武器の矜持は手にする者次第
「ラルフー、いるか~?」
それは一目で警邏中の兵士と判断できる鎧を身に付けた男性であり、そしてアタシにも見覚えのある人物であった。
「あれ? ロイド君じゃない、久しぶり~」
「お、リリーじゃないか。なんだ王都に戻ってたのか、教会を首になってからは冒険者としてあっちこち飛び回っているって聞いてたが」
「ま~ね、そっちは相変わらず真面目に軍人さんやってるの?」
「おおよ、コネも金もない俺達みたいなのは着実に実績を作って行くしかないからな。貧乏暇なしってよ」
何やら大き目の木箱を抱えて店内に入って来たのは、アタシやラルフと同じ孤児院出身だが一つ先輩にあたる、ガキの頃から鍛錬も勉強も努力を重ねて王国軍に入隊を果たした尊敬すべき先輩ロイド君。
彼も愛用の武器に魔導具の一種である『魔法剣』を使っている事で定期的にラルフの下に訪れているのだが、そう言えばしばらく会っていなかったな。
対するラルフは特に久しぶりって感じでもないようで、いつも通りな対応である。
「どうしたんっスか先輩。魔法剣のメンテ? この前の厄災で相当使い込んだんじゃないっスか?」
「……まあ、正直そっちの方も頼みたいところなんだけどよ、今日はちょっと別件なんだ。リリーがいるってのなら正直都合が良い。一緒にこれを見てくれないか?」
そんな風に言いつつ木箱を作業台に置いたロイド君は、中からガチャガチャと金属製の鎧を取り出し始めた。
それはフルプレート……じゃないな、動きを最低限阻害しないくらいのチェストプレートに近い鉄製の鎧なのだけど、一つ見逃せない異常が丁度胸部の中央付近にあった。
「これは……魔弾による弾痕?」
「なんなのコレ、中央に集中しているけど周りにも沢山の弾痕……まるで未熟な頃に的を外しまくっていた自分を思い出すんだけど?」
アタシにはそれが狙いがブレて狙いから連続に外れたヘタクソな射撃痕にしか見えなかった。
しかしどうやらラルフには違ったみたいで、表情が一気に真剣なモノに変わる。
「これは……散弾杖の弾痕? 先輩、コイツはどういう経緯で付いたモノなんだ?」
「つい先日の話なんだが、ある貴族の邸に押し込み強盗があったらしくて……幸いその一家も護衛に付いた傭兵たちにも死者はいなかったが、強盗が逃走する際に一発ぶっ放して行ったらしくてな」
「一発? まさかこの弾痕は一発で付いたって言うワケ?」
アタシがそう言うと、ラルフは店内に陳列された銃杖の一つを手に取り渡して来た。
それはアタシの愛用の『狙撃杖』よりは短いが短杖よりは長い、丁度中間の長さで、魔力充填の仕組みが連発よりも単発に重きを置かれた機構。
「コイツが散弾杖、さっきの見た目のでかいヤツに比べればコンパクトだが連射は利かない。代わりに充填時間は短く距離は稼げないが広範囲に一発で無数の魔弾をバラ撒ける銃杖だ。今のところ王都ではこの店でしか作ってないハズだけど……」
「へえ~、そんな銃杖まで……これなら練度の低い素人でもいざって時には扱え……!?」
と、そこまで自分で口にしてアタシは気が付いた。
そんな事件が発生して、疑いのある魔導武具『散弾杖』を作れるのはラルフという魔導具職人のみという事。
最近は銃杖の利便性が広がり始めているとは言え、真っ先に疑われるのは……。
「ちょ!? まさかロイド君、ラルフを疑っているの? でも数日前だったらコイツには不可能よ!? だってコイツ、先月からずっとそんな大それた事が出来る状況じゃなかったし」
強盗の容疑者として連行しようと来たのか? とアタシは一瞬慌てるが、ロイド君はカラカラと笑って見せた。
「いやいや、そうじゃねえよ。コイツが先月からそんな気力どころか仕事する元気も無かった事は知ってるよ。今日だって“お、店が開いてる。ようやく立ち直ったか?”と思って来てみたくらいだし」
「あ、そうなのね……」
そう言うって事はロイド君もコイツが落ち込んでいた理由は知っているって事か。
目くばせするとチラリとラルフの方に目を向けて小さく頷いて見せたから、アタシも返礼で小さく頷いた。
うん、今はその話題には触れない……ね、了解了解。
「ただ見て貰った通り、ラルフ製だと疑われる『散弾杖』が犯罪に使われて代表的な製作者は王都でラルフ以外いないってのは事実だからな。武器の売買には必ず誓約書が必要になってくるからよ……確認しておきたくてな」
それはしっかりと軍人としての仕事内容。
武器の売買には必ず身分証明登録と誓約書が魔法でかわされるから結構簡単には売買出来ないようになっているからね。
アタシの『狙撃杖』は勿論シエルの『銀の錫杖』大聖女のメイスだってそうだ。
ギラルの『ロケットフック』に関しては武器なのか道具なのか判断が難しいところだけど、それでも何の制約も無しに自由に使えるってワケでは無いだろう。
しかしそんな軍人として当たり前な要求をされたラルフは、難しい顔で腕組みをする。
「う~ん……この前の厄災前の売買についちゃ確かに登録した写しは残っているけど、厄災の時に相当数を放出しちまったからな。そっちはもう行方が検討も付かない」
「……だろうな~この辺はお前のところだけじゃない。王都中の武器防具屋でも同じ事が起こってて軍の方でも手を焼いている」
「どういう事なの?」
「この前王都中で大量に魔物が発生した時、魔物に対処する為に王都にあるあらゆる物資が無料提供されたんだ、商品も在庫も全て……。状況が状況だからそれは仕方が無かったんだが、問題は厄災が終息した後でよ」
「あ……」
そこまで言われて気が付いた。
そうか緊急時に放出された武器防具は使用目的があったから良いけど、使用する理由が無くなれば……。
「武器供与に協力した店の方は王国から正式に補填が約束されているから金銭的な問題はないんだが、当たり前だけど放出した武器防具が大量に行き先不明になっている」
「まあ、心ある連中は後々返しに来てくれたり、気に入ったって買い取ってくれたのもいるけど、やっぱこういう時には火事場泥棒しやがる連中も多いってワケでな。先立つモノが無い状況だからその辺の気持ちは分からんでもないが、犯罪に使われるとなると……」
ラルフのため息が果てしなく重たい。
厄災の時、コイツは精神状態どん底だったろうに魔物に襲われる人々を見過ごせずに自慢の銃杖を放出したのだ。
それは純粋に逃げ惑う人々を助けるという気持ちで……。
そんな心意気で供与した武器を犯罪行為に使われているとなればやり切れないだろう。
「それでラルフ、お前の店から先月から掛けて出て行った銃杖の記録は無いか? 売買、紛失も含めてよ……せめて数は把握しておきたいんだよ」
「分かったっス……そんなワケで悪いなリリー、ちょっと俺はこれから帳簿とにらめっこの時間になりそうだから調整は……」
「皆まで言うな、ここまで直して貰えりゃ後はこっちでやっとくからさ」
申し訳なさそうに言うラルフに片手を上げて、アタシはそのまま店を後にする事にした。
これ以上何か手伝える事も無さそうだし……何よりもここに来た時とは別種類のイラつきを抑えられる気がしなかったから。
そんなアタシの心を察したようで、ドラスケが前置きも無く知りたい情報を口にしてくれる。
『……ここ最近出所不明の武器防具が闇に流れているのだ。ホロウ団長たちも出所を探っておったが、そう言うルートであると考えれば納得であるな』
「緊急時に登録も無しに放出された武器防具を正規ではない方法で買い集める……か? いかにも立場を失った連中が取り入りやすい商売ね」
『あの厄災の時に手にした武器をあまり考慮せずに持て余していた連中であるなら“良かったら買い取ろうか?”などと言えば売り渡す事も考えられる』
「……被災後に困って金に換えるまでは仕方が無いかもしれないけど、そんな武器を平気で犯罪に使うバカがいるってのが……ね。武器は所詮武器、使う人間次第って言うのは良~く知ってはいるけど、アイツが矜持を持って渡したモノだって考えると……」
それは王都の人たちを助ける為に採算度返しで提供したラルフの、そして商品の提供をした全ての人たちの気持ちを踏みにじる行為……犯罪者にそんな道徳を求める事自体不毛なのは分かってはいるが、納得できるモノじゃない。
しかも仮にこの雑な予想が正しかったとすれば、厄災の時に真っ先に逃げ出し立場を失た元貴族共が人々を守る為に使われた武器を悪用しているという事になる。
それはあの日、王都で戦った全ての者たちの矜持すらも汚す……ともすれば外道であっても自ら戦った邪闘士たちよりも遥かに劣る行為。
最悪を盗む怪盗としては許すワケには行かないね。
「ドラスケ、どうせホロウ団長とは話が付いているんでしょ? いずれアタシたちにも動いてもらう……くらいには」
『まあな、今のところ情報が不足しておるから新婚の出る幕は無いと気を遣っておったようだがの。ワレに協力要請しておるところでお察しであるな』
「へえ~、そう言う気遣いも出来るんだあの人。ちょっと意外」
『アレでも団長を務める者だからの……プライベートに干渉しない事は弁えておるのだろうて』
胡散臭い笑みを浮かべる司書の意外な一面に驚きつつ、アタシはドラスケに告げる。
「じゃあ、その団長様に伝えておいて、そろそろハネムーンは終わる頃だってね」
『……心得た。ついでに“ポイズンの毒針”も絶好調であると伝えておこう』
「よろしく」
ドラスケが音も無く肩から飛び立つと、アタシは修理を完了した『狙撃杖』の確かな手ごたえを感じつつ、冒険者ギルドへと向かう事にした。
久しぶりにみんなで黒装束になる仕事が出来た事を伝える為に。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
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イイネ!の方も是非!!




