クエスト14:隠れ里でエルフと握手! 後編(入浴回2)
※微ガールズラブ表現有り。ご注意下さい。
「ともあれ、ピカレス様と皆様がご無事で、安心しました」
ピカレス氏との決闘を終え、あれから僕達は白亜の塔の三階に位置するミザリーの部屋に招待された。
部屋は結構な広さで、何処のお姫様と問い質したくなるような豪華な内装であった。
まず部屋全体に敷かれた絨毯がフワフワを通り越してモフモフだったので思わず靴を脱いで上がる僕達。
あとは天蓋付きのベッドやら上等な革張りのソファやら僕の日本での自室が丸ごと入りそうなクローゼットやらキラキラ光る化粧台やら、僕がもしリアル女子だったらきっと憧れるであろう物品に溢れている。
それから部屋の隣には豪奢なバルコニーが出っ張っており、女性陣の感嘆の視線を集めるのだった。
ちなみにピカレス氏は「結婚前の男女が同衾などと!」とか言って席を外している。どうやら彼はここで暮らしている訳では無いらしい。意外と生真面目な人物なんだな……
そんな訳で、今は僕達四人とミザリーとの合計五人で夕食のテーブルを囲んでいるところだ。メニューはふんわりした白パンと素材の味を活かした生野菜のサラダと同じく果物盛り合わせとあとヨーグルトが出てきた。とてもヘルシーだ。
この世界のエルフは動物性でも牛乳とかはセーフということらしい。
「うん。まあ目的は腕試しみたいなところだったから、お互いそんなに熱くならずに済んだみたいだね」
山盛りのサラダを頂きつつ、決闘のあらましとか僕達のこれまでの冒険とかミザリーから見たピカレス様の良いところとか、そんな話で盛り上がる。みんなで生野菜をしゃくしゃくと齧る光景が兎園っぽいなとちょっと思う。
とりあえず今日の決闘で対処を間違うと“憤怒砲”で焼き尽くされかねなかった件については伏せることにしておいた。
里の住民以外の人と話をするのは久しぶりのようで、ミザリーは特に他の町や村の話に目を輝かせる。
「港町ですか……海はまだ見たことが無いのです。一度行ってみたいですね」
「……その際は、船は遠くから眺めるだけにしておいた方が無難……死にたくなければ乗らないほうが良い、なの……」
「世界が平和になったら、愛しの彼と新婚旅行で世界を巡るとか良いんじゃないの?」
「し、新婚……旅行ですかっ!? ええっ、でも、私、そんな、心の準備が、あぁんっ」
なんかいきなり顔を真っ赤にして悶えだした。これは可愛い。小動物的な意味で。
「……ただ、注意するの。仮に魔王を倒してモンスターが居なくなっても、悪い人間は居なくならない、なの……」
静かな口調でルナが重い事実を告げる。確かにミザリーにとってはある意味人間も天敵のようなものだからなあ。無思慮に連れ歩くのも問題だ。
かと言って、このままこの塔で軟禁同然の生活を送らせたところで絶対安全という訳でもないんだ。
これもネタバレだけど、ゲーム本編の展開ではこの後ミザリーは強欲な人間達に攫われて、そして彼女が精製するルビーを目当てに色々酷いことをされてしまう。
囚われのミザリーをピカレス氏が助けに来るが時既に遅く、ミザリーは自身の流した血の海の中でまさに息絶えようとしていてピカレス氏大激怒。必ずかの邪智暴虐な人類を除かねばならぬと決意する。それで異形の怪物と化し復讐鬼になった彼とそれを止めに来た勇者が決戦するという、ちょっと端折ったけどだいたいこんな流れだ。
尚、火のオーブも異形と化したデスピカレス氏との戦闘での戦利品だ。でもこればかりは入手時に素直に喜ぶ気になれない、辛い展開だった。
「新婚旅行、素敵ですね。その時はご連絡頂ければわたくしが護衛を承りますっ」
元気な声でアヤメが立候補するが、妙に乗り気なのが気になる……
「アヤメ、もしかして『魔王を倒したらモンスターが斬れなくなるから代わりに悪い人間を斬ろう』とか考えてないよな……?」
「…………も、勿論ですよ……?」
ほほう。じゃあ、僕の目を見て言って貰おうか。
僕らのやりとりを見て、ミザリーがくすくすと笑う。
ともあれ、ミザリーに未来の可能性を残すためにも僕らが今ここで出来ることが何かあるかも知れない。ガルティオ氏の死亡が回避できたように、ミザリーの運命も僕達の行動で良い方向に変えられるかも知れない。可能性はきっとある。
まずはこの部屋のセキュリティをチェックして、ミザリーが攫われるのを事前に防げるように頑張ろう。
「どーしてこーなった……」
誘拐阻止のためミザリーの部屋やその周辺を見て回りたいと希望を出したら、その一環で大浴場にも案内されてしまった件について。
大浴場はこの建物の二階部分のほぼ全域を占めているようで、中で泳げるぐらいの広さを誇っている。
当たり前のように五人全員で入っているので僕はいつも通り隅っこで膝を抱えて小さくなる。
「こんな広いお風呂を普段は一人で使ってるの? ちょっと寂しくなりそうね」
「時々、里の女の子達を招待したりはしますけど、一人だとやっぱり広すぎて落ち着かないですね」
「アネルの温泉も良いお湯ですが、ここも素敵ですよね」
温泉街アネルの話が出てきたが、≪帰還≫の呪文が使えるため僕達は時々そこに立ち寄って、一泊するついでに温泉にゆったり浸かったりしている。
他にも、ご飯が美味しい宿やベッドが気持ち良い宿はチェックを入れておいて気が向いたらそこの町に飛んだりする。最近は行く町々の宿を仲間内で採点……と言うのはおこがましいが良い所探しするのが旅の楽しみだったりする。
ただ、ラーダトゥムにはあまり泊まらないようにしてるかな。両親を殺されたアヤメや両親に捨てられかけたルナが居る手前、僕だけが家族団欒するのが心苦しいというのがあって。冒険の節目に顔見せや報告ついででガルティオ氏夫妻や王様に会いに行くことはあるけれど、なるべく日帰りでお暇することで程よい距離感を保つ方針でいたい。
「あの……ユウ様はどうしてそんな隅っこに?」
背中からミザリーが心配そうに声を投げかけてきたが、僕は彼女の柔肌を目に入れないようにしながら答える。
「えっと、僕はその、勇者修行で小さいときから男のように育てられてきたから、女の人の肌に慣れてなくて」
「……という設定。なの……」
なんだかその補足は凄く中二病っぽくて不本意だ。
「ユウさんは、恥ずかしがり屋さんなんですよ」
まあ、パーティメンバー相手だとアネルの温泉で何度もご一緒したし家族のようなものと割り切ることも出来るけど、ミザリーは人妻のようなものだから背徳感とか罪悪感とかが半端無くて目を向けるのも憚られてしまう。
「それにしても……シンディ様は、その、凄いですね……何をしたらそんなに大きくなるのですか?」
「んー、気付いたらこうなってた感じ? あんまり大きくても冒険の邪魔なんだけどねえ」
「ミザリーさんはエルフですし、細い人には細い人の魅力がありますから」
「……ん。エルフ殿とは親友になれそう、なの……」
後ろでルナとミザリーががっちり握手している気配がするが、僕は何も見えない聞こえない。
そういう訳なので、後ろの方で開催されている女子会の様子を目と耳からシャットアウトするべく、僕は湯船から出て身体を洗おうと、花の香りのする石鹸を手に取る。
「あの、ユウ様、良かったらお身体、洗いましょうか?」
「ええっ!?」
いつの間にかすぐ背後にミザリーの気配。思わず振り向くと目の前には身体に巻いたバスタオルから伸びたしなやかな脚があった。
男だった時の僕の腕ぐらいに細い脚に、静脈が透けるほどの白く綺麗な肌。エルフってみんなこんなに儚い生脚してるのかなとつい関係無いことに思いを馳せる。
「あ、あの、大丈夫。自分で洗えるから」
上を見上げると危険な物を目撃してしまいそうで慌てて彼女の爪先の辺りに視線を落とすが、
「そうですか……私、なかなかこうやってお友達と触れ合う機会が無いですので、洗って差し上げるのが楽しみだったのですが……」
屈み込んでこちらと目線を合わせてきた。ルビーのような紅い瞳には悲しげな気配が浮かび、エルフ特有の長い耳もしょぼんとした様子で垂れ下がる。
「う、うぅ……それじゃあ背中だけ、お願いしようかな」
なんとなく悪いことしてる気がして、妥協案として背中を差し出す事にした。
意を決して自分のタオルを解いて腰までずり下げると、解放された僕の胸がたゆん、と大きく揺れた。
………………
すみません見栄張りました。正しくは僕の胸がふるん、と控えめに揺れた。
「それでは、失礼しまして」
背中を優しく、丁寧に磨かれる感触。後ろの方から「……勇者殿、チョロすぎ、なの……」とか「イヤイヤ言いながら押し切られると流されるタイプよねー」とか好き勝手言ってるのが聞こえる。
……そんなチョロインフラグ、へし折ってくれるわ。次からはもうちょっと毅然とした対応を――
「では、前の方も洗わせて頂きますね」
「ちょ、何事ー!?」
背中からミザリーの手が伸びてきて僕の胸を包み込んだので、思わず悲鳴じみた奇声をあげた。
父さん! 都市伝説かと思っていた“揉みニケーション”は本当にあったんだよ!
「あぁ、申し訳ありません……私も、里のお友達のエルフの皆も、見ての通りの貧相な身体ですので、一度その、ご立派な胸を洗ってみたかったんです……」
僕の大声に驚いてか、再びしゅんとした顔になるミザリー。
確かに、僕の背中にもバスタオル越しにミザリーの胸が当たるが、一言で言うと洗濯板。二言で言うと紛う事なき洗濯板だ。
「でも、それならシンディの方がよっぽど立派じゃないか」
「物事には順序というものがあるのです。シンディ様のはご立派すぎて、『大嵐の山脈』のように迂闊に挑戦すれば遭難してしまう危険地帯。まずは手ごろなお山で経験値を積まないとと思いまして……」
「うひゃあっ!?」
言いながらも、僕の胸をふにゅふにゅと揉み続ける。感想としてはとにかくくすぐったい。そう、くすぐりと一緒で自分で揉んだ時は手の方の感触が気持ち良いだけだったけど他人に揉まれるとなんかこうドキドキフワフワと変な気分になる。
うう、でもミザリーが背後で凄く幸せそうにうふふと笑ってるから、振りほどくのも忍びないし……明日からもうちょっと毅然とした対応を頑張ることにしよう。
「あぁ……よいです。大変ようございます……」
「あの! ちょっと!? おーい!?」
まさかとは思うけど、ミザリーってそっち側もいける人じゃないよね……? 塔住まいなだけに。
それはさておき洗ったり磨いたりするのとは明らかに違う手つきで僕の胸を弄ぶミザリーだったが……その手の動きが急に止まった。
「……え?」
気になって振り向くと、ミザリーは幸せそうなとろけた笑顔を浮かべながらカクカクと震えだし……
ぶばっ! と大量の鼻血を噴いた!
「って、おいっ!」
「ミザリーちゃん!?」
「大丈夫ですか!?」
「……無茶しやがって、なの……」
やり遂げた顔で前のめりに倒れそうになるミザリーを、慌てて抱き止める。仲間達も急いで集まってきた。
ミザリーが流した鼻血は、光を反射するようにキラキラと輝きながら落下してゆき、浴場のタイルで跳ねたかと思うと紅く輝くまばゆい宝石に変質する。
そう。彼女が体内で精製した宝石の素は鼻血となって外に流れ、外気に触れることで美しいルビーへと変貌を遂げることになる。
――ルビーの鼻血。
これこそが、ミザリーの特殊な体質の具体的な形であり、彼女が欲深い人間に狙われる原因でもある、魔性の宝石なのだ。
「……は、私……」
ミザリーの部屋、天蓋付きベッドの中。あれから暫く寝かせると彼女はぱちりと目を覚ました。
「あ、気が付いた? 大丈夫? 気分悪くない?」
シンディが冷たい水を渡しながら心配そうに尋ねる。ベッドに上半身を起こすミザリーは薄いシルクの寝間着に身を包んでおり、線の細さも相まってまさに護ってあげたくなる美少女のオーラがあるが、鼻に詰められたハンカチが若干台無しにしていた。
「あの、すみません。ご迷惑をおかけしたみたいで……」
「ん、だいじょぶだいじょぶ。気にしないで。ちょっとのぼせただけみたいだから暫く横になれば良くなるわよ」
うん。さっきの鼻血はお風呂でのぼせたのが原因だったんだな。きっとそうに違いない。
「じゃあ、少し風入れたほうが良いかな。バルコニーの方の戸、開けてきても良い? ついでにバルコニー周りの進入経路も点検しておきたいし」
「ちょっ、ユウちゃん! その格好で外に出るつもり!?」
バルコニーに向かおうとした僕をシンディが慌てて引き止める。僕もさっきのミザリーとのお戯れのせいかなんだかこう身体が火照っていて暑いので上はまだ着てないけど、ドロワース履いてるから恥ずかしくないもん。
「大丈夫だよ。夜で暗いし、手すりが目隠しになってるから地上からだと見えないよ」
「……勇者殿、それでも一応隠した方が良いの。私に秘策あり、なの……」
眼鏡を光らせつつ、袖も裾も長めの清楚な寝間着姿のルナが僕の背後からとてちてと近づいてきて、
「……手ビキニ、なの……」
「ちょ、何事ー!?」
「……却ってえっちぃからやめなさい」
後ろからにゅっと伸びてきた両手が僕の胸を包み込んだ。と思ったらすぐシンディに引き剥がされた。尚この世界にはブラが存在しないので「手ブラ」という単語も成立しない。
ビキニならあるのか? と疑問に思うかもだけど実は“マジカルビキニ”という名前の水着形防具がちゃんと存在する。ビキニ島に相当する何かの地名があるかどうかまでは気にしてはいけない。
「ともかく、何が起こるか判りませんからユウさんはこれを」
アヤメに手渡された自分用の寝間着を渋々頭から被り、戸を開けてバルコニーに出る。そこには夜の帳、優しい月の光、ひんやりとした風、そして……
「――え!?」
知らないおっさんが三人ほど、バルコニーの手すりを乗り越えようとしている現場に巡り会った。
「美少女だ!」「けどエルフじゃねえぞ!」「構うもんか! 一緒に連れ去ってしまえ!」
口々に不穏な言葉を発しつつ、おっさん達はロープや猿轡を手に飛び掛ってきた。荒事に慣れてるのか、決断が早く動きの連携も取れている! だけど――
「喰らえ≪雷電≫!」
「「「あばばばばばばばばばばっっ――!?!?」」」
一挙動で複数を攻撃できる手段を持つ僕の敵じゃない。むしろこの場で逃げられた方が対処に困ったのでこの展開は望むところ、あっさり返り討ちにしたのだった。
黒コゲになって気絶したおっさん達を、彼ら自身が持っていたロープで縛り上げた頃、ピカレス氏が血相を変えて部屋に突撃してくる。
「ミザリー! 鼻血出して倒れたと聞いたが無事か!?」
「大丈夫よー。あと変態が出たから捕まえておいたわ」
「変態だとぉ!?」
バルコニーに転がる三人のおっさんを見て、ピカレス氏が吼えた。今なら“憤怒砲”で山をも砕けそう程の怒りを感じる。
状況から考えるに、覗きとか泥棒とかじゃなくミザリー誘拐が目的なんだろうな。もしかすると今のがゲーム本編の時のミザリー誘拐イベントだったのかも知れない。
「うん。どうも長梯子でバルコニーまで上ってきたらしい。風を入れようと戸を開けたところで鉢合わせて」
「そうか……この高さなら大丈夫かと思ったがこれでも進入されてしまうのか」
「バルコニー以外にも、窓とか天井とかから入れないように見直した方が良いと思うよ……強欲な人間の執念って馬鹿にならないから」
ピカレス氏が難しい顔をしている。恐らくはセキュリティ強化の算段を立てているのだろう。これを機にミザリーが攫われるリスクが減るなら僕としても安心する。
さて、ピカレス氏による変態三名の尋問があったが詳細はお子様の教育に悪いので省略して。
やはりおっさん達はミザリーの“ルビーの鼻血”で大金持ちになるのを夢見る欲深いダメな大人だった。
彼は容赦なく誘拐犯達の首を刎ねようとしたが、ミザリーの「まだ未遂ですし」の嘆願で、暫くはこの村で見張りをつけて強制労働、反省が見られるようならここに二度と近づかないと確約させて解放、という方針になった。
「ピカレス様……私のわがままを聞き入れて下さりありがとうございます」
「うむ……ミザリーが悲しむ顔は見たくないからな」
「もうあんたら早く結婚して一緒に住むようにしなよ」
きっとそれが一番の防衛力強化だと思うんだ。
結婚、というワードに二人とも顔を真っ赤にして口ごもっていたのが可笑しかった。
「来てくれて楽しかったです。またいつでも寄って下さいね」
「うむ。貴様らが居ればミザリーの護衛代わりにもなる。歓迎するのも吝かではないぞ」
翌朝、ピカレス氏とミザリーに見送られて僕達は隠れ里を後にする。
「こちらこそ、お世話になったよ」
「それじゃ、二人とも元気でねー」
「結婚式の時は、是非呼んで下さいね」
「……また来る、なの……」
できることはやったと思う。次に来る時も、ミザリーが元気で迎えてくれれば良いな。
そう思いを新たにし、僕達はこの地方に来た本来の目的、光のオーブを取りに伝説の妖精国へと向かう。
そして妖精国でのクエストは難なく果たし、僕達は無事に光のオーブを貰えたことを追記しておこう。




