ルディー・フォンデュルフ
「通行の邪魔だわ、退きなさい」
ジェシーより強いウェーブのかかったオレンジに近い金髪。前髪はポンパドール。
つり上がった瞳。腰に手をあてこちらを見下ろす、見覚えのある姿に思わず唸った。
この人、ラスくんのパーティー騒動の時に逆上してきた人だ。
通行の邪魔と言っても、私は廊下の真ん中に突っ立ってたり幅を取るように足を広げてた訳でもない。
ただいつも通りの自分の席に座っていただけだ。わざわざ私の机の前まで来たのはそっちなのに、ひどい言いがかりではないだろうか。
病み上がりで、攻略対象者の保健室から脱出してきて、お昼ご飯食べ損ねたばかりなのに…今日はついてない。
「退けと言われても……別に邪魔になってないと思うのですが?」
「いいえ!私が邪魔と言ったら邪魔なのよ!!」
……そういえば、前もそうだった。この人の文句は理不尽すぎる。
誰だ、こんな端々から頭の悪さが滲み出ている人をこの学園に入学させたの。
私が怒りや呆れを通り越して遠い目をしていると、その人は
「私はルディー・フォンディルフ。社交界でも絶大な権力を持つ家の娘だということぐらいは庶民の貴方にもわかるわよね?」
突然鼻にかかる自己紹介をしてきた。何なんだ。
そもそもこの学園で実家の権力など何の意味も持たないことぐらいわかっているだろう。それに、権力でいうならフォンディルフ家より攻略対象者たちの家の方が断然有力だし。
これ以上この人、もといルディー嬢に付き合うのも時間の無駄だなと思った私は、机の中から教科書とノートを取りだし、予習を始めた。
「な、ちょ、何してるのよ!?」
「見ればわかりませんか」
「予習してることぐらいわかるわ!!」
「なら静かにしてください」
私はノートから一切顔を上げずに返事をした。
何でルディー嬢はいちいち語尾にビックリマークを付けて話すのか。そんな大声で話さなくっても聞こえてるから。
私が静かにしろと言ってから急に静かになったから、少しだけ気になって視線だけ上げると、ルディー嬢は真っ赤な顔で、瞳に涙を溜めてプルプルしてた。うん、高校生にもなって拗ねる時に頬を膨らませる人って初めて見たよ。
「そういう、ことを、言ってるのではなくてっ」
そんなルディー嬢を冷静に眺めていると、震えた嗚咽混じりの声で何か言い出した。
え、泣くの!?
スカートをきつく握り締める彼女の目からは今にも雫がこぼれ落ちそう。
参ったな。泣かれて下手に注目を集めたくないし……。
「あー…無視してごめんなさい。邪魔なら退きますから泣かないでください」
どこに私の否があるのか全くわからないが、こういう人種にはあまり歯向かわない方がいい、穏便に済ませるためにも。
そのような結論に至った私は机の上の荷物をまとめて立ち上がる。とりあえずその場を離れようと歩き出した私の腕が、ぐいっと引かれた。
「違うの!!本当に居なくならないでよ!」
見るとルディー嬢が私の腕に彼女の腕を絡めていた。
だんだんイライラしてきた。
「結局、何がしたいんですか」
若干語尾がきつくなったのは仕方ない。意味不明すぎる彼女が悪いのだから。
その私の冷えきった態度に慌てたルディー嬢は、しばらく あの、そのっ… と、もじもじしていたが、やがて決心をしたように私を真っ直ぐに見据えると
「私が貴方と、友達になってあげないこともないわよっ!!」
頬を赤く染めながら叫んだ。
「……え」
嫌だ。と、素直な返答が口をついて出そうになるが、寸での所で止めた。また泣かれそうになっては堪ったもんじゃない。
それより、どうしていきなりそんな上からな友達申請?私は別に友達なんていらないんだけど。
「あの、どうして私なんかと友達になりたいんですか?」
「そりゃあ貴方がいつも一人だから声掛けやす………別にどうでもいいじゃない!!私が友達になってあげるって言ってるのだから素直に喜びなさいよ!!」
……私が察するに、ルディー嬢 友達居ないな。それで同じく友達の居ない私に声を掛けてきたってところか。まぁ、こんな性格じゃ友達出来るわけないよね。私ももちろん願い下げです。
「ごめんなさい。私友達いらないので」
「…えっ!?」
「それでは」
幸い次は移動教室。ここは強引に振りきらせて貰おう。と思ってたのに。
「……なんでついてきてるんですか」
なんか、私の後を教科書を持ったルディー嬢がひょこひょこ付いてきた。
「だって、どうせ同じ場所に行くんだもの。……まさか私と貴方がクラスメイトだということも知らないって言うんじゃないでしょうね」
…………衝撃事実。
つまり私は二年間、攻略対象者のラスくんのみならず、このトラブルメーカーとも一緒に過ごさないといけないの!?
あぁ、不登校になりたい。お金が勿体ないからそんなこと絶対出来ないけど。
「それよりさっきの話、納得出来ないわ。貴方が 友達になってくださいお願いします と懇願するまで諦めませんから」
うわ、意外と粘着気質だった。そもそも…
「フォンデュルフ様は」
「ルディーで結構」
「……ルディー様は、私のことを嫌ってませんでしたか?」
前にあったことを思い出しながら言うと、ルディー嬢は凄い勢いで私を見て
「それは誤解ですわっ!!」
と叫んだ。
キッと眉をつり上げ、何かを堪えるように睨み付けるルディー嬢に少しだけ気圧された。
「あれは、違うんですの。あの時の私はカッとなってしまって……あんなことを言うつもりなんて無かったのに」
つい先程の勢いは何だったのか、語りだしたルディー嬢はうつ向き、声は段々と小さくなっていく。
「あぁ、私ってどうしてこうなの……いつもプライドが邪魔して、本当に言いたいことを言えないの」
下唇を噛みしめ、震える拳でスカートの裾をギュッと握る。その様はまるで親に叱られた子供のようだ。私にはこの時初めて、素のルディー嬢が見えた気がした。
全く、困った人だな。
私が二度目の人生を送る転生者じゃなければ、冷たく切り捨てる所だよ。
「ルディー嬢、本当に友達が欲しいですか?」
「…え?ルディー嬢?貴方さっきはルディー様と」
「欲しいですか、欲しくないんですか」
「ほ、欲しいです!!」
庶民相手に敬語になってる…。高飛車なんだかそうでないんだかわからないな。
私はその返答にフッと不適な笑みを口元に浮かべると、悪役っぽく黒のマントを翻した。
「そんなに欲しいなら、私がルディー嬢の友達になってあげます」
「え、本当!?……じゃなくて、私が貴方の友達になってあげるのよ!!」
「……もうそれでいいですよ。但し条件がありますが」
「条件?」
訝しげに眉をひそめたルディー嬢から視線を外し、窓の外を指差す。
外ではちょうど、他のクラスが乗馬のために馬を馬小屋から連れ出しているところだった。
「今月末に行われる乗馬のテストで私に勝ったら、ですけどね」
ミニゲーム『馬上のお姫様』に使われるだけあってか、この学園で乗馬という種目はポイントが高い。だから、学業推薦枠の庶民といえど、手を抜いていいものではなかった。なんたってこっちはポイントを落としたら即退学なんだから。
そのため乗馬には勉強の次くらいに自信がある。ジュリアほどではないけれど。
ジュリアと乗馬で互角に張り合えるなんて攻略対象者くらいしかいないんじゃないだろうか?
ルディー嬢の実力がどれほどかは知らないが、巧くのせられて良かった。
私は窓の外に目を向けているルディー嬢を置き去りにして、次の授業が行われる教室へと急いだ。




