春は出会いの季節です
たくさんの評価やお気に入り登録ありがとうございます!!
いつも励まされています(*^^*)
小道を抜ければ、あとは高い塀に沿って歩くと巨大な鉄製の門が見えてくる。両脇には騎士をモチーフにしたオブジェが掲げられ、荘厳な雰囲気を醸し出すそれこそが学園の校門だ。
その校門まで残り数百メートルという距離で私はピタッと足を止めた。後ろをついてきてたジェシーが私にぶつかりそうになる。
「お姉様?」
不思議そうに覗き込んでくる大きな瞳には、どうかしたの? という疑問の色がはっきりと浮かんでいる。でも、私は返答に困った。
どうかしたと聞かれれば、どうかしたと思う。ただ、それは全然根拠のない勘。
何が言いたいのかというと、校門に近づいてる今、嫌な予感がしたんだ。
妙な悪寒を感じたまま目を凝らすと、とある人物が視界に入ってきた。
周りの生徒とは違う、輝かしいオーラを放つその姿と、突如 襲ってきた激しい頭痛に、嫌な予感は当たっていたことを確信する。
………朝から待ち伏せだなんて、ご苦労なことだ。
肩につくかどうかという微妙な長さの金髪を無理矢理 後ろで結い、竹刀を持って誰かを待っている様子の彼を、私はげんなりとした表情で見つめた。
フィニ・ホリート。
四銃士 所属の一年生。もちろん攻略対象者。
そういえば、ジェシーとフィニくんは同じクラスだったね。
一目でジェシーを気に入ったフィニくんはプロローグイベントの翌日、校門の前で待ち伏せして、登校してきたジェシーに学校案内を申し出るんだっけ。
サポートキャラなんて便利なシステムがないこのゲームでは、攻略対象者の誰かが大まかな学校の設備やシステムを教えてくれる。ジェシールートではフィニくんがその役だった。
もちろん彼も対象者だから、 これが恋愛ゲージだよ~ なんては言わないけど、「そのゲージ、なんか大事なもんらしいから頻繁にチェックしたほうがいいぜ」みたいな感じで説明してくれた。
……つまり、フィニくんはジェシーを待っている。
このままジェシーと一緒に進めば、私は彼と顔を合わせることになってしまう。
「ジェシーごめんね、ここからは一人で行ってくれる?」
「えっ!?何故ですか?」
泣きそうな顔で制服の袖を掴んでくるジェシーには申し訳ないけど、私は自分の身の安全を優先させて頂きます。
私はふわふわとした髪に手を乗せ、子供をあやすようにその髪を梳く。
「本当にごめん。今日は友達とちょっと約束があったことをたった今思い出したの。だから、先に行ってて、ね?」
あえて言う必要もないと思うけど、嘘ですよ。そもそもそんな友達いないし。
でも疑うことを知らないジェシーは、多少渋りながらも頷いた。
「わかりました……お姉様と離れるのは悲しいですが、私、頑張ってきます!!」
拳を握りしめて声高に言うジェシーに、大袈裟な…と苦笑が漏れる。どのみち校内では別れないといけないのに。
とはいえ、ジェシーが頷いてくれてホッとした。もしこれがジュリアだったらきっと行ってくれない。
私は校門に歩いていく妹の姿を視線で追う。一人が心細かったのだろう、ジェシーはフィニくんの姿を見つけると、表情を輝かせた。フィニくんもまた然り。
そして誰もが振り返るだろう美男美女が楽しげに談笑しながら学校の中へ入っていくのを、私は嬉々として見送った。
春は出会いの季節です。特に乙女ゲームのヒロインなんかには忙しい時期。
昼休み、フィニくんが元気にジェシーをつれ回し、ジュリアや騎士団の面々が忙しなく駆け回っているのを尻目に、私は穏やかな午後を満喫中。
この学園は入学式の翌日から普通に授業が始まる。オリエンテーションや対面式のようなものは存在しないらしい。あ、でも明日は誓言の儀というものがあるよ。騎士団や四銃士メインの堅苦しくてつまらないものだけど、私は密かに楽しみだ。まぁそれについては明日語るとして……。
私は湯飲みに入った温かいお茶を一口飲み、ほぅ と息を吐き出し、目の前に座る人物を見た。
「おじさん、これ美味しい!」
そう素直な感想を溢すと、おじさんは目元の皺を更に深めながら、「そうかい」と嬉しそうに笑った。
四時間目が終わった直後、私は講堂に向かった。昨日用具室から拝借した箒を返すために。
ところが、いくら探しても箒は見つからなかった。昨日 閉じ込められた後でジュリアが用具室に返しておいたらしいから見つからないのは当たり前なんだけど、その事実を知らない私は罪悪感で泣きそうになりながら用務員のおじさんに謝罪しにいったのだ。
土下座する勢いで謝った私を、見た目もうおじさんというよりおじいさんな用務員さんは許してくれ、むしろ私を落ち着かせるために、用具室の奥にある座敷のような狭いスペースでお茶までご馳走してくれている。
天気がいい日にお茶を飲んでまったり、なんて幸せなんだろう。
それにしても美味しいなこのお茶。
じっと湯飲みを見つめていると、おじさんがお茶のお代わりと煎餅やどら焼きを持ってきた。
優しすぎるよおじさん、私、感動して泣きそうだよ。
昼休みになってすぐ教室を飛び出した私はまだ昼食を食べてない。まったりしている時に盛大に鳴った私のお腹の音を聞いておじさんが何処かに消えたと思ったら……。
「こんなものしかねぇが」
白い眉を下げながら苦笑するおじさんに、勢いよく首を振る。
「十分です!ありがとうございます!!」
これ以上優しくされたら泣いちゃいます!
久々に感じた姉妹以外の人の温もりに、涙腺が危ない。それを誤魔化すように、どら焼きにかぶりついた。
どら焼きってこんな美味しかったっけ?
用務員のおじさんは眉も髭も白くて、頭は少し寂しい。手や顔は皺だらけ。本来なら定年退職している年齢だけど、特別に働かせてもらっているらしい。もし私におじいちゃんがいたら、こんな感じなのかもしれない。
ズズッと最後の一滴までお茶を飲み干し、湯飲みをちゃぶ台の上に置く。この西洋風のゲームには激しく似合わない代物だ。そういえば湯飲みもそう。だけどそれが凄くおちつく。
「おじさん、本当にありがとうございました」
深く頭を下げると、おじさんは皺だらけの、節くれだった手で私の頭を撫でた。
「何かあったらここに来なさい。いつでもお茶を用意してるから」
顔を上げると、優しげな笑みを浮かべたおじさんがいた。
春は出会いの季節です。でもそれは乙女ゲームのヒロインに限った話じゃない。悪役の私でも、こんなに素敵な出会いをした。
思わず おじいちゃん! と叫び出しそうになったのを必死に堪え、うっすら滲んだ涙を拭いながら
「……また、お茶飲みに来ます」
明日もここに来ようと決めた。
人の温もりって素敵ですよね。
いつも独りぼっちで昼食を取っていたジーナにとって、用具室は数少ない居場所になりそうです。
そしてどら焼き食べたい……。




