最終話 予言書を盗んだ盗賊の物語
民家を抜けて反対側へ、そう考えて窓から俺は飛び出したのだが……。
「おっしゃ、かかった! それ行け峰打ち風陣閃!!」
「ぐわ!?」
飛び出した瞬間を狙いすました殺傷力の無い風の斬撃が俺を吹っ飛ばしやがった。
この技を得意とする知り合いは生憎一人しか思いつかない!
「ロッツお前まで! 身重の嫁さんほったらかしでこんなとこにいて良いのかよ!?」
「ダチの結婚式くらいは参加して来いって、その嫁さんに言われたんでな。つーワケで、ここで結婚式が無くなりました何て報告したら、そっちの方が問題でな!」
そう言いつつ笑いながら追撃の風魔法を放ってくるロッツ。
同期の中でも自分の特技である剣技と風魔法を組み合わせたコイツの技は敵対すると厄介極まりない。
俺は慌ててザックから取り出した煙幕を炸裂させて、何とかヤツの視界から逃れる。
…………しかしこうなると妙な事がある。
ロッツが放った『風陣閃』は結構タメを必要とするアイツの必殺技だから、一点集中で相手に正確に当てるには難しく、仲間のサポートが必要になるハズ。
しかし今俺は完全に狙い打たれた。
窓から飛び出して来るというイレギュラーな行動なのに、しかもロッツは『気配察知』も『魔力感知』も使えないハズなのに。
まるで誰かに誘導して貰ったかのように…………あ!?
俺はようやく“その事”に思い至り、ザックの中から一本の剣、正確には剣の柄だけを取り出してジト目を向ける。
「……どうもヤツ等の待ち伏せが正確過ぎると思っていたら、テメーが位置情報を伝えてやがったな、エレメンタルブレード!」
『残念……気が付かれたか……』
無機質な声色で白状する伝説の勇者の剣。
無機質なはずなのに何故か楽しそうにも聞こえるのが腹が立つ!
ここまで正確に俺の先回りをされているワリに『気配察知』で五感を強化集中している俺に連中のやり取りが全く聞こえなかったのはおかしかったのだ。
声なき声で仲間に情報を流す裏切り者でもいない限り!!
「伝説の勇者の剣が無駄な能力を披露してんじゃねぇ!!」
『心外……伝説とて遊びは必要』
「やかましい!!」
俺は裏切者を適当に放り投げて、煙幕に紛れて『気配察知』で何とか連中の包囲網の穴を見つけようと心掛けるが……残念な事に、見事に穴が無い!
リリーさん筆頭に冒険者ギルドの連中に大聖女にロンメル、イリスに兄貴率いる聖騎士団……味方だと頼もしい連中が敵に回るとこれほどキツイとは。
分かっていた事のハズなのに理解したくねぇ!!
しっかり俺を捕らえるのではなく、包囲網から逃がさない事を念頭に陣を敷いてやがる。
どうすれば良い…………そう思った時、ふと気配の中に隙間がある事を見つけた。
俺は藁にもすがる思いで包囲網の中で唯一と言える気配の隙間に向けて足を進める。
しかし、もう少しでその隙間に到達して包囲網を抜けられるかもと思った瞬間、物凄く嫌な予感がする。
今までに気配がしない、感知しなかったという事が安全の保障になった事がどのくらいあっただろうか?
それはもう、ほぼ直感でしか無かったのだが……俺は反射的に鎖分銅を投げると、何も気配がしない、何も無いように思っていた、見えているハズなのに気が付かなかった人物が短槍で受け止めるのを確認して……再び冷や汗が流れる。
「おお! とうとうこちらの動きすら先読みして来ましたか! さすがは秘密裏に世界を救って見せたワーストデッド。ぜひ調査兵団にスカウトしたいところですよ」
……当たって欲しくない予想ばかりが当たりやがる。
気配のしないそこは最も危険な罠が待ち構えていた。
調査兵団『ミミズク』団長ホロウが相変わらずの胡散臭い笑顔でそこに佇んでいた。
「この人手不足のご時世で、調査兵団は暇なんっスか? こんなところに出張ってるとか」
「そうですね~、私個人といたしましてはようやく後継の問題が片付きそうなので結構時間はあるのですがね。今回はしっかりと王国からの任務に基づいていますのでご心配なさらず……」
ホロウ団長がそんな事を言うと、今まで一般人としてその辺を歩いていたと思っていた連中がそこかしこから姿を現す。
中には先日まで敵対していたハズの『テンソ』の連中、ジルバやミズホなどの姿まであって……幾ら人手不足でもさすがに節操なさ過ぎじゃね~のか?
「おいおいおい、まさか『テンソ』はそのまま再就職果たしたのか? 俺が言うのも何だけど、コイツ等は国家反逆罪やらかした連中じゃないのか?」
「君にご心配していただいた通り、王宮は深刻な人手不足でして……細かい過去を精査している暇が無いのですよ。特に腐敗しきった前政権を何とかしようと動いていた連中を罪に問うべきかとか無駄な議論をしているのも何ですし、どうせなら面倒な者たちごと取り込んでしまった方が良いかな~と」
か……軽い。
普通こういう組織は裏切り即処刑みたいな厳しい掟があるもんだと思っていたのに……使える者なら過去に関係なく使う合理主義って事なのだろうか?
「どうです? 人材不足解消の為にも君も入団してみますか? 一応公務扱いになりますのでお給料は補償いたしますよ? ご結婚されるならお金かかりますよ~?」
「師よ……悪いが俺としてはあんな爆弾を団で抱え込むのは遠慮したいが……」
「団長、私も同じ気持ちです。力量では勝てるハズなのに、全く勝てる気がしない予測不能な輩が傍にいるのは……」
「おやおや、我が新生調査兵団のエースたちに相当警戒されてしまっていますね。さすがは怪盗ワースト・デッドといったところですか」
「知るかい!!」
暗部組織の代表格みたいな連中が俺みたいな一般冒険者を恐怖警戒してんじゃねえ!!
しかしここに至って調査兵団が勢ぞろいとか、どんだけ周到に用意されてたんだよ、まるで俺の行動すべてを理解した上で布陣を組んでいたように……。
あまりの事態に戦慄していると、上空から何やら降り立って来て……まあ当然こういう事態で空から来るヤツなど骨のあるアイツしかいないワケで……。
「結局、俺の味方は誰もいなかったって事なのか?」
『究極的には我らは皆、お主らを祝おうとしているだけだからの。敵対って事は無かろう』
そう言いつつ降り立つドラスケは足にリリーさんとシエルさんの二人をぶら下げていて、降り立った二人は晴れやかな笑顔のまま各々の武器を構えた。
「う~ん、これって一度は言ってみたかったのよね~。さあギラル、年貢の納め時ってヤツだよ?」
「別に貴方もカチーナさんとのご結婚に異論があるワケでは無いのでしょう? ノートルムさんから“いつかは一緒になりたい”って話は聞いてますし」
兄貴よ……男同士の話を幾ら嫁さん第一とは言えベラベラ喋らんで貰えるか?
俺にだって色々覚悟とか望みとかあるってのに……。
「確かに俺だっていつかはって考えてたさ! だからって急すぎるし何よりも俺達が望んでたのはもっとこう、こじんまりとした身内だけのアットホームなヤツであって、決してこんな大規模な熱量のイベントは望んで無かったワケで……」
そう、カチーナと一緒になる事に不満は無いけど、ここまで国を上げての大イベントでの結婚式は一切望んでいない。
こんな国賓レベルのイベント、確実に面倒にしかならんではないか!!
しかし俺の本音を聞いたシエルさんは何故か笑顔のまま額に青筋を浮かべた。
アレ? 何で怒ってんの??
「そうですか~それは素晴らしいですね~。実を言いますと私も自分の結婚式は知り合いだけ集めて小さな教会でのアットホームなお食事会くらいが望みでした。あのような大観衆の中でダイビングで口付けするなど、自ら望むハズないではないですか~」
「あ……」
そう言えばそうだった。
この人の時はやむに已まれぬ事情でそう言う大規模イベントに発展するしか無かったんだった。
ひょっとしてこの人、その事を未だ根に持っていて俺だけ望み通りの挙式をするのが許せないとか?
シエルさんの笑顔の圧に足が竦んでいる間に、続々と追っ手が集まりやがる。
教会の脳筋共にギルドの強者、更には聖騎士団に調査兵団の手練れ……こりゃもう完全に脱出不可能である…………詰んだ。
しかし降参の意を込めて両手を上げると、不意にリリーさんが狙撃杖の狙いを外し構えを解いた。
「ん?」
「さ~て、おふざけはこの辺にしといて……ギラル? この大規模結婚式、最終的に望んだのは誰だと思う?」
「誰って……」
そう言われて俺は周囲を見渡して、この場に入るハズの一番大事な人がいない事に今更になって思い至った。
「まさか……あの人が望んだのか? こんな国を挙げての大イベントを?」
「そりゃ当事者にして結婚式となれば一番の主役になる人の許可も無しにこんな事出来ないよ。まああの娘なりに思うところもあったようだし」
そう言って笑うリリーさんに、俺はため息を吐くしかない。
「ったく……カチーナが望んだならやるしかね~じゃないか。最初から言えっての」
彼女のお願いだと知ってりゃこんな包囲網とかやらんでも良かっただろうに……。
ここにいる全員が、俺が彼女のお願いなら聞く事を知っているだろうにさ……いい笑顔で追い回しやがって!!
『そこはホレ、やはりドッキリは必要であろう。祝い事の時には特に』
『必須、サプライズは重要』
投げ捨てたのにいつの間にか回収していたエレメンタルブレードと調子を合わせるドラスケに、全身の力が抜ける。
俺を驚かせるってだけの為に、悪乗りで最強のメンツをつぎ込みやがって……。
・
・
・
完全に観念した俺が連行されたのはザッカールでも中心部に当たる普段は交通や流通の中心に当たる大広場、丁度先日悪ガキ共が大暴れしていた場所だが、その際に大量に出た瓦礫は既に撤去されていて……今は巨大なステージとバージンロードがある。
更にそれを囲むようにイベントが始めるのを待っている人、人、人……国中の人間がこの場に集まっているんじゃないかと思えるほどの喧騒。
「こんな規模の結婚式何てどうせ王族かお貴族様じゃないの?」
「いや、それが平民らしいぞ。何でもオリジン大神殿が正式に六大精霊の祝福を受けたカップルだって認定したとか何とか……」
「六大精霊の祝福ですって!? 何て事……これは全力でご利益にあやからねば!!」
「精霊に祝福されて、こんな大きな会場で盛大に結婚式かぁ……ロマンチックですねぇ」
口々に民衆から聞こえるのはイベントに対する無責任な期待と羨望の言葉……そもそも国中の連中が知っているというなら、何で俺はこの情報を知らなかったんだ!?
……いや、よそう、原因何て明白……ここ一週間ばかり、俺はロクに情報収集すらしていなかった。
情報収集が重要な盗賊である俺が市場で耳を傾けるだけで知り得たであろう情報ですら聞いていなかったのだ……浮かれてて。
そんな俺を兄貴を始めとした男共はニヤニヤと笑って見ている。
「まー昼夜問わずにアレだけズーっとカチーナ女史とイチャイチャしてたら情報を耳に入れる暇も無かっただろうな。最もその手の情報がギラルに入らないよう彼女がセーブしてたみたいだがな~」
「ふむ……あの人もやるものです。個人とは言えここまで情報の統制を出来るのであればカチーナさんも調査兵団に勧誘すべきでしょうか?」
『そりゃ無理であるぞ団長殿。カチーナのギラルを骨抜きにした“甘えた”は完全に素であったようだからの。コイツ以外には実行不可能である』
「グハハハ! 結婚前からしっかりと尻に敷かれておるのうギラル殿!」
口々に勝手な事を言いやがる男共にイラっとする。
事ここに至って観念して用意されていたタキシードに着替えさせられた俺だったが、連中もしっかりと礼服に着替えていやがる。
中でも以前はサイズの問題でハマる礼服が用意できないと王宮に立ち入れなかったロンメルのオッサンですらしっかりとスーツに身を包んでいて……一体いつから用意していたのやら。
半分不貞腐れ、もう半分はあり得ない程の緊張感という形容しがたい訳の分からない精神状態の俺はソワソワと控室で待っていたのだが、その内ノックと共にしっかりと式典用の白い修道服を着こんだイリスが現れた。
「時間ですよ~ギラル先輩。おお! 中々似合っているじゃないですか。今日だけは盗賊じゃなくちゃんと新郎に見えますです!」
「……褒めてんのかそれ」
白いタキシードにオールバックに髪を固められて、この格好で新郎以外に見えるならそっちの方が問題だろう。
それからイリスに誘導されてステージ上に上がると、それだけで民衆が盛り上がりを見せて益々緊張が全身をこわばらせる。
盛り上がらんで良い!! こちとら単なる一般人だぞ!!
最早押し出される思いでステー上に特設された祭壇前に至った俺であるが、婚姻の儀を行う聖職者の顔ぶれを見て……予想外の事に少し驚いた。
「あ、あれ? 中心がシエルさん? 大聖女じゃなくて??」
そう、俺はてっきりここまでの大規模な式典になってしまった以上、現行でエレメンタル教会のトップである大聖女ジャンダルムが祝詞を受け持つものだと思っていたのだが、大聖女は右隣、左隣はイリスに控えてシエルさんが光の聖女としての法衣を纏い中心に立っている。
シエルさん自身もこんな大規模な会場での婚姻の儀を執り行うのは初めての事なのか、緊張した面持ちであるが……大聖女は晴れやかに言う。
「どうせならダチの結婚式なんだから宣誓もダチが受け持った方が粋だろ?」
「だ……そうですギラルさん。そんなワケで覚悟して下さい……」
なるほど、そんな大役まで押し付けられていたのなら、俺に圧をかけて来るのも理解できる……か。
笑顔のまま冷や汗を流す彼女に、少しだけ同情……いや同志のような気持ちが芽生えた。
そんな事を考えている間に、民衆の感性が一際大きくなった。
それは当然、結婚式での一番の主役がバージンロードに姿を現したからに他ならない。
エスコート役は友人代表のリリーさん、低身長だがドレスを着た彼女も中々美しく、そう言えば前回の時も最後のエスコートは彼女だった事を思いだした。
そしてカチーナは純白のウエディングドレスに身を包み、静かにバージンロードを歩いて近づいて来る。
近づくたびに彼女のベールに隠れていてもハッキリと分かる凛として美しい容姿が更に磨きこまれた……あり得ない程の芸術作品が目に入って来る。
そして俺の元にたどり着いた彼女は全ての悪戯が成功したとばかりに、いつものように少女のような笑顔を浮かべて見せた。
「ふふ……まさか私がこれを着る事になるとは、数年前では想像すらしませんでしたよ」
「月並みな事しか言えないけど……綺麗だ」
本当に気の利いた言葉は何も浮かばない、心に思った事はそれだけだった。
「まったく……こんな大掛かりなドッキリを仕掛けるとは……やられたよ」
「怒りました?」
「いや……何と言うか意外だった……かな? カチーナはどちらかと言えば俺と同じで小規模な方が好みだと思ってたから」
「正直に言えば、その通りだったのですが……」
そう言うとカチーナは少しだけ困った顔を見せたが、盛り上がる大観衆に目を向ける。
そこにはミリアさんを始めとした冒険者ギルドの連中や孤児院の悪ガキ共、更には地方から駆け付けたジャイロたち辺境伯、その他顔も知らない多くの連中が口々に祝いの言葉を投げかけて来る。
「貴方はほとんどの人たちに何も知られる事無く世界を救いました。それは誰にも言える事じゃありませんが、誰にでも誇れる偉大な功績であるのは間違いありません。ですが、その功績は誰にも知られる事が無いからこそ、感謝される事もありません」
「……そりゃまあ、そうだろう。だって俺自身が世界を救った気がしないからな」
「ええ、そうでしょう。私の男は破滅の運命から逃れるついでに私や世界の破滅も盗んだというだけです。ですが、救われた事は事実なのです」
そう言うとカチーナは俺に向き直り、変わらぬ笑顔のままとんでもない事を言い放つ。
喩え外道聖騎士カチーナ・ファークスであっても言わなかったであろう、酷く自分勝手で傲慢なセリフを。
「ですので、皆さんはギラル君に感謝する事が出来ないのなら、代わりに祝わせて上げるくらいはさせてあげようか……と」
「ブ!?」
救われた者たちに感謝の代わりに自分たちを祝わせてやる?
そんなとんでもないセリフに俺は噴き出してしまい、込み上げる笑いをこらえる事が出来なくなった。
「あははははは! あ~あ、出会った頃は真面目な騎士だったハズなのに、すっかり悪い女になっちゃってまあ……」
「お陰様で悪い男にスッカリと染められてしまい、美味しく頂かれてしまいましたので。私の全てを盗んだのですから、この事態も全て貴方のせい……ですよ」
「……コイツめ」
「その辺でよろしいでしょうか? そろそろ婚姻の儀に移らないと、皆さん期待に満ちた目で注目されてますよ」
「「あ……すみません」」
光の聖女エリシエルの呆れたような言葉でハッとなった俺たちは、慌てて祭壇に向かう。
『予言書』の筋書きでは誰もいない廃墟であったハズのこの場所で、大勢の連中の祝福を受けながら惚れた女性と結婚する為に……。
神様……貴方が嫌った物語はこんな結末になっちまったが、貴方はこんな結末を笑って見てくれているのだろうか?
悪人として死ぬはずだった男と悪人として死ぬはずだった女が皆から祝福されて結ばれるなんて、荒唐無稽な物語を。
今回を持ちまして本編の雑魚敵でしか無かった男の物語、『神様の予言書』は終了とさせていただきます。
ここまでお付き合い下さった皆様、誠に誠にありがとうございました。
書籍化しても1巻切りになり、それでもエタるのだけは個人的に我慢ならず、ほとんど意地で書ききりましたが、終了まで約5年もかかってしまいました。
それでも最後まで読んでいただいた皆様には感謝しかありません。
その内番外編なども作成するかもしれませんが、ひとまずギラルの冒険は今回で閉めさせていただきます。
皆様最後までお読みいただき誠にありがとうございました!!




