97話 ところで、なんか避けられてる
勝利の余韻
4種族+異端2種での会議
オカマは王へ
狼は娘を案じる
前代未聞の下剋上から数刻。季節独特の匂いは世界を跨いでも変わらない。
自生の植物がまるで一致しないにも関わらず、それでも明人はぼんやりと埃でくすんだ窓の外に地球を思い描いてみる。
村の民が作ったというパンは硬く、まずい。ゴブリンの肉ほどではなくともとにかく味気なかった。穀物特有の甘さはあれど、疲労した体は塩気を欲している。
「魔法で料理って出せないのかな?」
スーツを半身だけ剥いて椅子に座った明人の体は、水玉のTシャツを着たかの如く青痣だらけだった。
試合中いかにムリをしていたのかがよく分かる。
「せっ、せっ、せっ」
そんなむくつけき体にキューティーがせっせと薬草を塗り込んだ布を貼り付けていく。
炎症を抑える薬効のついた布、つまり湿布である。
「で、エルエル的にどうなの? 天使ならマナで美味しいご飯作ったり出来ない?」
「おー、いきなり恐ろしいことをおっしゃるのですのよー」
ふよふよ。魔法で際限なく飛びつづけるエルエルにとって重力とはもはや概念なのだろう。
そして、キューティーを手伝うよう優しい手つきで湿布をぺたりと貼っていく。
「それはつまり自身の体内から出したマナをまた取り込むということですのよ。この意味がわかるですのよ?」
「あー……なるほど。そう言われると飲尿健康法を思い出すな」
「ふにゅ~様の世界が恐ろしいですのよ……」
ライトの魔法に照らされた埃っぽい一室の片隅でおこなわれる中身のない会話だった。
高級感が見え隠れする部屋。ところどころに飾られた彫り物ですら日に焼けて見る影もない。
ここは村役場だった建物。もはやヒュームに手綱を引くべき代表がいない。ただ生きるだけ。この村は、生かされるだけの家畜の檻である。
これからここで4種族間会議が行われようとしている。会議とはいえすでにドワーフとエルフは結託しており、ヒュームとワーウルフの意思確認の場だった。
「むっ、きたようだな。ずいぶんと待たせてくれるものだ」
円卓についたヘルメリルは生白い長耳をひくりと動かす。
エルフとは元来耳の良い種族らしく、外から聞こえる音をつぶさに聞き取った。
そしてその隣の席には無精髭を蓄えた筋骨隆々の大男とヒューム青年が1名ほどほど。
厳正な場での身の振り方がわからないのだろう。椅子に座わった大男はその身に纏った黒壇の如き業物の鎧をがちゃがちゃと鳴らして周囲を探っている。
「そう、なのよ? なのか? ……なのだろう?」
癒やしのヴァルハラの店長であり、山颪の街イェレスタムの長、ミブリー・キュート・プリチー。改め、ドワーフ王ドギナ・ロガーは、信を置くにふさわしいとされドワーフの民によって選びぬかれた、新王となっている。
「うぅん……王らしい話し方ってどうすればいいのかしらぁん……」
元オカマからの華々しい出世だった。
しかし、ドギナ自身は国を動かすよりもシェイカーを振りながら腰を動かしたいとのこと。
ヘルメリルは透けるスカートのなかで細長い足を組み替える。
「好きに話せ。それでも種の代表だということを忘れることなかれだ。民を思う王であり、王を称える民がいる。まずは表面を取り繕うとするのではなく心がけるところから始めてみよ」
「……そ、そうよね。ウム、感謝するぞ。語らず様」
珍しく女王然とした教えを語る横で、ドギナはしばし悩む素振りを見せ大きく頷いた。
「ククッ、様はやめいっ。せめてエルフ女王か、名で呼べ。互いの地位を見誤るな」
ヘルメリルは自身の黒い長髪を手で流すように梳くと、くつくつ喉を鳴らした。
「今も、客だったころも、私たちは同等だ」
そして、タイミングよく廊下を歩く足音が扉の前で止まる。
「しばし手間どった」
開いた扉からぬっと現れたのは、2メートルはあろう灰色の毛の塊。狼の族長カラムだった。
彼は、扉横に座っている半裸の明人を一瞥して吐き捨てる。
「我は貴様の勝利を認めんぞ……。どうせ、なんらかの魔法を使ったのだろう」
それに答えたのは明人ではなく、エルエルだった。
「中立である審判の天使としての回答です。ふにゅ~様はルールを犯してはいませんし、マナも使っていなかったんですのよ」
「ぬぅ……」
崇拝する存在に言いくるめられカラムはしゅんと尾を垂らす。
「……ふふっ、マナはね……。ですのよぉ」
丸みを帯びた尻を天に突き上げてエルエルは含みを帯びて微笑む。
あのあとジャハルは、すぐに目覚めた。そして自分が敗北した真実に、びゃん泣きした。
気高く生きるワーウルフが、劣るヒュームに負ける。さらには明人が魔法すら使うことのできない存在であるということに心の傷はより深まった。今は、使われなくなったヒュームの空き家で養生、もとい引きこもりに励んでいるらしい。
「貴様……別の世界とかなんとか言っていたな? それはどのような世界だ?」
獣臭い息を吐いて低く唸るようにカラムは問う。
そして、明人は天井の四隅を眺めるようにぐるりと頭を回して答える。
「この村みたいな世界だ。住んでるヤツも環境も良く似てる。違うのは、魔法がないことだけかな」
「そうか。貴様は折らずに研いだということか。良いだろう。貴様は認めんが、今回の敗北をもってして……汝らのもとへ下る」
僅かに野太い尾が揺らぎ、カラムは円卓にのしのしと2本の足で歩いていく。
その背中はとても広く、ふかふかだった。
遠回しな肯定だ。娘の醜態を晒しての決定を親として認めるわけにはいかないのだろう。その声には悔しさが滲んでいた。
ワーウルフの生き残りは、およそ200ほど。数は少なくとも質がいいことは闘ったからこそわかる。
コツコツコツ。部屋に木霊するなにかを叩く音。ヘルメリルがヒールで床を叩く音だった。
「おい」
そのシャープな顎を上げて、見下げる。
誰かを呼んでいるのだろう。
「……なんだよ?」
明人は眉根を寄せて不機嫌を全開に応答する。
傷物にされた恨みは復讐を果たすまでは燃えたぎったまま衰えてはいない。
「褒めてやる」
そう言って、ヘルメリルは目を細めた。
肘の置かれた円卓には橙色の光が置かれており、揺らめく美貌は妖艶に笑う。
「はぁ?」
「聖剣を抜き、解呪し、ドワーフとエルフを救い、ワーウルフまで束ねた。この短い期間で上げた絶大功績を褒めてやると言っているのだ」
不意に別のところで椅子が転がった。
「せ、聖剣抜いただとっ!? まさか剣聖様がこの戦場におられるのか!?」
「いるともさ。貴様の乗り込んだ船は勝利を約束された船だと言っていなかったか」
カラムが牙の生え揃った口を開く様を見て、ヘルメリルはしたり顔をした。
剣聖。それは明人の同居者のひとりでありルスラウス大陸での身元引受をしている。
そして、互いにファーストキスの相手でもある。
なお、いつも一緒にいるもうひとりの同居者、自然魔法使いユエラ・アンダーウッドは、ヒュームに合いたくないという理由で現在リリティアの部隊で別行動をとっていた。
ヒュームとエルフの混血。さらにはヒュームに生み出され、襲われたというトラウマは未だ根深い。
ざわつく屋内をよそに、明人は死んだ目で大きくため息をついた。これから話そうとしていることへのショックが大きすぎる。
「最近、リリティアがオレを避けるんだよ……」
「あの夜に仲直りをしたのではなかったのか?」
「そのはずだったんだけどなぁ……」
リリティア・L・ドゥ・ティールと明人は、最近ちょっと距離が空いていた。
仲直りをしたにも関わらず、一方的にリリティアが明人を避けているふしがあった。
顔を合わせればプレゼントした青いリボンをなびかせながらそそくさと逃げ。声をかければ一応の受け答えはするものの、やはり逃げる。
そんな状態で部隊をわけてしまったために、明人とリリティアは精霊祭の夜以降14日にも及ぶ間ずっとまともに会話できずにいた。
「もうオレには女心がわかんないよ……。口臭か? オレの口臭が引くほどだったのか?」
椅子から崩れ落ちて、毎日歯を磨いている明人は床に手をついた。
その素肌の背中ではキューティーが安らかな寝顔でひっついている。
この村にいればいるだけリリティアと共にいたいという思いが強くなっていく。
なにせ彼女の作る料理は旨い。雑誌で書かれた虚偽の3つ星レストランを一息で廃墟に変えるが如き絶品だった。
その2つ名に恥じぬ剣の実力は、危険な魔物と戦争蔓延る世界を歩くには必需品。
隣にいるだけで心安らぐ存在。そして、命の恩人。
そしてなにより明人は風呂上がりのリリティアのほっぺたを触りたかった。突き立ての餅のように吸い付き包み込む柔らかさが今は足りていない。
「…………んん?」
あることが当然だと思っていたものがなくなってしまうという絶望感が心に釘を突き立てる。
ガチャリガチャリ。重厚な鎧を鳴らしてドギナが近づいてくる。そして、絶望に打ちひしがれる明人の隣で膝を降ろした。
「あきとちゃ――明人、ワタシが慰めてやろうか?」
ダンディズム。王としての誘い。
明人はゾッと寒気を覚えて身を戦慄させる。
「ぐふっ……せめてオカマの声で言え!! あとオレにそっちの趣味はない!!」
そして、タイミング悪く扉が開かれた。そこにはヒュームの青年と少女が立っている。
青年は打ちうるえ、少女は驚いたように両手で口元を覆い僅かに頬を赤らめていた。
その様子に明人はとても嫌な予感がした。
「あ、明人さん……さ、さすがワーウルフに勝つだけのことはありますね……」
「んんん?!」
「まさか、英雄色を好むといいますが男性も含まれるとは……尊敬ですッ!!」
青年はその場で祈りを捧げるように跪いた。
ここは代表が集まる場。つまり青年はヒュームの代表であり、その青年に勘違いされれば病原菌の如く噂が広まるだろう。
明人は、一度冷静に呼吸を整えた。そして、青年の胸ぐらを優しく掴んで湿布のはられた頬をゆるめる。
「そのどうしようもなく間違った噂がオレの耳に入った瞬間、否応なくオマエの鼻を殴るからな?」
口調はなだらかに。しかしその目は決して笑ってはいなかった。
しかし、青年は瞳を爛々に輝かせる。
「さ、さすがです……! 喉と股間のあとは鼻ですか……! さすがですッ!!」
「股間じゃない!! オレが狙ったのは恥骨だ!!」
無事狼姫に勝利し、明人の心配事がまたひとつ増えたのだった。
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