知らない家への里帰り
そんな流れで、我らがリーダーギラル君の予想する最も没落貴族に恨みを買っていそうな貴族家からの依頼を受ける事になったのだが……何の因果か悪縁と言うべきか、つい最近公爵にまでなってしまった某貴族家に私たちは赴く事になった。
当然、その邸について今回依頼を受けた冒険者総勢20名の集まる中でもっとも複雑そうな顔をしているのはカチーナ女史。
依頼主がファークス公爵家なのだから当然と言えば当然だろうけど。
「ねーギラル、ここを選んだのって偶然なの?」
「う~ん……正直カチーナの事を考えると気が引けたのも事実だけどさ、どう分析しても今一番危険性の高いのはここなんだよな。まだターゲットになっていないのもそうだけど、襲われている順番的にもな」
ギラル曰く、一連の強盗騒ぎを分析すると明らかにプロの仕業ではない。
それこそ素人考えで没落貴族の中で子爵、伯爵、侯爵と下の方から邸を狙っている傾向が強いのだとか。
そして順繰りに考えるとこの前まで侯爵だったファークス家がターゲットになる確率が高いとか何とか。
まあ理屈は分かるけどさ……。
何とも言えない気分でカチーナに視線を送ると、彼女は短く息を吐きだした。
「……お気になさらないで下さいリリーさん。複雑なのは確かですが、それでもファークス家の危機を私が気にしないワケではない、ギラルも仕事と言う体でこの場に来やすくした事まで考えてくれての事でしょうし」
「あ、なるほど」
失われた『予言書』と違い、カチーナにとってファークス家はもう憎悪の対象ではない、しかし正面から守るという形も何か違う気がする。
そんな嫁の複雑な気持ちも旦那は察して仕事を受けたって事かね。
「ほ~ん、以心伝心で良いね。新婚さんのワリに既に熟年感出してくれるじゃん」
「……揶揄うなや。まあその辺も無いとは言わないが、ターゲットになりそうなのも事実なんだからよ」
繰り上がりの形で公爵にまでなってしまったファークス家なのだが、厄災の影響で元の邸は全壊し使い物にならなくなった。
そんなワケでいなくなった前公爵の邸をそのまま受け継ぐ形でファークス家が移り住む形になったらしいけど、今回の依頼を受けた冒険者総勢25名が集められた大広間は以前の邸よりも遥かに大きく、やはり建物も公爵となると規模が違う。
そんな感想を持っていると、当主にして依頼主……そしてカチーナの実父であるファークス公爵が広間に現れた。
その姿に以前のような傲慢さ、無駄な贅沢をした見栄は見られず、上質だが落ち着いた服装をした彼にはここ最近の仕事の忙しさのせいなのか疲労が見え隠れする。
「皆の者、本日はよくぞ我が依頼に応えてくれた。依頼の性質上期間がいつまでかかるかは定かではないのだが、よろしくお願いする。必要であるなら途中で抜ける事も問題ないから遠慮なく申し出てくれ」
そして最初の言葉は冒険者である私たちの都合を考慮したモノ……少し前であったら教会から出向したアタシたちを“高い寄付金出してんだから金の分は働け”的な傲慢な貴族の典型みたいなセリフを吐いていたと言うのに……本当に変われば変わるもんだよ。
彼はそう前置くと広間の大きなテーブルに邸の見取り図を広げて、現在邸を守護している兵の配置とアタシたちに防衛して欲しい箇所の説明を始める。
その内容に不審な点は無く、むしろ部外者でもあるアタシたちにまでよくここまで詳細に説明してくれるもんだとすら思ってしまったのだが……不意にギラルが口を挟んだ。
「旦那、ちょいと良いかな?」
「ん? どうかしたのか? 何か分からない点でも……」
「いや……分からない点と言うか、この見取り図に乗っているのが今現在判明している全てと考えて良いのですかね?」
「?? ああ、その通りだが……」
言われた事の意味が分からず“何を言いたいんだ?”といった表情になるファークス公爵を尻目に、ギラルはおもむろに広間の暖炉へと近づいて行く。
そしてレンガの一部を少しズラすと……次の瞬間には暖炉の横の壁がゴリゴリと動き始めたのだ。
「な!? 何だその仕掛けは!?」
「把握できていないってんならちょっとマズいぜ旦那。この邸、この手の仕掛けが結構ありそうなんだよな……コイツみたいによ」
壁が開いて中から出て来たのは煌びやかな金銀財宝……恐らく前公爵が隠していた財産の一部なのだろうが、つい最近引っ越して来たばっかりのファークス公爵がそんな仕掛けを知っているワケも無かったみたい。
こんな棚ぼた的に自宅からお宝が出てきたらアタシみたいな俗人は単純に喜ぶだけなんだけど、意外と公爵は冷静に出て来た財宝を見定め始めて……とあるダイヤのネックレスを手に取ると露骨に顔をしかめた。
「う!? コイツは水精霊の涙ではないか! 数年前に王宮の宝物庫から盗まれたという……それにこっちは前国王の遺産、神血のルビー!? まさかこの邸の全所有者が関係していたとでも言うのか!?」
う~わ、面倒くさい……公爵の言葉にアタシ等が思った事は同じだったはず。
冒険者が望むのは即物的な金になるただのお宝のみ、名があり事件性もあるようなモノには関わる事もゴメンなのだ。
下手に手を出して、ましてや金に換えようとでもしたら犯罪者にもなりかねない。
露骨に“更に仕事が増えた”と渋い顔を浮かべる公爵だったが、そんな彼にギラルは更なる面倒事を伝える。
「旦那、その辺の面倒事は任せるけどよ、他にもっと厄介な可能性がこの邸にはある可能性が出て来たぜ」
「……と言うと?」
「後ろ暗い事を隠す癖があったみたいな前公爵が他に隠し部屋やら脱出ルートを作っていないとは思えない。そして緊急時に逃げられる細工をしていたとしたら、逆に言えば重要人物の喉元に直結するルートを知っている者にとって、この邸は穴だらけって事になる」
「な!?」
公爵は驚愕するけど、ギラルの予想が正解だとするなら当然の危険だよね。
隠し部屋は重要なモノを隠す為、脱出口は重要人物を速やかに逃がす為のモノなんだから、逆に知っている者が外部にいたとしたら危険なんてモノじゃない。
このままだと正直公爵一家にはしばらくこの館以外で生活して貰った方が安全って事まである。
「このまま警備体制を敷いても脱出口何かが向こうに露見しているとしたら内側から入り込まれて終わりだ。判明していないってんなら今の内に邸の不明部分を調査する必要があると思うんだけど……」
「出来るのか!?」
「斥候探索専門の『気配察知』が使える連中なら多分……」
五感を集中強化して空間の全てを把握しようとする『気配察知』は主に盗賊が得意とする技術。ギラルもそのお陰で隠し部屋を探し当てたようで、同じ技術を持つ者が今日集まった冒険者の中にいるのかを確認すると5人ほどが手を上げていた。
どのパーティーでも危険を察知する斥候役は重要だものね。
「それじゃあ、まずは公爵一家の安全確保の為に居住区から手分けして探索しようぜ。それで安全の確保が確実になったところから徐々に範囲を広げて行こう」
「了解……調査はパーティー別に動いて構わないか?」
「スマンが一応元から雇っている兵士を伴って貰えるか? 道案内も兼ねて」
公爵のその要望はある意味でこっちを信用していないとも取れる言葉だが、家主としてはこのくらいは当然の警戒だし、むしろ手放しで信用される方がこっちとしては問題があるからね。
この場に集まったアタシ等以外の冒険者たちもその辺は同様みたいで、不満を漏らす者はいないし、むしろホッとしたような雰囲気でもある。
「そりゃ一発目から厄介なお宝発見状態だからな。ここで何ぞ問題が起こったとして責任問題なんてなったら冒険者風情に対処出来るワケねーよ」
「ごもっともで」
ギラルの感想にアタシ等の本音が全て詰まっていた。
いつもニコニコ現金払い、余計な付加価値は面倒くさいからこそ冒険者何て稼業をやっている連中ばっかりだからね。
今回集まった冒険者は大体4組のパーティーで、それぞれ1~2人の『気配察知』の能力持ちという事で、作業はパーティー別に分担する事になった。
アタシ等は当然『スティール・ワースト』の三人と公爵家の兵士一人、そして何故か公爵本人も同行する事になって……カチーナが若干複雑そうにしていた。
そして結果を言えば、まあ出るわ出るわ……曰くつきどころか問題しか無さそうな財宝、武器。書類の数々……出てくる度に手にした公爵は一々顔色を青くしていた。
「盗品、密輸品、不正の証拠、共犯者の名簿、更には麻薬密売の帳簿……前公爵バルケットは彼のカザラニア公爵と繋がりが深いと言われてはいたが、ここまで酷いとは思わなんだ」
「案外このままでいたら頃合いを見計らってファークス公爵家から盗品が発見された、不正の証拠が見つかったなんて騒ぎ立てて難癖付けようとする輩でも現れたかもな」
「全く笑えん……確実にそれを実行する輩は出ただろうな」
冗談めかして言うギラルに公爵は苦悶の表情を浮かべていた。
カザラニア公爵……厄災の時に判明した誰もが知っているハズだったのに実態の無い存在だが、悪事自体は確かにザッカールに存在していて、存在するからには実行していた者は確実にいた事になる。
それが王都から消えた前公爵だって言うのだから、何ともひねりが無いというか。
ただカザラニアと違って厄介なのは、その連中は厄災の時に死んだかどうかが定かじゃないって事だ。
ギラルが言うようにどこぞの貴族に取り入って、何らかの方法でこっちの足を引っ張ろうとしても不思議じゃない。
公爵家の邸に隠された扉をギラルが発見する度に新たな面倒事が明らかにされて行く。
そんな中で、やはりと言うか公爵たちが普段利用しているという寝室に緊急時用の脱出口がクローゼットの中から発見された。
一見ただの壁にしか見えないのだけれど、ギラルが辺りを少しいじると“パチリ”と軽い音を立てて壁の一部か内側に開いたのだった。
驚く公爵を他所に警戒しつつ暗く先の見えない脱出口に侵入するギラルだったが、数分後には何食わぬ顔で“部屋の入口から”戻って来た。
ここから消えた男が外から戻って来た事に少々驚いたけど、カチーナは戻って来たギラルにいつも通りの調子で「おかえりなさい」と話していた。
「どうだった? やっぱり外に繋がっていたみたいだけど」
「ああ、この先は王都の地下下水道へと続いていたな。とりあえず公爵邸前のマンホールから出て来たけど……」
嫁の言葉に返事するギラルだったが、非常に厳しい表情を崩さない。
どうやら何かヤバい事実が発覚したみたいね。
「この脱出口だけど、内鍵になっていたけど外側には特殊な鍵を使えば開けられる仕様になっていた」
「……つまり鍵を持っている者だったら、アッサリとここまで侵入する事が可能だったって事になるのか」
悪い予想ってヤツほどよく当たるもんだ。
ギラルの忠告がそのままズバリだった事に、昨晩までこの部屋で寝泊まりしていたらしい公爵は更に顔を青くしていた……今更ながら恐怖を覚えたみたいね。
だけどギラルは更に背筋が凍る事実を口にした。
「悪い情報がもう一つ、ここから続く下水道の合流地点に複数の足跡が残ってやがった。それも新しい、まるで下見するみたいに行き来する人間のヤツが……な」
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
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イイネの方も是非!




