21 ローブ姿の男達
華奢で小柄な体躯の男は、周囲を抜け目なく慎重に見渡した。
人はもちろん、逃げ出した家畜、野生のウサギの一匹もいないことを認める。
痩せた男は、鬱鬱とした草木の中へ滑り込んだ。
その後ろ姿は、ある村人の背格好によく似ていた。
レオンの小屋へ、「薪割りで怪我人が出た」と急き込んだ男に。
痩せた男が姿を消した藪の奥。
みすぼらしい小屋が建っていた。
人が住まなくなって久しいのだろう。
背の高い草木にぼうぼうと囲まれ、積まれた石は今にも崩れ落ちそうで、気味が悪い。
窓はひとつだけあった。
だが、伸びきった枝葉に覆われ、窓を覗くには、それらをかきわけなくてはならない。
突風が吹いたところで、複雑に絡み合ったツタが小屋の外に生える草木と窓の格子とを固定し、さして動きようもない。
その上、内側から隙間なく、黒い布で窓全体が覆われていた。
陰気で薄暗く、ほこりとカビ、虫やネズミの死骸の臭い。
そうでありながら、室内は意外にも、過ごしやすそうな様子であった。
部屋の奥にあるかまどで、薪が赤々と燃えていた。
痩せた男は頭を垂れ、膝を折った。
その先には粗末な椅子に腰掛ける人間が一人。その後ろにも、幾人か立っている者がいる。
だがそれら輪郭はすべてぼやけ、薄暗闇に溶け込んでいた。
もっとも、跪く男以外のほとんどが、頭のてっぺんからつま先まですっぽりと、闇色のローブで身を包んでいる。
太陽の光に姿を暴かれたとて、彼等の顔はフードに隠され、ようようわからないだろう。
口元の動くのが、わずかばかり見えるくらいだ。
一方、フードを外している男もいた。
気のせいだろうか。村で見覚えのある男のようにも見える。
つい先日、目に大怪我を負い、養生すると言って、しばらく村の集まりに顔を見せなかった男だ。
もしこの男が怪我を負った本人であるのならば、彼だけが一人、フードを外している不自然さに、納得がいく。
彼は失明せずに済んだ。しかし暗闇でものを判ずることには、まだ難儀するはずだ。
誰の声もなく、沈黙が部屋を満たしていた。
しかし室内の空気はざわつくように揺れていた。
新たな室内メンバーとなった、痩せた男が口を開いた。
「ただいま戻りました」
一人座する者。
痩せた男の主らしき人間が、彼の報告を受け頷いた。
「どう見えた」
頭を垂れる男の上に落ちた声は、鋭く低い、男の声だった。
「はっ。確実かと」
痩せた男は顔を上げた。
「まさに、でん――」
発言の途中、痩せた男が大仰に肩を揺らし、言葉を止めた。
ごくりとつばを飲み込み、痩せた男はふたたび口を開いた。
「――キャプテンのご彗眼の通りで」
「俺ではない」
不愉快そうに、キャプテンと呼ばれたローブ男が否定した。
「俺は薄汚い詐欺師へと、この身を落としただけだ」
似合わない自嘲を口にする主に、痩せた男が首を傾げる。
「と、仰せになられるのは……?」
「おまえには関係のないことだ」
にべもなく言い捨てる主に、痩せた男はこれ以上機嫌の損ねることのないよう、口をつぐんだ。
しばらく部屋は、気まずげな静寂に包まれた。
身じろぎする者達の衣擦れと、薪が爆ぜる音。
しばらくして、唸り声が上がった。
「やはり魔女であったではないか」
後方に控える者達のうちの誰か。不満げな声色。
痩せた男を責めている。
「貴公ら、あれはただの事故に過ぎぬなど」
そこからは堰を切ったように次々と、声が重なった。
「これまで、長らく彼等の監視を続けてきた中で、ようやく成果を結んだかと思われたのに」
「まったくだ。明確な証拠を掴んだかと歓喜にわいたところで、貴公ら、水を差しおって」
「なにが『情けなくも我ら、村のこどものイタズラに掛かりました。あの者にかけられた疑いは誤りにございます。畢竟、魔女にあらず』だ」
仲間からの止まぬ糾弾。
ひとつ上がるごとに、非難の色が増す。
痩せた男とフードを外した男の二人は、眉根を寄せ、口を結んで耐えた。
憎悪のうねりが渦巻く。
リーダー格の男はしばらく傍観していた。
「貴公らの惑いがために、キャプテンはますます、彼の御方と離されるところだったではないか!」
「これ以上の別離は、キャプテンのご心痛を察するにあまりある――」
「よせ」
自身へと話が及ぶと、リーダー格の男はすぐさま、部下たちの論争へ割り入った。
「魔女による干渉がゆえだ」
「ですがキャプテン」
キャプテンと呼ばれたローブ男が、反論した部下へ顔を向ける。
鼻から上はフードで隠されているものの、冷たく睥睨されていることは知れた。
血気盛んに言い募っていた男達が静まり返る。
「この者達が容易く惑わされたことこそ、あの者が魔女である証。それに」
酷薄そうな、薄いくちびるは、言葉をつむぎ続ける。
「魔女であるか否か。証が早くに出ようが出るまいが」
リーダー格の男は短く息をつく。
「襲撃の日時は、ほとんど今日と定められていた」
それから吐き捨てるように言った。
「おまえたちの言う、『彼の御方』による予見によってな」
部下たちがいっせいに沸き立つ。
「なんと!」
フードから覗く口もとは皆、喜色にほころんでいる。
「さすがキャプテンの最愛の君――」
「やめろと言っている」
リーダー格の男がさえぎった。そして告げた。
「今宵、決行する」
雄叫びというには、静かな歓声であった。
だがローブ姿の男達の熱気に、小屋中がむせ返った。




