ヘタレ魔導具職人の才能
ダン! ダン! ダン!
今日は発射音を抑える事をせず遠慮なく轟音と共に発射された魔力弾は準備された的の中心を撃ち抜き、同時に数か所から射出された素焼き《クレー》を空中で粉々に砕く。
ほとんどインターバルも無しにこんな芸当を可能にするには自身の技術はもちろんだが、射出時の反動の少なさ、獲物自体の軽量さ、魔力弾の生成速度、そして何よりも照準通りに正確にぶち抜けるブレの無さと……どれが無くてもこの射撃は成立しない。
工房の裏手に併設された訓練場で早速修理の終わった狙撃杖を試し打ちしたアタシは、いつも通りのパフォーマンスが出来た事に満足する。
「さすが……魔導武具の制作の腕だけは相変わらず大したもんだよ。的全部で0,5秒ってところかな?」
「……俺にはそんな芸当を軽くこなすおめーの方がよっぽど化け物に見えるぞ。また腕上げたんじゃないか?」
自分の仕事の出来が気になったのか、アタシの試し撃ちを勝手に見に来ていたラルフは呆れたような感心したような顔でそんな事を言い出す。
魔導武具の制作は武器防具が主なだけに依頼主の要望を聞く為にもこういった武器を振り回し試し切りないしは試し撃ちが出来る場所は不可欠、そしてこの工房ではアタシの動き回って撃つという戦闘スタイルに合わせてくれてもいるので、こういう時には非常にありがたいのだ。
ここしばらくは使えなかったワケだけど。
「まーアタシもそれなりに修羅場をくぐってるからね。切磋琢磨してくれる仲間もいる事だし、下手にさぼればすぐに置いてかれちまうからさ」
「そうか……お前も成長してんのな。背格好と違って」
「アンタもね。魔導具職人としての腕に関してだけは大したもんだわ。あんな壊れ方してた狙撃杖を僅か数時間でしっかりと直してしまうんだから。な~んであっち方向の根性だけは一切成長しなかったんだか……」
「うぐお!?」
「あの娘は確かに鈍感の脳筋ではあったけど、その分懐にさえ入り込めれば完全無欠の一途になるのは分かり切ってただろうに。ノートルムさんに比べて10年以上もアドバンテージがあったって言うのに一歩踏み出す勇気すら育たなかったんだから」
「すみませんごめんなさい失言でしたもう勘弁してください……」
少し調子が戻って来たのか、アタシに何時もの軽口を叩いて来たので盛大なブーメランを返しておく。
ドラスケが小声で『雉も鳴かずば撃たれまいに……』と言っていたが正にその通りだ。
再び蹲るラルフを他所にアタシは修繕された狙撃杖をクルリと回して眺める。
傷一つなくいつも通りに修繕された杖はやはり気分が良いモノだ。
「軸も魔導回路もお釈迦になって無理やり外付けで繋げるくらいしか出来なかったのに、やっぱり職人の仕事は違うな」
「……まあ確かに軸も折れて魔力の吸収伝達する回路は割られていたがよ、一番肝心な魔力を蓄積したり魔力弾に変換する魔石の類は全部無事だったからな。元々リリー様に在庫してた部品はあったからほぼ交換と調整だけで済んだから」
「軽く言うけど、それが他の職人じゃ出来ないってんだよ」
アタシの特殊な事情の為に特注された狙撃杖の魔導回路は全てラルフの自作であるし、揶揄された体格だけじゃなく感覚的な事でもアタシのニーズに合ったものは別の人間には無理な部分が多いのだ。
その事まで理解した上で聖魔女が気を遣って武器破壊であっても主要部分を避けてくれたんじゃないか? な~んて思ったり……。
「にしても……何者だったんだ? リリーの狙撃杖を破壊できるなんて、それこそ大聖女か親友くらいしか思いつかないが?」
「あれ? ロンメル師範は?」
「あのオッサンが武器破壊なんて策略練る頭があるなら、とっくに前線からいなくなってるだろうが。強力な攻撃をしてくれる武器を破壊する何てするワケがない」
「あ~、そりゃそうか」
同じ脳筋ではあっても大聖女とシエルじゃ種類が若干違うからね。
あの二人は知略すらも前提にして全力で戦うを信条としているけど、ロンメル師範の場合は全部真正面から己の筋肉で受け止めたいタイプだからな……敵の攻撃を封じて~ってのは確かに性には合わないだろうな。
殴られたら殴り返す……みたいな。
ラルフも同じ大聖女の孤児院出身なだけにエレメンタル教会関連の知り合いはそこそこ多い方、あの孤児院出身だとエレメンタル教会に入る連中も多い事だしね。
ただラルフは昔から手先が器用だって事で魔導具職人の下に弟子入りして、それから研鑽を重ねて自分の店を持つまでに至ったのだから、この辺の努力は……まあ素直に感心するところなんだよね。
「それにしても……もしかして『銃杖』の需要が増えてでもいるの? 何か訓練場の弾痕が妙に増えているみたいだけど……しかもあっちこっちに」
この訓練場に来たのは数か月ぶりではあるが、以前はここで試し撃ちをするのは狙撃杖を使うアタシくらいなものだったのに、今日は壁やら柱やら地面やら……あらゆる場所に弾痕があるのだ。
正直に言えば、相当にヘタクソで的外れな打ち方の跡が。
「ん? ああ、最近はチョコチョコ増えてるな。もちろんリリーみたいに『狙撃杖』を扱えるヤツなんていやしないが、短杖タイプの『銃杖』には一定の需要が出始めているっぽいんだよ。ここ半年くらい前から」
「半年前?」
半年前……? その時ってどこで何をしていた頃だったっけ?
あまりピンと来なかったのだったが、その答えをラルフは何でもない事のように言う。
「なんでも噂に名高い怪盗『ワースト・デッド』の一人、ポイズンデッドってヤツが凄腕の『銃杖』使いらしくてな、あらゆるモノを自慢の魔弾で百発百中。前には化粧鬼女の異名を持つ王妃すらもコケにしたって話は有名でな」
「!? へ……へぇ~、そいつは随分と恐れを知らない輩もいたもんだ」
「だろう? 俺もその話を聞いた時には大笑いさせてもらったがよ。そんなワケで“もしかしたら『銃杖』って凄いポテンシャルがあるんじゃないか? みたいな事を考え出す冒険者たちも出始めてな」
「ほ……ほほお……」
「元々『銃杖』は魔導師連中の切り札くらいの役目だったから、メインウエポンとして使い魔導師はほぼいないから魔導具職人でも重視して製作するヤツは稀だったが、幸か不幸か俺にはお得意様がいたからな。そんな需要に一足先に乗らせて貰っているのは否めん」
「つまりポイズンデッドの広げた話題性に、アタシへの特殊な『狙撃杖』の依頼が腕を上げる結果に繋がってアンタは今『銃杖』専門の魔導具職人って感じになっているって事?」
「まあそうだな。この辺に関しては『ポイズンデッド』には感謝だがお前にも一応感謝しているとこではある」
「ああ……そう」
庶民に流れてきた何でもないゴシップくらいに話す幼馴染だが、アタシはさっきから変な汗が止まらない。
まさかそのポイズンデッドが自分であるなど……同一人物であるなど知らないラルフに言われてしまうと、何と言うマッチポンプと言うか一人芝居と言うか……。
何とも反応に困るところだが、アタシは気持ちを誤魔化すように店内へと戻ると、並べられている魔導具の中でも武器が『銃杖』が増えている事に今更気が付いた。
アタシと同じ『狙撃杖』は今のところないようだけど、代わりに見た事のない太くて重そうな……それこそロンメル師範だったら似合いそうな程ゴツイ代物から銃口がいくつも並んでいる形の代物まで様々な種類が並んでいた。
「これはまた、使いづらそうな……」
「コイツは魔力弾の威力を限界まで充填させて一撃の威力を高めた『広範囲爆撃杖』だ。ここまで頑丈にしないと支えられないし暴発しちまうんだよ」
「広範囲ってどのくらい?」
「う~ん……正確には魔導師の技量にもよるけど、まあ大聖女⦅ばあさん⦆を例にするなら“隕石の鉄槌くらいにはなるかな?」
「ぶ!? バ、バアちゃんのアレと同等ってマジかよ!?」
火の精霊イフリートを守護精霊に持つ大聖女ジャンダルムの愛用メイスを使った“隕石の鉄槌”は周囲の被害を考えずに使えば一軒家くらいなら軽く一撃で吹っ飛ばす威力だ。
そんなモノを魔法では無く魔力で使う事の出来る魔導具で実現したのか!?
「ただ、見ての通りの大きさだから取り回しも悪けりゃ運搬も大変だし当たり前だけど携帯なんざ出来やしない。おまけに一発撃てば充填に最低5分はかかるから連発は出来ねえ。んでもって威力が威力だから素材採取をしたい魔物何かに浸かったら四散しちまって何にも残らねぇ……今んとこ店のオブジェだぜ」
「まあ確かにアタシの趣味じゃないのは事実だけど……じゃあこっちは?」
アタシは戦慄を隠すように隣にある何本も『銃杖』を束ねたような、これまた巨大なヤツを指さしてみる。
「そっちは極限まで連射に特化させた『連射撃杖』だな。魔力吸収蓄積を細分化、弾倉を極限に高めて毎秒百発の魔力弾を発射出来るようにしてみたんだが……現段階で最高二千発が限度であっという間に空になっちまう。次に充填するのにこれも十分はかかるから、こんなの冒険者には向かないからこれも置物になっているのさ。まあこの前のアンデッド騒ぎの時には多少役立ったけどよ」
「う~わ……」
アタシは正直コイツの魔導具職人としての才能にビビっていた。
これらは確かに冒険者には向かない魔導具ではあるものの、軍隊などが目を付けたら恐ろしい兵器と化す物ばかりだ。
充填時間とか運搬とか問題点を言っていたけど、そんなのは数が揃えばどうとでもなってしまう。
それに『銃杖』は魔力のみで属性の縛りはほとんど無いのだから、最悪魔導師でなくても使用することが出来る……その最たる実例がアタシなのだからそんな事は良く知っている。
下手すればラルフの技術は世界の戦争の形すらも変えてしまうかも……。
「……? どうしたリリー、そんな顔を青くしてよ」
「え!? あ、いや……これならどんなヘタクソであっても当てる事は出来るな~、アタシの存在価値が薄れるかな~って、いた!?」
苦し紛れにそんな事を言ってみると、ラルフは呆れた顔でアタシにデコピンをかました。
「アホ、これらは興味本位で作っては見たけど俺に取っちゃ遊びの一環、片手間だ。お前の『狙撃杖』以上に洗練された銃杖は今のところ存在しねぇし、扱えるヤツもお前以外いないっつーの」
「…………あによソレ」
「作ってみて思ったけど、こういうヤツはこの前の事件みたいな時に防衛として必要かもしれないが、無駄撃ちってのはやっぱり俺も性に合わねぇんだよ。やっぱり百発百中一撃必殺が真骨頂だろ?」
「…………」
ヘタレのクセに、こういうところは共感できるってんだから妙なもんだ。
無駄玉ってのは毎月ミスリル弾の支払いでヒーヒー言ってるアタシにとっちゃ最大の敵とも言えるし、何よりもカッコ悪いからな。
こういう部分をシエルにも見せられれば、もう少し違ったのかもしれないけど……。
「これでシエルが光の聖女じゃなくアタシと同じ落ちこぼれ魔導師だったら、もっと接点があったかもしれないのにね~」
「うぐ…………それは俺も何度も思ったさ。何でアイツは素のままで強いんだよ……ガキの頃から運動神経抜群で大聖女の一番弟子……魔導具職人としてこれほど頼られがいの無いヤツもいない…………もっと頼られる機会があれば……」
「確かにあの娘も錫杖は使うけどあんまり得物に頓着はしてないからねぇ。まーそれも今更って事よ、切り替えなさいな」
「……そう言うなら蒸し返すなよぉぉ」
ちょっとだけ持ち直していたラルフが再び陰鬱に崩れてテーブルにもたれかかった。
そんな様が……段々楽しくなっている自分がいる。
『おいおいリリーよ、あまり遊ぶでないぞ。何とかヤツも自分に折り合い付けようと必死なのだろうから』
「いや~分かっちゃいるけど、何か弄りたくなっちゃうのよね~」
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
お手数をおかけしますが面白いと思っていただけたら、感想評価何卒宜しくお願い致します。
イイネの方も是非!




