BSSの急所を撃ちまくる狙撃手
『何だ? 開いておらん……不在か?』
「いや……いるよ、しっかりと」
一見店内には人気が無いようにすら見えるが『魔力感知』を体得しているアタシには店内の一角に力なく座っているヤツの姿が魔力の輝きとしてしっかり見える。
ものすごーく覇気のない感じで座り込んでいる……先月から全く変わらない様子で。
アタシはその事実にイラっとして、鍵のかかったままの扉を“ドバン”と思いっきり蹴飛ばしぶち明ける。
「邪魔するよ! いつまで落ち込んでやがるんだい、このヘタレ野郎が!!」
突然の破壊音にさすがにヤツも驚いたようで、作業台に突っ伏していた顔をビクリと持ち上げる。
その顔には普段の斜に構えたガキっぽい表情ではなく、真正のアンデッドであるドラスケよりも遥かに覇気が無い死者のようでもある。
コイツにとってシエルの結婚がどれほどショックだったのか、まあ想像は付くけどアタシはそんなヤツの顔にムカムカしていた。
「リ、リリー!? 何だよいきなり……」
「何だよじゃない! いつまでそうしていじけているつもり!? 今更落ち込んだ所でシエルは既に他の男に嫁いだんだ! 最早手遅れなんだよ!!」
「ぐはあ!?」
純然たる事実を突きつけるとラルフは吐血でもしたかのような声を上げた。
どうやらコイツ、まだまだ現実を受け入れられないでいるみたいだな……ショックだろうからしばらくは放っておくかと思っていたけど、どうやら甘かったらしい。
「う、嘘だ……あの脳筋で鈍感な戦闘バカのアイツが、まともに恋愛できるワケが……結婚何てするハズが……」
「だから現実だって言ってんの! 先月のオリジン大神殿で大観衆の前で盛大に! 特殊なバージンロードのトリを飾ったアタシが言うんだから間違いないの! 光の聖女エリシエルの大親友であるこのアタシが!!」
「はぐ!?」
あの娘の幼馴染にして大親友であるアタシが、そんな晴れの舞台に参加しないワケが無い、祝福しないワケが無い……それこそ幼馴染であるコイツが分からないハズがないのだから。
息を詰まらせて、それでも否定の言葉を探そうとするラルフにアタシは止めを刺す。
「いや~凄かったよ~、大観衆の前で邪神に取りつかれたノートルムさんを空中で抱きしめてそのまま熱い口付けで邪神を封印せしめたあの結婚式は。正気に戻ったハズのノートルムさんが即座に正気を失ってシエルの唇を貪るように……」
「や、止めろ! 止めてくれ!!」
「シエルの方も満更じゃ無かったみたいで、観衆の目が無ければ行くとこまでいってただろうな~。勿論その後二人っきりの時は歯止めなんか無かったから、翌日は揃って寝不足だったみたいだし~」
「やあああめえええええろおおおおお……脳が破壊されるうううううううう!!」
最早泣き叫びながらのたうつラルフは最早打ち上げられた魚のよう……頭を抱えて涙を流し、やがて動かなくなると恨みがましい瞳でアタシの事を睨んで来た。
「……つーかリリー、幼馴染で付き合いも長い……更に俺の気持ちも知っていたんだから、俺の味方をしてくれたって良かったじゃないか……」
「ハン、何を言うかと思えば」
まるでやるべき事をやってくれなかったとでも言いたげな甘ったれた事を言い出すラルフを、アタシは冷たい目で睨み返す。
「寝言言ってんじゃないよ。ガキの頃から変わらず、アタシはシエルの味方ってだけ。あの娘を幸せにしてくれる男であれば究極、誰だって良かったんだよ!」
「だ、だったら!」
「少なくともシエルの脳筋ぶりや恋愛に鈍感な事を見越して、最終的に漁夫の利を狙おうとか考えていた真正ヘタレ男よりも、諦めずに何度でもアタックを繰り返し想いを伝え続けた男の方があの娘を愛しているって断言するけどね」
「うぐ!?」
アタシだってもっと以前にはコイツの恋心を応援しようとしていた時期もあった。
何度もけしかけたり一緒に話す機会を作ったり、チャンスと言うなら数え切れないほど作ってやったつもりだった。
しかしコイツは自分から動こうとする事は一度も無かった。
下手に告白をして幼馴染という他人よりも親しい特殊な立場が壊れる事を恐れ、そしてシエルの性格的に“どうせ恋愛関係に発展する男は現れない”と決めつけ、最終的に“仕方が無いから俺が貰ってやる”みたいな事を考えていたのだ。
それを確信した時から、アタシは完全にコイツをシエルの相手候補から外していた。
ノートルムさんやギラルの事を何度かヘタレと揶揄した事はあったが、彼らに対するそれは激励の一種……惚れた女の為に最大限頑張っていた彼らは決してヘタレではない。
本当に何も行動しようともしなかった本物のヘタレにアタシの親友を任せる何て断じて許せないからな。
ましてやノートルムさんは『予言書』では闇落ちしたシエルにまで付いて行った、文字通り地獄の底まで共にした真にシエルに尽くす漢……これ以上の相手なんてアタシには想像も付かない。
「アンタは土俵にすら上がらなかった、幼馴染って関係を壊すのが怖くてな! 全ての勝負が終わってしまった今、アンタに残ったのは望み通り幼馴染、友人の立場だけ何だよ!」
「グボオオオオオ!?」
最早魂が抜けかけているが、この事については同情の余地は無い・
恋愛の女神は拙速を好むとはよく言ったもの、周回遅れを待ってくれるほど暇ではないのだ。
「先に行っておくけど、自分に区切りを付けるために今更告白なんて考えるんじゃないよ。それこそ幸せ絶頂のあの娘を困らせるだけなんだから。一生ただの友達でいる、それがアンタに許された唯一の立場なんだから」
たまに後出しで告白とかして爪痕を残そうとするヤツもいるけど、正直アタシはあの手の輩が大嫌いだ。
気に入らないからって惚れた女に罪悪感みたいな嫌なモノを残そうとするとか、それこそ本当に好きだったのかお前? とすら思ってしまうから。
「う……うう……き、厳しい……。お前は本当に……シエル第一、なんだな……」
「だから、さっきからそう言っているでしょ?」
そう言いつつアタシは手にした『狙撃杖』を作業台の上に載せた。
「だからいい加減仕事始めろ! そろそろシエルがココを閉めている事に疑問を持って心配でもしたらどうする!? 先日の王都の厄災の影響で開いてないって言い訳も限度があるんだから……アンタは次にシエルと会った時に何も無い、ただの友人の面で“そういえば結婚したんだってな、おめでとう”くらいの体でいて貰わなきゃ困るんだよ!」
「お前……嘘でも少しは俺が心配とか言えよおおおお!!」
知るか!! これまで誰よりも機会があったハズなのに今更になって後悔するヤツの事なんて!!
『中々容赦無いのう……その辺も幼馴染ならでは、なのかのう』
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。




