第61話 わりとガチでトラブった時は警察か法テラスへ急げ。
さて、一度状況を整理しよう。
仁井園にタカくんからコールラッシュがあり、それは割りと頻繁におこっている。また、その事で仁井園は精神的にまいってしまっている……。
「……なぁ、仁井園」
「ん?なに?」
「いや…電話なんだけど、ずっと待っとくわけにもいかないだろ? その、なんだ……夜中とかに多いって言うし」
「そうだけど…じゃあどうするわけ?」
仁井園に聞かれ、俺は軽く咳払いをする。そして
「いや…うん。……スマホ俺に預けてみない?」
「は?はぁっ!? 絶対ヤだしっ! なんで七五三田に預けないといけないわけ?!」
ですよねー……いやまぁ、分かってたことだけどさ、そりゃいきなりスマホ預けろとか逆に怖いって言うか、世の中夫婦間でもスマホには触らないみたいなルールあるとこもあるって言うしな……そんな友人なんかに簡単には預けられないよな……。
「まぁ、そうだよな……」
「当たり前じゃん! アンタのしゃ(しん)……とか見られたら死ねるし」
……ん?今仁井園がなんか言ったような…?
「アンタのしゃ…?」
「ああああ! あ、あ、アンタのッ! しゃ…社会的ポジションの確認用記録よっ!」
「は? なんだそれ」
「うるさいバカっ!」
「おわっ」
今度はぬいぐるみが飛んでくる。ってコイツなんでこんな顔赤いんだよ…あと社会的ポジションの確認用記録ってなに、確認記録じゃだめなの?なんなのこの子?そんなのつけてんの?あと、すぐもの投げすぎ。
「おまえすぐモノなげるのやめろ」
「ぐっ……」
わりとマジなトーンで諭すと、仁井園は押し黙り
「ご、ごめんなさい…」
と小さくこぼしたのだった―――。
そして一息ついた瞬間、仁井園のスマホが鳴る。
仁井園は一瞬ビクッとして、画面に視線を落とす。それから「きた」といって俺にスマホを差し出した。
俺は仁井園からスマホを預り画面をみる。
《西田 貴也》
どうやらこれがタカ君の本名らしい。俺は通話をスワイプすると、ゆっくりとスマホを耳に当てた。
「……もしもし?」
〈「もしも……?あ……?おまえ誰?真理子は?」〉
「お久しぶりですね」
〈「……あー、浮気男か。つか、なんでてめぇが真理子のスマホにでんだよ」〉
おお……のっけから声色的に、明らかな敵意を感じます。てか、浮気男て……おまえはガチで付き合ってる時に他に女いたんだろうが。マジこいつには言われたくないわ……って付き合ってないし。浮気も糞もへったくれもないしっ!言わせんな悲しくなるだろうが!
そんな風に思わなくもないので俺は相手がイラつくであろう言葉をワザワザチョイスしタカくんに返事をする。
「いや、普通に。彼氏なんで」
言った後にチラリと仁井園をみる。すると仁井園がなんか無駄に恥ずかしそうな顔をしている。っておまえがそんな顔するなよ、こっちが恥ずかしくなるだろうが!
〈「あ? 彼氏様ならなにやっても許されんのかよ…?おまえ、真理子がどんだけ傷ついたと思ってんの?マジ、おまえ今度見つけたらボコるから」〉
ひぃ……っ! 犯罪予告! お巡りさんコイツです!! 自分のことは棚にあげて、あたかも自分に正義があるかのような口ぶりで威圧し、自分を正当化しようとしている"加害者"です!
「……暴行罪。暴行罪は、人に対し暴行を加えた場合で、相手が傷害を負わなかったときに成立する罪です。 相手が傷害を負ってしまった場合は「傷害罪」に当てはまります。 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処されます。Wikipedia参照です」
どやぁ!
「……は。は?きも、なんだおまえ」
あれ?俺は何となくチラリと仁井園をみる。すると仁井園さんも何故かドン引きされておりました。なんで?なんでだ?いやまぁ、それはともかく。
「まぁ、捕まるの嫌ならあんまり軽々しく人を殴るだのなんだの言わない方がいいですよ。この国で最強の暴力は法なんで…」
〈「…あ?法が怖くてパリピやれるかっつー…あ、ちょっ」〉
なんかガザガザとノイズのあと、ドスのきいた低い声の男が喋りだす。
〈「おい、ガキ、御託はいい。真理子だせ」〉
おお……っ…これは声だけだとマジ鳥肌もんの方が現れました!ってコイツ誰だよ。
「……し、失礼ですが、誰ですか?」
〈「あ?聞いてなかったのか? 真 理 子 を だ せ」〉
いやいやいやこわいこわいこわい。つかマジなんだこいつ。人って声だけでこんな怖くなれんの?一瞬仁井園に渡しそうになったわ。「この人誰?おまえに代われってさ」って……だが……明らかに俺の様子が変わり、不安そうな顔をしている仁井園に、こんなドスのきいた声聞かせたら泣いちゃうかもしれないだろうが。
ふと、さきほどの下校中に見た仁井園の顔がフラッシュバックする。
女の涙は、もう沢山だ。
「申し訳ないですが、こちらの質問に答えられないような相手に、大事な彼女の声は聞かせたくありません」
こう言った途端、
〈「あ"あ"ッ!? いいから、出せつってんだろうがッ!!」〉
急に声をあらげ、怒鳴り散らしてくる。
きっと、コイツは、大概のことは威圧するだけでうまくいってきたのだろう。相手を少し怖がらせれば自分の思い通りに相手が動く。少し反発するものには暴力か……?だが、そんなのには屈しない人種がいる。
それは、俺みたいな超天才である。……うん、大丈夫。いたいのわかっていってるから。
冷静に考えてほしい。相手が目の前にいるならまだ萎縮するのもわかるが、相手は電話の向こう側。遥か彼方である。何を恐れることがあるものか。後日なにかあるかもしれない?その前に警察か法テラス(※弁護士や司法書士が無料で法律や制度を教えてくれたり相談に乗ってくれる所)へ急げ!
まぁ、要するに弱者も対等に戦えると知っていれば、なにも怖がることはないのである。だから俺は冷静にこう言う。
「うるさい」
この時俺のイライラ度は5。
〈「あ"あ"っ!!? てめぇ誰に向かって口聞いてんだッッ!!?」〉
「いや、知らねぇよ。だからさっき誰だって聞いただろうが、自己紹介はよ」
もうこの時には一気にイライラマックスである。何故威圧されると怒りが来るのか。それはよくわからないが、とにかく俺は何故か無性に腹が立ってしまっていた。
〈「ふざけんなっ!!真理子だせッ!」〉
「いやだから、嫌だって言ってんだろ。なんの権限があってアンタはそんなこと言ってんだよ。しかもなんで名前も知らないアンタなんかに真理子がかわらなきゃなんねぇの?まず落ち着いて話せよ、アンタ俺より年上だろうが。何感情に呑まれてんですかね?なんなの?単細胞なの?怒りに呑まれるなんて3歳児でもできますけどね?ん?あれ?君もしかして3歳なの?」
〈「―∑▼●●▼◎*◆#▲∑<ッッ!!!! ブッころ――ッ!」〉
ゴジャッッ!!!
謎の音の後に、急に電話が切れる。俺は目をぱちくりとさせながら、スマホをスッと仁井園に差し出した。
「はい」
仁井園はスマホを受け取り一瞬、何となくそれをみる。そして
「おわったの……? てか、最後アンタ…」
「……いや、あれはだな…その、なんだ……頭に血がのぼったというか…必死だったというかですね……」
「……いや、別にどうこう言いたい訳じゃないけど、アンタも怒るんだなって……あんな言い方っていうか、人を煽ると言うか…」
仁井園に先ほどの自分を冷静に見られ、恥ずかしくなる。
「や、いや、まぁ…なんだ、その、忘れていただけると…」
そう呟いて、俺は少し顔をそむける。
「ううん、忘れないよ」
仁井園は小さくそう言う。
「え"…」
「何て言うか、やるじゃん!」
そう言って仁井園は、俺の背中を軽く叩いた。
「ありがとう」
彼女は続けてそう言う。しかし、
「いや、まだそれは早い」
「え?なんで?」
「解決した訳じゃないからだ」
「そうなの?」
「ああ、てか後半タカくんじゃなくて、なんかドスのきいた低い声のヤツが……」
俺がそう話始めると、仁井園の顔色が変わる。
「…え…それ、内田さんじゃ…」
「は?内田? だれ?」
「タカくんの先輩……」
「タカくんの先輩? なんで先輩出てくんだよ…」
「あたしタカくんと付き合ってる時も凄いその人に言い寄られてて…」
おや?
「直接はそう言った事言われてないんだけど…あとその人、結構ムチャする人っぽいんだよね……なんか、欲しいものは絶対手にいれたい!みたいな……」
おやおや?
「結構危ないから、あんま関わらない方がいいってあっちの子達にも言われてだけど……」
なにこれドラマなの?それとも青年漫画かな?
「いや、転回がちょっとな…」
「? まぁ、とにかくアンタ気を付けた方がいいよ」
「マジか……」
やべえ、調子にのったら大変なことになりました……。でもまぁ、たぶんこの山越えたらこの問題、多少は落ち着くだろ。ヤバいときこそ、先のこと考えろっておとなえさんが言ってた。




