93話 ところで、決闘なんていかが?
数々の思案
戦争前に数ある前座
ただ面白いこを追求した
結果
最最弱人間とワーウルフのメスが
決闘することに
ワーウルフ種とは、頭に生えている犬の耳特徴的で、特性は非常に好戦的らしい。
そして、オスは全身が体毛に覆われており野性的な顔つきをしている。にも関わらずメスはほぼ人の姿と変わらない。
村入り口。夕暮れに染まる草原に描かれた円に観客達が群がっていた。
「む、ムリだ……。ヒュームがワーウルフと闘って勝てるわけがない……」
そして集まったヒュームは、老若男女問わず、青ざめた。
「ワォォォン! 試合だ! 決闘だ! 姫様に幸あれ!」
ワーウルフは民族楽器のような太鼓に合わせてをと喉を鳴らす。
「さあさあ雑魚対グラマーな獣の姉ちゃん! はったはったぁ! 倍率はこうなってるぞぉ!」
ドワーフたちは賭け事をはじめる。
「絶対とは言いませんが、多分勝てないと思うんですよねぇ……」
エルフたちは、カルルを中心に冷静な状況分析をした。
一喜一憂の大わらわ。空前絶後の大イベント。
「さあッ! 我はいつでも構わんぞッ! 遠慮せずにかかってこい!」
そう言って、ワーウルフ族の族長カラム・カラル・ランディーの娘が拳を猛らせる。
彼女の名は、ジャハル・カラル・ランディー。
「異種族交流の機会を与えられるとはなんたる幸運なことか! クックック――滾るぞッ!!」
纏っていた最後の一枚の胸当てを脱ぎ捨てた。
まるでアスリートを彷彿とさせるビキニスタイルは動きやすさを重視したものか。毛むくじゃらのオスとは異なって剥き出しになった肉体は、見事に鍛え抜かれている。腹筋のシックスパックに描かれた模様は部族柄なものだろう。
「はいはい、っと」
――なんでこんなことに……。
明人は、アマゾネスの戦士の如きジャハルの放つ気迫を無視し、草影に隠れている石を拾い上げた。
怪我のないように試合場の安全を確保していく。
そして小石を場外へ投げてから首謀者を睨みつける。
「ぷっ、クククッ……わ、私は貴様の、ぷふぅ……み、味方だぞ……!」
ヘルメリルは今にも吹き出しそうになっていた。
うつむきがちに顔を背け肩を震わせながら笑いをこらえている。その手には黒いジャケットとくすんだ色をしたジーンズが丸め込まれていた。
「こっちを見ろォ!! オレはオマエを絶対に許さないからなッ!!」
「キヒッ、ヒヒヒ……やめろ、囀るな笑いが止まらなくなる……ぷふっ!」
仕事を終えて一安心していたはずの明人は、ヘルメリルによって嵌められたのだ。
今回の戦争は、部隊を3つにわけておこなわれる。
まず明人率いる技術者の集団が要となって動く。スカベンジ部隊が防衛の拠点となるアザムラーナの村を確保する。
そこから西のピクシー領の動きに警戒しつつ、剣聖率いる部隊が左翼を守る。
右翼として双腕率いる部隊がエルフ領に真っ直ぐむかおうとする敵を排除する。
あとは防衛をしつつ敵を捕獲し、マナレジスターで思考が曇ったものたちを正気に戻していく。
膨大な時間はかかるが、少しづつ敵は減って味方が増えるという安全面を重視した作戦が敷かれていた。
しかし、問題がないわけではない。
それは、ヒュームの協力が得られるかというもの。領土侵犯や侵略ともとれる今作戦は、ヒュームにとっては他種族が自宅に土足で上がり込みパーティーを開くようなものに等しい。さらに、気高いワーウルフたちが簡単に与するとも思えない。
案の定ヒュームは、弱々しくも決定を遠回しに濁した。ワーウルフたちも同様に信頼が築けていない者たちの群れに加わりたくないと、突き放す。
そこで、エルフ領の首都防衛兼早馬の如き連絡役のヘルメリルは考えたのだろう。より、面白くなる方法を。
「いつまで遊んでいるつもりだ?」
ジャハルは、引き締まってくびれた腰に拳を押し当てた。
でるところはでて引っ込むところは引っ込んだ均整のとれた肢体を臆面もなく見せつけるようにし、堂々としている。
長い髪を高い位置で結び、ぴょこんと生えたミルクティー色をした垂れ耳が愛らしい。
「それに……その、なんというか……貴様の格好はいやに刺激的だな……」
明人の格好が見慣れぬらしい。
ジャハルはなにか見てはいけないものを見ているかの如くチラチラと対戦相手の服装の話題に触れた。
染みのない白い頬がぽやっと赤ばむ。
「外の種族はみなそのような格好をこ、好むのか……! やはり我ら狼は気高い……! それに比べ不埒な連中だぞまったく……!」
てらてらのパイロットスーツがとにかく目を引いてならぬらしい。
ぴっちりと体のラインが浮き出るタイツのようなスーツは着ている本人ですら周知するほど。
それが見せものとなるのであればより顕著だった。
明人は、拾った小石を円の外に放り投げながら言い返す。
「うるせえっ! オマエだって安いコスプレみたいな格好してるだろうがッ!」
「ど、どこか変だろうか!? 我はあまり外のことがわからんのだ!?」
「耳がだよッ! 左右に本物の耳ついてるのか見せてみろ!」
「へ? な、なな、なにを――へへ、へんたいっ!!」
ジャハルは慌てた様子で人ならば耳のある位置を押さえた。
髪で隠れているため耳の有無は確認できない。
観客の歓声とヤジによって場の空気は見事に喧々囂々である。やれ変態だ、やれ童貞だと言いたい放題だった。
「この世界の倫理観がマジでわからん!」
明人は世界の道理を嘆いた。
これは試合である。殺し合いではなく決闘。
ルールは単純明快だった。マナと武器の使用を禁じ、相手に負けを認めさせれば良いというもの。
無力である明人が奮闘すれば弱小種であるヒュームは湧き、負けたワーウルフは条件を飲む。つまり明人はヘルメリルの手により生贄として捧げられたのだ。
ちなみに、負けて防衛拠点が築けなくなったときのために移動要塞モッフェカルティーヌが用意されている。
明人を陥れてやろうという意図が明け透けに見えてくるようだった。もといヘルメリルによって編み出された隙のない策略だった。
「あの……ワタクシ審判の役目をたまわったのですけど……審判ってそういう意味じゃないんですのよ?」
審判は公平になるよう部外者であり被害者でもある審判の天使エルエルが務めことになっている。
使用されたマナを感知する重要な役割を取り仕切る決まりだった。そして使用が察知された場合有無を言わさず失格を唱えなくてはならない。
円の中央端で、暮れなずむ空に丸っこい尻を突き上げ小さな羽をちょんちょんと小刻みに動かしていた。
「さて、体も冷える時間帯だし、暗くなる前にはじめるとするか」
明人は僅かに火照った体を伸ばして調節を始める。
少しずつだが逞しくなりつつある筋肉をほぐす。緊張はしていない。
なぜなら命がかかっていないから。その半面、今はもういない仲間たちとの過去の戯れを思いだして少しだけ気持ちが高ぶっている。
「負ける気はないが、手加減くらいはしてやろうか?」
「いいねそれ。負けた時の言い訳をもう考えてるなんてさすがは誇り高い種族だ」
両者互いに向かい合う。
男勝りな口調に似合わず、整った顔立ちのジャハルはニヤリと妖艶に微笑む。
「貴様、ヒュームのくせになかなかに潰しがいがありそうだ。そんなに狡猾さを見せびらかし我の血を高ぶらせてくれるな」
目尻が切り込まれたかのように鋭い。どこぞのドワーフの王よりよほど男前。
彼女を形容するのであれば、キュートというより息を飲むほどに美しい。
出会いの場が違えば、その珍しく幼くない者との出会いに明人でさえ喜んべたはず。
「勝敗はともかく野試合チックな闘いは久しぶりだから、お手柔らかに頼む」
肩を回して、仰け反ったり屈んだり柔軟体操に余念がない。
「ほぉ、多少は覚えがあるのか?」
「いちおう操縦士……軍人だから戦うことに覚えがあるだけさ」
「ほう。では手並みの拝見といこう」
いよいよどちらも準備が完了しつつあった。
歓声とヤジが波紋が収まるようにゆるりと収まっていく。余興、賭け事、一族のたどる運命、そして危惧。様々な思いが渦巻いて、勝負の開始を待つ風情となりつつある。
そんななか、ヘルメリルは楽しげに真紅の瞳を瞬かせ対峙するふたりをにんまり眺めていた。
「どうみる? 継ぎ接ぎと闘った際に共にいた貴様ならば予測がつくのではないか?」
「むぅー……そうじゃなぁ……?」
ラキラキは、記憶を探るように目を宙に泳がせた。
救済の導である継ぎ接ぎの召喚使いエリーゼ・E・コレット・ティールとの戦いを見ていたのはラキラキだけ。逆を言えば、彼女以外に明人の実力を知るものはおらず、結果のみを聞かされていた。
明人によって魅了されているエリーゼは、モッフェカルティーヌの操作で疲弊しこの場にはいない。
そして、使う側のエーテルがヒュームの前にでるわけもいかず、移動要塞のなかでふてくされて寝ている。
「アヤツに口止めされとったがぁ……。まぁ女王様になら教えてもよかろ」
「ほう? どれ、話してみろ」
見上げるラキラキに気を使ってか、ヘルメリルは目線を合わせるべくしゃがみこむ。
膝の上に乗った豊満なふたつの塊がマシュマロのように形を崩した。
「アヤツはな、首に透明な筒を突き立てると蒼く光るのじゃ」
「ああ、それは知っている蒼力の発動条件のことだな?」
「うむ? ……まぁ、よくわからんが、アヤツはそこそこ戦いなれとるのじゃ。それにエーテルですら避けられない早さで動きよるのじゃ」
ラキラキの甘声を聞き、長耳がひくりと揺らぐ。
ヘルメリルは、にやぁっと表情を満開に咲かせた。
「どういうことだぁ? あの蒼き力にはもっと深淵が眠っているということかぁ?」
相手によっては恐怖を覚えるであろう深い笑み。
ラキラキはそれを眼前で捉えて恐怖を覚えたのか、僅かに後ずさって逃げる。
「ひぃっ! う、薄く体全体が光るのじゃ! 支援魔法を掛けたときのようにっ!」
「ほうほう!? ほうほうほう! もっとだもっと聞かせろ!」
「も、もうそれで全部なのじゃあ! 女王様のお顔が夢にでそうなくらいめちゃめちゃ怖いのじゃあ!」
しゃがんだままにびょんぴょん詰め寄るヘルメリルに怯え、ラキラキは逃げてしまう。
そんな光景を横目で眺め、明人は体をほぐし終わって居直る。すべて聞こえているが、もはやどうでもよかった。
――今回は命懸けじゃないし、着火剤も使わなくていいなら余裕だよな。
明人とラキラキは闘いを経て相棒となり、それなりの信頼関係を築いてた上でいくつかの秘密を共有している。
そのなかには、現在閉鎖されてブラックボックス化されたモッフェカルティーヌとある自称も含まれていた。
そして、今明人の腰に合成皮革のポーチは帯びておらず。つまり、発動条件である薬物の着火剤もない。ヘルメリルご期待の能力、フレックスを発動することはできない状態にあった。
「それでは決闘開始を宣言するんですのよ!」
エルエルがひと声上げるだけで種族たちは口を縫い付けた。
そしていよいよ水を打ったような静けさが会場を包み込む。冷えてきたオレンジ色の風は草を寝かせて渡ってゆく。
「マナは禁止、爪や牙なんかの武器も禁止。勝敗は審判の判断か、相手が敗北を認めた時点で決着。それでいいな?」
ルールの確認。相手が真っ当な人間でないのであればこそ念を押す。
それを受けてジャハルは自身の父に目をやり、狼顔のカラムは重々しく頷いた。
許しを得るということは一族の代表であるということ。
「純粋な肉弾戦か楽しめそうだ。簡単に降参してくれるなよ?」
そう言って、ジャハルは楽しげに両の拳を顔の横に構える。
その引き締まった足でステップを踏むたび、もこもこのたれ耳がひらひらと煽り立てるように上下した。
「ご満足いただけるよう努力するよ。狼のお姫様」
対する明人はどこか懐かしい記憶を想起させた。
高揚する心を宥めるように両腕をだらりと脱力させる。
そして、エルエルへと目配せして両者準備が整ったことを伝えた。
「で、ではいきますですのよっ! 舟生明人様とジャハル・カラル・ランディー様による1本こっきりの勝負ですのよ! デュエル開始ですのよ!」
気の抜けた合図とともに手がくだされた。
ヒュームの村の入り口でドワーフとエルフが見守るなか、人間とワーウルフによる試合の開幕する。
前編です。
次回、久しぶりの【VS.】シリーズに参ります。




