない男の声だった。
「何を言う。子供と侮ったがゆえ、我らはこうして、いいように使われているのだろうが!」
「そうだ! 本来ならば我らは王都にて――」
続いて聞こえてきたのは、少年のよく知る声。
目を傷めた木こり。それから薪割りで怪我をしたという痩せた男。これら二人の声。
だが痩せた男の反論は、最後まで続かなかった。
「口を閉じよ」
少年の聞き覚えがない声の持ち主によって、遮られたからだ。
逃げ帰るどころか、戸にぴったりと耳をはりつけていた少年。
慌てて取りつくろう間もなく、戸が引かれる。
もたれかけていた戸が突然に失われ、少年は木こりの家の中へと転がり込んだ。
「こやつが聞き耳を立てている」
見上げれば、闇色のローブにすっぽりと身を包んだ大男が、少年の目の前に立ちはだかっていた。




