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Weorold  作者: 黒木かさね
一幕 ≫ 王冠の姫君
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04 : 異世界の少女4




 第一印象は、黒。

 身に纏う軍服は千雪を気絶させた青年と同じ、けれど色は白だった青年とは違い目の前の彼の纏う軍服は黒一色だ。

 立たせた黒髪に、平均よりも上だろう長身。年の頃は白を着た青年と同等かそれ以上。鼻筋は通っていて、闇を思わせる黒の双眸は泣く子も黙る切れ味。

 見た目は上等の部類に入るのだろうが、如何せん目付きがそれ以上に悪かった。


 唐突に現れた見知らぬ人、しかも悪人面ときた、を目にした千雪は思わず後退る。けれど青年からしてみれば彼女がどう動こうが自身の行動を変える気は無いらしく、その片手は千雪へと伸ばされる。


「……え、ちょっ、何するの!?」


 そのまま腰に腕を回され軽々と持ち上げられた千雪は、持ち上げられてからようやく暴れるも青年の妨げには全くなっていなかった。


「下ろしてください」

「ろあうぇあにあ」

「だから下ろしてください」

「こーで、うぃくわしゃららめち」

「何を言っているか分からないのですが」

「ういうぇい、うぃくわしゃららめち」


 米俵のように脇に抱えられた千雪は青年に話しかけるものの、相手の言葉が分からず会話が成り立たなかった。

 ならばと腕を叩いて離すよう訴えるが、それも聞き届けてもらえそうにもなかった。


 青年に抱えられ、千雪は部屋の中へと戻っていく。

 彼が目指したのは、最初に目覚めたベッドだった。

 そこまで戻ると、千雪は勢いよく投げ出されベッドへと逆戻りすることになる。

 マットレスの素材が良かったためか、対した衝撃も受けずにベッドに尻餅をついて落ちたが、すぐさま身を起こして千雪は青年を睨んだ。


「普通人を投げ飛ばす!?」

「うーしぇうぃくわしゃららめち」


 千雪の言葉に何かを言われたようだが、依然として千雪の分からない言語のため何を言っているのか分からない。

 それ以上を言っても意思疎通は出来そうにもなかったため、千雪の文句はそこで止まった。だが相手は意思疎通が出来なかろうが気にしないのか、そのまま千雪の頭を勢いよく撫ではじめた。容赦もないそれは、千雪の頭を揺さぶる。


「えっ、わっちょっと……!」


 しばらくの間、盛大に揺さぶられた千雪が開放されると、彼女はこれ以上揺さぶられないようにと頭を抱えながら後退った。

 髪の毛をぐちゃぐちゃにされたせいで、視界が髪の毛で遮られていた。ぼさぼさとなった髪を整え始める。ある程度は直してから、ふと男を見上げれば双眸を僅かに眇めて笑っていた。


「らうぃあにゅしょーふぇ」


 呟かれた言葉。けれど千雪に分かるはずもなく、ただ彼女は笑うと更に切れ味が鋭くなった男を見上げていた。

 対する男も、ひたすらに見つめる千雪を見下ろす。瞳には面白そうな色を浮かべていた。


 妙な空気が流れ、自然と千雪の眉根が寄せられていく。

 その空気の重さに耐え切れず千雪が口を開いたところ、千雪でも男でもない第三者の声が聞こえた。


「あいりゃーぎぇ」


 深く、耳に残る声。聞き覚えがあった千雪が勢い良く振り返った先には、先程千雪を気絶させた青年、シルヴィアリアスが部屋の入り口に佇んでいた。







「何をしている」


 シルヴィアリアスの呆れた声に目の前の千雪が勢いよく反応したのを横目に見ながら、ヴィンセントは浮かべていた笑みを更に深めた。


「それはこっちの科白だ。見ろよ、お嬢なんてお前が来ただけで警戒しているぞ。一体何をしでかしたんだ」


 ヴィンセントが視線で指し示す先。シルヴィアリアスが見れば、千雪は威嚇でもしそうな表情で彼を見ていた。

 背中に流された髪がもし彼女の感情で動くのなら、逆立っていただろう。――まるで猫のようだ、とヴィンセントは笑ったが、シルヴィアリアスにも同じように、千雪が毛を逆立てて威嚇している猫のように見えた。


 一瞬答えるのを戸惑い、それからシルヴィアリアスは呟いた。


「地面へ転がして気絶をさせた」

「……それはなんというか、なあ」


 答える方も答えようがなかった。


「一目惚れして、気絶させて攫おうとしたとか?」

「どこからそんな考えが湧き出てくる。不審者だと勘違いしただけだ」

「……うーわ」


 主の最愛の人を不審者扱い。主に知れたら果たして何を言われるか。考えただけでも恐ろしいとヴィンセントは首を竦めた。

 基本的には理性的な主だが、大切な人が絡んだら何をしでかすか分からないというのは彼の親しい人から聞いていた。


 視線を向けた先、金の髪の青年は睨みつけている少女を見下ろしていた。


「会話は出来そうにないか」

「お嬢の使っている言語が分からない限りはな」


 それは仕方がない。大陸や国が違うだけで言語が違うのに、世界が違うのなら余計に言葉の規則など違っていても可笑しくはない。

 魔法などというものはあっても、残念ながら知らない言語を翻訳してくれるほどに便利ではない。結局は、どちらかが相手の言語を覚えるしかないのだろう。


 その労力と時間を考えて、ヴィンセントは内心頭を抱えたくなった。

 彼自身は知らないことを知ることは嫌いではないし、むしろ好きな部類に入るだろう。問題なのは、時間だ。少女の言語を覚えるか、もしくは彼女にこちらの言語を覚えてもらうか。そこから言葉を交わすことができるようになるまで、更には彼女にこちらの言語を覚えてもらうまで、果たしてどれくらいの時間を掛ければ済むことか。しかし、それを悠長に待っている時間はもうない。彼女には早急にこちらの言葉を覚えてもらう必要があった。

 城中の学者を集め、何日間も顔をつき合わせて話し続けたら覚えるだろうか。誰かに知られたら無茶苦茶だろうと言われそうな内容を考えていた彼は、思考に沈んでいたからこそ同じ部屋にいる2人の動向を把握していなかった。


 後悔というのは、後になって悔やむからこそ、そう呼ばれる。

 これから先、数ヶ月は後悔するだろう出来事にヴィンセントが気付いたのは、千雪の威嚇するような声が切っ掛けだった。




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