逆恨みの行く末
「さあ、正直に白状していただきましょうか? ネタは上がっているのですよ?」
「い、いえ……そのような事を言われましても……」
「目撃情報多数、言い逃れが出来るとは思わないで下さい」
最早慣れ親しんだ冒険者ギルドの扉を潜った途端に聞こえて来た尋問のようなセリフ。
ただ冒険者ギルドという場所の特性上、この手の尋問は実は珍しい事では無い。
特に魔物討伐など荒事を専門にする荒くれ者が多い依頼などに関しては、依頼主からの苦情などでトラブルが発生する事がある。
例えば依頼品をちょろまかしていたり、配達品を勝手に開く、もしくは持ち逃げするなど犯罪紛いな事案が起こるが、証拠がない場合などこのようにギルド職員から尋問される事があるのだ。
当然腕っぷしに自信のある連中はそんな尋問に対して威圧的に恫喝したりで誤魔化そうとする為ギルド側も対抗できるくらいの人物を用意する事になるし、実際今尋問しているミリアさんは一見おしとやかな女性に見えるが、うちのパーティーリーダーであるギラルが4人がかりでようやく倒す事が出来た程の剛の者。
生半可な恫喝に怯える事などあり得ず、下手すれば物理的な尋問すら余裕でこなす事はモグリでなければこのギルドで知らない者はいない。
ただ……今の状況はそういう類のモノじゃないのは周囲の反応から明らか。
みんな生温かい目で、しかし興味津々に聞いているのだから。
「資料では市場でのお買い物、中央広場での散策、食堂でのお食事と目撃情報は多数集まっているのですが、総じて依然と特に変わりのない様子で手すら握っていないとの事でしたね。この情報に私は失望せざるを得ませんでした」
「え~っと……それは……」
「私は元パーティーメンバーとしてギラル君が今、どのくらい新婚生活をラブラブに過ごしているのかが気にな……いえ心配で仕方が無いのです!」
「そ……そのような事を申されましても……」
「残念ながら他者からの目撃情報で二人のラブラブ具合は図れませんでした。そうなると最早私としては室内での、お家での生活内容を確認するしか無いのです! と言うワケで、新婚からこれまでのお家でのラブラブっぷりを詳細に教えていただけますか!? 無論夜の方を教えろなどと無粋な事は言いません! 二人がどの程度イチャイチャしているのか、それさえ知れれば……」
「あ、あうあう……」
「いえ、これは好奇心からではありません、あくまでも心配なだけなのです! こんなにいい娘がギラル君のお嫁さんになってくれたのですから!!」
どっからどう見ても好奇心全開だろう。
鼻息荒く尋問をするギラルのオカンこと受付嬢ミリアさんに窓口で捕まって尋問されているカチーナが顔を真っ赤に口ごもっていた。
……周囲で明らかに“夜の方は聞かない”ってセリフにガッカリした連中も見えるが、それでもみんながそこのやり取りに注目している。
しかししばらくすると奥の方から同僚のヴァネッサさんが討伐依頼に説明する時に使う分厚い『魔物図鑑』を持ってくると、興奮するミリアさんの頭を角で殴った。
ゴス!!「いた!?」
「いい加減にしなさいオカン。気になるのは仕方ないけどお嫁さんをいじめるんじゃありません! 仕事しないさい仕事!!」
「あ、ちょっと!? まだ聞いてない事がたくさん……あ~~」
そうすると襟首を捕まえられたミリアさんが残響音を残してギルドの奥に引きずられて行った。
基本真面目な職員であるミリアにしては珍しい光景に、見守っていた連中も珍しいモノをみたな~と苦笑を浮かべるしかなかった。
アタシはまだ顔を赤らめたまま立ち尽くすカチーナの隣に立つ。
「随分と詰められてたね~、これも一種の嫁姑問題なのかねぇ?」
「リリーさん……勘弁して下さいよ……もう」
「んで? 嫁さんがピンチだってのに旦那はどこ行ったん?」
「え~っと……」
カチーナが視線を投げた先は受注書が貼られた掲示板の方……そこに一見すれば仕事を探している冒険者のようではあるが、明らかに面倒事を放置してこっちを見ないようにしているギラルの姿が……。
アタシはそんなダメ夫全開なギラルの背後に近寄り狙撃杖を振りかぶった。
「嫁さんのピンチに何知らないフリしてんだよ!」
ゴス! 「だ!? ……リリーさん?」
「こういう時に嫁側に付かない旦那は後々捨てられるのが定番だってのに、結婚数週間で捨てられたいのか?」
「あ、いや~……こういう時は男の出る幕じゃないかな~って。何しろ質問の内容が……」
「なに言ってんのさ。ノートルムさんとなら嫁さんの可愛いところ自慢で止まらないくらいに饒舌になるクセに」
「……何と言うか兄貴とは話せる事でもオカンには話しづらいと言うか」
む……まあそう言われるとそうかも。
確かにアタシもシエルとか友人には赤裸々に語れても、親代わりであった大聖女に嬉々として恋愛事情を聞かれたらと思うと答えづらいかもね。
まあミリアさんも本質はカチーナをいじめていたワケじゃないからな……仕方ない、ここは他人事代表であるアタシが後で情報提供を買って出るとしようか。
早朝に垣間見たカチーナの可愛い反応も含めて赤裸々にね。
「……リリーさん? 何か良からぬ事を考えてませんか?」
「いや? そんな事ございませんよ~。ところで嫁さんを生贄に仕事を探していた旦那は、何かいい依頼でも見つけたのかい?」
アタシの反応に不穏なモノでも感じたのか、カチーナがジト目で鋭い指摘を華麗にかわし、ギラルへ話を向ける。
「生贄って……一応俺らのランクに見合った依頼は数件ある。ただ、そのどれもが討伐、探索依頼とかじゃなく護衛の依頼なんだよな~、主に貴族家の」
「なに? お貴族様も人手不足って事? 連中ならお抱えの騎士団とか傭兵とか持っているもんじゃないの?」
「う~ん、それが厄災の後やらかしが判明した貴族は軒並み追放されて逆に手柄を立てたヤツ等は急激に爵位を上げる事になったから、結果的に急激に管理する家やら資産やら領地やらが増えて、今までのお抱えだけじゃ足りないのが現状みたいだ」
……その瞬間アタシの脳裏に浮かんだのはさっきラルフの工房で聞いた事件。
「なるほど……それで手薄になったところに強盗に入り込む輩が急増しているって事か」
「強盗? 何の話だ?」
「実はね……」
アタシは不思議そうに聞くギラルにさっき仕入れたばかりの情報、事件の概要を掻い摘んで説明する。
特殊な魔導武具『銃杖』を使った新興貴族に対する強盗事件、その強盗が使った魔導具の入手経路、そして犯人と思しき厄災の時に仕事もせずに真っ先に逃げて貴族どころか家名からも追放を喰らった自業自得の元貴族共の話……。
話を進める事にギラルもカチーナも新婚夫婦の色ボケ顔から一転、冷静で冷淡な怪盗として相応しい表情に変わって行く。
「なるほど……だからこうして貴族連中の護衛依頼が多いってワケだ」
「非常時に自らの財政すら顧みずに魔導武具を放出した商人たちのみならず、それらを手に取り王都を守らんと立ち上がった戦士たち全てを侮辱する恥知らずですね。大方没落した自分たちの後釜で出世した“するべき仕事をした”者たちを逆恨みしての事でしょうが」
「アタシもそう思う。自業自得も甚だしいやな……」
アタシは厄災の時王都や人々を守る為に戦った、何て口が裂けても言うつもりは無い。
それこそ自分の為、あえて言うなら親友の為だけに戦ったのだから偉そうな事は言えないけど……それでもあの緊急の時に勇気を振り絞って武器を手に取った連中の矜持を立ち向かわなかった連中に利用されるのは腹が立つ。
その気持ちは『ワースト・デッド』の中では共通認識と言っても過言じゃないだろう。
「ドラスケの話じゃ調査兵団も動いているそうだけど、やっぱり連中も今相当に人手不足らしくてね。ホロウ団長自身もいなくなった害虫の巣穴に入り込もうとする連中の処理に追われて手が回らないみたいだよ」
「だから貴族連中も自衛に徹するしかないからギルドに依頼か…………ふむ、そう考えるなら貴族家の護衛依頼を受けるのもアリか……リリーさん、この強盗共の動向について何か分かっている事は無いのか? さすがに当てずっぽうに新興貴族を襲っているってワケでも無いんだろ?」
ギラルは掲示板に視線を移しつつアタシに聞いて来た。
多分近日中に強盗が入りそうな貴族家の依頼を選別しようって腹なのだろうけど……アタシはその辺の事はシレっと専門家に丸投げする。
「そこはホラ、そう言う心理的な事はリーダーの得意分野でしょ? ここは一つ、久しぶりに知的なところアタシは見たいな~」
「…………軽く言うなや」
ギラルは無茶ぶりすんなとばかりにため息を吐くが、次の瞬間には真剣な、それでいて鋭い目つきで掲示板の依頼書を凝視し始める。
本人は余り気が付いてはいないようだけど、こういう時の彼は最も頼りになる。
幾度も綱渡りの策略にアタシたちを巻き込んで来たという自責を感じてはいるようだけど、パーティーのみならず敵も味方も道具も環境も、何もかもを利用して圧倒的な力量さまで覆し最悪を盗んで来たのはギラルのお陰だ。
その事を一番知っているのはカチーナだが、アタシだってその事はよく分かっている。
そして案の定、彼は目の前の情報から可能性を導き出して来る。
「……依頼の邸の住所は厄災の時に結界の無かった場所ばかりだな。つまり避難所として開放しなかった場所……強盗化した連中が追い出された邸ばかりな気がするな」
「そうなの?」
住所やら何やらを気にしてもいなかったアタシには気が付けなかった事だが、このg短時間でよくもまあそこまで把握できていたものだ。
それに結界があった時って厄災の時にしか見ていないはずなのに、あの非常時の短期間で全て記憶しているというのだから恐れ入る。
盗賊スレイヤの愛弟子にして怪盗ハーフデッドの名は、やはり伊達ではない。
「結界で守られていたから一見避難所にしていた邸の方が無事っぽいが、実際はその逆。魔物やアンデッド共は生きている人間しか襲わないから空になっていた邸は案外無傷なんだよな……大聖女の家みたいに」
「確かに防衛の為の戦闘が幾度も行われ厄災の時活躍した貴族家は大概ボロボロになってましたね……私の実家を筆頭に」
ギラルの言葉にカチーナは思わず苦笑していた。
カチーナの実家ファークス侯爵家は厄災の時に巨大な化け物のせいでボロボロどころか見る影もないくらいに崩壊してしまっている。
しかしカチーナも、そして実家を破壊されたファークス家の面々も民を守る為の名誉ある損失であると思っているようなんだよね。
「そう……だからこそやらかして追放された役職に挿げ替えられた貴族たちは体面上綺麗な邸に移り住んでいるんだよな……追放された元貴族の戦いもしなかった綺麗な邸によ」
「「あ……」」
それを聞いてギラルが言いたい事に見当が付いた。
犯人は恐らく元々その邸に住んでいた元貴族たち、またはそいつらに雇われた何者か。
だとするならば……。
「そうか! 元々自分の家だったんだから侵入経路も宝物庫も知り尽くしているんだから強盗に入るのはお手の物。もしかすれば秘密の逃走経路みたいに邸の重要人物に通じる道筋すら知っているかも!」
「確かに、喩え素人であっても盗みや強盗に入るのにこれほど簡単な場所はありませんね。何しろつい先日まで住んでいた連中が情報源なのですから」
最近移り住んだ人よりも邸の構造に詳しい者が強盗犯だというなら、これほど危険な事は無いだろう。
そんなアタシたちの見解に、ギラルは更に不穏な状況を付け足す。
「後は……まあ、逆恨みの類か? “ここは俺の家だ! 何勝手に居座ってやがる”的な」
「……爵位を奪われ居場所無くした連中が後釜に入った連中に直接復讐ってか? 全く笑えないんだけど」
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
お手数をおかけしますが面白いと思っていただけたら感想評価何卒宜しくお願い致します。
イイネの方も是非!!




