第64話 正解がかならず正しいかどうかは人による。
橘の台詞にグーの音も出ず、俺が黙っていると、九十九がそれをわるように橘へと言う。
「……伯李、君はなんでいつもそんなんだ」
呟いて軽く頭を抱える。言われた橘は、プイッと顔をそむけ、「つぐみきらーい」と一言だけ言った。
「…まったく……」そうこぼしてから俺の方を向くと、九十九は続けて俺に話始める。
「えっと…七五三田くん…その、伯李は君にお願いがあってこんなことをしたんだ」
「……は?…解せないな、橘がお願いと言うことがまず意味がわからないし、なんでそれが俺なのかもわからない…ついでに言うと、俺に頼みごとすんのに、わざわざ仁井園を救う理由もわからない」
俺がそういうと、橘はちょっとムッとしたような顔をこちらへと向け、「……ほんとに~?」とちょっと嫌みっぽくいってから話を続ける。
「七五三田なら、察しがついてると思うんですけど~? なんで私がわざわざ真理子ちゃん助けようとしたのか~」
……助け方や、何故仁井園と橘が一緒にいられたのかはさておき、とりあえずこいつのしたことは、人の感情や、モラルとかを除けば、だいぶ正しい。
学生にはできることが限られている。ならば、大人の、しかも公的力を利用する。これはごく自然な判断だ。しかし、何故橘が仁井園を助けた……?
理由は簡単だ。
たぶんこいつは、俺に"貸し"を作りたいのである。
じゃあ何故貸しを作りたいのか、こいつの行動力ではどうにもならず、九十九のような男性をつかっても、うまく解決できない何か。
……なにそれマジでめんどくさそうじゃない?橘でも潰せない件ってどんなだよ。だが、まあ……恐らくは―――――。
「……咲来か…」
俺が呟くと、橘がぱちぱちと拍手をする。
「わかってんじゃん♪」
「……橘の行動力でもどうにもならず、九十九のような男手があるのに、それは使えない…しかもわざわざ俺に貸しを作った…。つまり、俺じゃなきゃダメな理由がある……加えて、最近咲来と思わしき人物からLINEが来た……。教えてないのにだ……」
「……いや、それはあれじゃないかな? 七五三田くんの友達から…」
「…九十九、俺のぼっち力なめんな、同年代の連絡先は、神城と仁井園、あとはひとひらくらいだ。ちなみに着信の9割りは実家で、相手は妹だ」
「そ、それは……えっと……」
なんと言えば良いのかわからない。と言うように九十九が俺から視線をそらす。もうそれ言ってるからね?もうその動作が、目が、俺を可哀想と哀れんでいるからね?
「……こほん、そう考えると、あの時……おまえに初めてあったあの日、俺の連絡先を手にいれたのはこの日のためだったのかもな…って、今は思ってる。まぁ、咲来からLINEきた時点で、速攻九十九疑ったけどな」
「……ははは、だよね…」
そんな話をしていると、橘が口を開く。
「ま、そこまで察してるなら話は早いよね、七五三田、アンタに手伝ってほしいことがあるの―――――」
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「……咲来…か…」
九十九や橘と別れ、1人帰路を歩む。何をどうしたら橘が咲来の為に…等と思うが…。そんなことを考えていると、スマホがなる。着信は神城。
「……もしもし…?」
〔あ、七五三田? 大丈夫? 帰り遅いから…〕
「……? なんで帰り遅いのしってんの?」
〔え!? いや、えっとぉ……ですね、それは……〕
神城がしどろもどろになっていると、横から「かしてっ」と聞こえる。
〔もしもし七五三田? アンタ大丈夫なわけ?〕
「……いや、おまえが大丈夫なのかよ…」
〔あたしは……まぁ、うまく解決したけど……なんか、あたしに近寄らないみたいな書類書かせたとか言ってたし…〕
「……そっか、なら良かったね」
〔……ねぇ、なんで七五三田はそこまでしてくれようとしたの? 危ないことだよね…?〕
……危ない、か…確かに危ないが、仁井園の方がもっと危険だっただろう…。俺は、何故仁井園の為に動こうとしたのか……今まであった理由、"友達だから"……これも今となっては怪しい。
橘に言われたように、本当に救いたいのなら、余計なことなど考えずに、正しい行動をするのが正解だ。しかし、俺は無意識のうちにそれを恐れた。
「……なぁ、仁井園…」
〔な、なによ…?〕
「……友達って、なんなんだろうな……」
〔…………ハァ?〕
……橘 伯李は俺に言った。とにかく、今は咲来に会いに行けと。そして……
『私は、白野 咲来に借りを返したいの、だから手を貸して』
…と。正直、天変地異かと思った。あの、橘 伯李が…いったい何がおこれば、ここまで人の関係性は変わるのか……。
この世界は多数決で出来ている。
誰かの言ったこと、やったこと。それらを大多数が正しいと言えば、それは正解であり、『正義』となる。また、それとは逆に、大多数がそれらを間違いだと言えば、不正解であり、『悪』なのだ。この、身も蓋もないこれらが世の中の言う『常識』や『普通』を作り出し、世の中にルールやマナーと言うものを構築している。しかも、人気のある人物ほど『正義』になりやすいのだ。
これは決して揺るがない事実だ。
この世界の理だ。
しかし、最近思うことがある。
悪も悪なりに正しいのではないかと。世の中は、正解が正しいわけではないのではないかと。
この、複雑で、気持ちの悪い問題を、俺はずっと問い続けている。




