6 失われゆく魔法
夕食と湯あみを終え、ナタリーは子供たちを寝かしつけた。すやすやと平和な寝息が立ち始め、ナタリーは起き上がる。
小さなリビングで、レオンがハーブティーを用意して待っていた。ナタリーはテーブルをはさんでレオンの正面に座る。そして昼間のできごとを語り始めた。
リナが家族の関係に疑問を抱いたこと。
感情を昂ぶらせ、魔法を発現したこと。
おそらく風の魔法であること。
それによって扉が破壊され、吹き飛ばされたこと。
それから。
「つまり、魔法というのは二種類あるということなんですね」
「ええ。魔術を魔法に含めなければね」
これまでレオンが、ナタリーに問いかけずにいたこと。意図的に避けてきたこと。
愚王の独断で失われたもの。
魔法。
魔法とは、その者の体に流れる血。ただそれだけを拠り所とする能力であり、二種類のみ存在する。
一族に伝わる一族魔法。それから、その者唯一の固有魔法。
一族魔法は、その長が個々に使用許可を与えることで、ようやく発現する魔法。
一族の血を引くからといって、一族全員が発現するわけではない。使用にあたっても、誰がいつ、どのような目的で用いたのか、長に対し、報告義務が求められる。
報告を怠った者は、例外なくその力を長から奪われる。
一族魔法が用いられれば、その瞬間、長にはそれと知れるからだ。
固有魔法は、一人の人間がただ一つ有する魔法であり、誰しもが発現するとは限らない。
その能力は、威力においても種類においても、個人差が大きい。
ナタリーが魔法について大まかな説明をすると、レオンは頷いた。
レオンが理解したのを見て取り、ナタリーは続ける。
「ほとんどの魔法は失われたわ」
「ええ。そう聞いています。もっとも、平民の僕では、真相を知りようもありませんが」
レオンが肩をすくめると、ナタリーは首を振る。
「魔法が失われたなんて嘘を、公にする益がないわ。王家も諸侯も、隠し通したかったはずよ」
「隠し通すことができないほどの事態だということですか?」
「ええ、きっと」
レオンはふと思い返す。
国中を驚かせたという、王家の正式な宣言。青い血はもはや無用の長物であると。
レオンがまだ、二つか三つ。幼く記憶もおぼつかないような。そんな年頃に起こった出来事だったはず。
ナタリーの言い分を鵜呑みにするのならば、宣言以前までは、まだ魔法は存在していたということだろうか。どうにか隠し通せる程度には。
確かに王都滞在時、それに関連するような噂を耳にしたことはある。
『外交を重視した政策により、長きに渡って他国の王家と交わり続けた現王家の血は、もはや青くなどない。
そしてそれらを補っていた、魔術師が激減したことで、王家に青い血が流れていると見せかけることすら叶わない』
大貴族が支援する医術学校で、王家を揶揄するような。
記憶と思索の世界へ、さらに深く没入していこうとするレオンを、ナタリーの声が呼び戻す。
「一族魔法は、ただ一つを除いて絶えたでしょうね。それに固有魔法を操れる者は今、リナしかいないはずだわ」
「ただ一つ……? いや、それはいい。どうせ僕にはわからない貴族の話だ。それより」
王家を嘲弄した貴族達もまた、同様に魔法を失っていようが。そんなことは、レオンにとって、対岸の火事。
レオンがぐっと前屈みになった。ナタリーはどうぞ、というように口角をあげた。
「リナしかいないというのなら、あなたが行使する魔法は、固有魔法ではないと?」
「ええ、違う」
ナタリーはカップにかけていた指を燭台に向ける。
蝋燭に灯る炎。それが、ナタリーの一振りで消えた。風が吹いたように。
「今のは風を操った。風呂桶に水を溜めるのは、風じゃない。そうでしょ?」
「つまりあなたは、風も水も操ることができる」
「ええ。そして火も、雷も。それから他にも色々とあるけれど、そうね――時も、操ることができたわ」
「できた?」
ナタリーは艶やかな微笑みを向けた。幸せだと言わんばかりに、頬を薔薇色に染める。
「生まれ変わったレオンに出会うためだけに、時の能力は使い果たされたわ」
レオンは言葉に詰まる。
「もともと時を操るのは、ほとんど反則技だもの。そしてあたしに残された魔法は、本来あるべき姿ではないから、有限なのよ」
「本来あるべき姿ですか?」
レオンは気持ちを切り替え、質問を続けた。
ナタリーの告白によってもたらされた、嬉しいような虚しいような。複雑な想いは胸の奥に仕舞い込む。
「ええ。これはレオンハルトから譲渡された力だから。あたしという器に、入り切らなかったんじゃないかしら」
レオンはテーブルの下でぐっと拳を握った。
レオンハルト。その名が、ナタリーの口から発せられた。幸せそうな顔で。
時の魔法とやらを使い切ってまで、ナタリーが待ち望んでいたのは、レオンではない。
『レオンハルトの生まれ変わり』だ。




