野次馬の矜持
ついこの前まではあらゆる場所が壊れ崩壊しボロボロにされていた王都だったが、徐々に人が戻るにつれて元の形を取り戻しつつある。
幼い日から何度も目にして通って来た道を歩くとそんな光景が自然と映り、なんとなく心に来るものがある。
まだまだこの国も捨てたものじゃないってね。
そんな風に感傷に浸っていると、不意に肩にのしかかる何か……見れば骨のある、と言うか骨しか無いヤツが肩の上に降り立っていた。
『ようやく活動開始であるか? ポイズン』
「どこに行ってたのよドラスケ。ここ最近あんまり家にいないってギラル達も心配してたよ? どっかで成仏してんじゃないかって」
『カカカ、新婚の幸せオーラを浴びた方が成仏してしまうであろう。それに睡眠の不要なアンデッドが家にいてはヤツ等も夜間の活動がしにくかろう』
「あ~、つまりアンタもアタシと一緒って事か」
『その通り、外野が野次馬して良い線引きは重要であるからな』
小型のスカルドラゴンのような存在であるドラスケの気遣いは、一週間別で寝泊まりしていたアタシには非常に共感できる事。
本来生ける屍アンデッドのドラスケには気配自体が無いから、そんなつもりが無くてもギラルなどは無意識に気にしてしまうんじゃないか? と気を遣ったのだろう。
「それで夜は野外活動? 言ってくれれば付き合ったのに。最近シエルも夜は忙しいみたいで付き合い悪いからね」
『それは仕方があるまい。むしろ向こうの方が旦那の愛が重そうだからのう、下手に邪魔をしては命が危ない』
ケタケタと朝っぱらから下世話な話で盛り上がれるのも、一種の同志だからってヤツなのだろうか?
しかし一しきり笑うとドラスケは真剣な顔に……骨だから表情は一切変わらないから変わったような雰囲気を醸し出す。
『それに、徐々にだが復興を始めた王都によろしくない輩が戻り始めておるからの。ホロウ殿にそれとなく気にかけて欲しいと頼まれた件もあるでの』
「団長さんから? あんまりいい予感はしないね」
王国の影の組織である『調査兵団』の団長が組織に属さないドラスケに頼み事とか、十中八九面倒事で、しかも流れでアタシたちにも話が来そうな気がする。
「ギラルは勿論だけどアタシもカチーナも『予言書』ってヤツから抜け出したと思いきや中々盗賊稼業からは足を洗えないねぇ……。影働きの連中の更に影としてとか」
『連中もその辺は理解しておるが、影とは言え王家の名が関すると自由には動けん場合も多いようでの、表も裏も先日の事件でまとまりが無いらしくてな』
「あー、そっち方面での面倒事か。納得」
簡単に言えば人手不足。
凶悪な邪気が王都を包んで邪気で凶暴化した魔物が蔓延った厄災が起こった日、大勢の王国民が避難を余儀なくされたけど、事件が解決してから数週間後、次第に避難した人々が王都に戻り始めている。
しかしこれが平民であれば問題ない、むしろ早々に戻ってきて復興に着手してくれるのなら皆諸手を上げて歓迎する。
だが問題なのは爵位を持ちながら我先に王都から逃げ出した貴族連中だ。
忠誠を誓い何よりも優先すべき王家を守る事もせず、爵位を持った者の義務である民の生活を守るという事を顧みる事も無く持ち出せるだけの財産を持ち出し王都から逃げ出していた……当然だがそんな連中に、ここ王都に戻るべき場所など存在しない。
一部避難所として結界に守られていた貴族邸などとは違い、放置された邸は入り込んだ魔物の大群により見るも無残な状態に、そして我が身可愛さに自分たちだけ逃げ出したという事実は王家だけではなく王国民全てから白眼視される事になった。
当初王都に戻って来たこの手の連中は今まで通りの生活に戻れるとか甘い考えを持っていたようで、白けた目で見る兵士や平民たちに偉そうに振舞っていたらしいが……連中は既に“主を見捨てた卑怯者”として除籍をされていたのだった。
そして、そんな現実に慌てて自領に戻っても親戚連中だってそんな厄介な連中と縁付いたままなど冗談ではないと、早々に王国からの要請に従って追い返す。
行き場のなくなった連中がどうなるか……己の行動を反省してつつましやかに暮らす、などという事は残念ながらありえない。
一度権力も持ってしまった者が、それに執着しないワケがないのだから。
『幸か不幸か、この前の事件で王都における色々な黒い組織や繋がりが一旦壊滅、白紙状態になった。我等がリーダーの個人的怨恨からの行動で人身売買の組織も相当に目減りしておったからな。ただ逆に言えばいなくなっただけでの……』
「害虫がいなくなっても巣穴は残ったまま……」
『そう、まさにその巣穴に放逐された連中が入り込もうとしておるのだ。連中、逃げ出す際にしっかり小金は持ち出していったからある程度の資金も武力も持っておるからの。悪事を再開するだけの下準備は出来ておるのだ』
「厄介ね……それで王家お抱えの組織は表も裏も総動員、人手不足って事か」
『更に面倒な事に、今回の厄災で名を上げた連中への逆恨みからの襲撃なんてのも考えられるのだ。行政も相当に人手不足だから、そいつからいなくなれば自分たちも返り咲けるのでは? などと言う皮算用での』
「いざって時に役目を果たさない連中が登用されるワケないでしょうに……ほんと、人間って変わんなヤツは変わんないもんだよ」
王都の危機の際に王都に留まり、魔物に襲われる王国民を邸に受け入れ結界で守り、更には生き残った王侯貴族の連中を保護して守り通した貴族たちは今や『真の忠臣』『口だけでなく王国民を守った英雄』として名を上げる事になり、今やザッカール王国の重鎮の座にまで届く勢いで出世を果たしている。
その中には己の正義や義侠心に基づいて行動した者もいれば、こういった事態を予想して利を得ようと画策した者もいるが……どちらも共通しているのは非常時に正しい行動が取れるかどうかという事。
新生王家にとってそれは何にも代えがたい“使える人材”に他ならなかったので重用するのは当然の結果であった。
その中において筆頭格と言えるのがファークス侯爵家、言わずと知れたカチーナの実家であるのだが、今回の出世頭だというのに当主のファークス侯爵は不本意なのだとか。
無理も無いよね……ギラルに色々引っ掻き回される前なら小躍りして喜んだかもしれないけど、あの当主はカチーナのあれこれを反省して贖罪として真面目に働いた結果、考えられない大出世を果たしてしまったのだから。
自分に与えられるべきなのは苦行のみ、そんな風に考えているのに結果は上から下から賞賛の嵐……ファークス侯爵としては複雑でしかないだろうね。
まあ今回死なせてしまったカチーナが生きている事を知ってしまった事で、益々逃げ出すワケにも行かなくなっただろうから、これはこれで一つの贖罪の形なのかもな。
「という事はドラスケは今まで夜勤だったって事? お疲れ様~」
『何か収穫があったワケでもないからの、働きと言われても我としては微妙だ。それはそれとして、お主はどこに向かっておるのだ? ギラル達と一緒では無いようだが』
「ギラル達は二人でギルドに行ってるよ。目ぼしい依頼が無いか確認と、オカンに一応報告しておこうって感じ。アタシはコイツを修理に出しにね」
そう言いつつアタシが『狙撃杖』を示すとドラスケは納得顔で頷いた。
やっぱり表情は無いけど雰囲気で……。
『そう言えばリリーの愛用しておる武器は余り一般的では無かったな。魔力を打ち出す魔導具は以前からあったが、ここまで狙撃に特化した魔導具は一般には出回っておらんだろ』
「まーね、精々魔導士がお守り代わりに懐に忍ばせている程度の代物何だけど、アタシは魔力の発現がどうしても出来なかったから知り合いが特注で作ってくれたの」
一般に出回っている代物は『短杖』の形をしていてアタシも一つは懐に忍ばせている。
これは主に至近距離での使用や『狙撃杖』が使用できない状況でのお守りとしてなので、やはりいつものヤツに比べれば使い勝手は格段に落ちる。
魔力の吸収、補充、照準の正確さ、軽量化、ミスリル弾を装填した時の反動に耐えうる形状……どれをとっても代えの利く代物ではないのだ。
『前から思っておったが、そのような『狙撃杖』を製作できる者は天才の類ではないか? 言っては悪いがリリーのように偏った強者の愛用品をカスタマイズできる魔導具技師は中々おらんだろ』
「……ハッキリ言ってくれるね。その通りなんだけどさ」
小柄で魔力があっても魔法を発現出来ないアタシは戦闘という舞台でいつもあらゆるハンデを背負わされて来た。
そんなハンデを跳ねのける為には創意工夫がいつでも必要で、その中には常に魔導具の調整も付きまとってくる必須事項だった。
アタシの一番の親友は間違いなくシエルなのだが、光の聖女にして大聖女の一番弟子たるアイツに比べて『ワースト・デッド』の二人の方が同志としてしっくり来てしまうのはこの辺が大きいんだよな。
三人ともが足りない部分を鍛錬と工夫で補ってきたという共通点があったから。
アタシの場合は『狙撃杖』を作ってくれたヤツの協力も相当に大きいのだけど。
「ただ、コイツの制作者も相当にクセがあるからな~。いい加減立ち直ってくれてればいいんだけどさ~」
『……立ち直る?』
疑問の声を漏らすドラスケに応える間もなく、アタシは目的の場所である魔導具工房へとたどり着いていた。
しかし『魔導具工房ラルフ』……若くして店を構えた男の名を冠する看板が堂々と掲げられてはいるものの、相変わらず工房の中は暗くドアには“closed”の札が揺れている。
先月から変わらずに……。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。




